第338話 *アン視点


 救助隊のメンバーが揃ったことで、いよいよ出発となった。


 先導するのは、その役目にあるあたし。


 ……ちょ、ちょっと荷が重いかも。


 騎士様達を引き連れて、なんか歪んでいる入口を潜った。


 光の魔晶石を用いた灯りの魔道具を掲げて道を照らす。


 流石は高価な物だけあって凄い先までよく見える。


 ……それだけに緊張もするよね? ううぅっ……これ壊したら弁償なのかな?


 遺跡よりも身に着ける装備に二の足を踏むあたしに、背後に居る騎士様が声を掛けてくる。


「早く進め」


 ちょっと低い、ともすれば脅すような声に思わず身を竦めた。


 その声の低さにリーゼンロッテ様から嗜めるような声が飛ぶ。


「ボーマン」


「……失礼しました」


 いつの間にかテッドも追い越していた緑の髪の騎士様が……しかし下がらずに声だけで謝罪を述べた。


「あ、あの、わかりました。出来るだけ早く進みます」


 おずおずと、でも足早に遺跡の奥へと進み始める。


 …………ちょっとムッとした雰囲気のあるテッドだったけど、流石に騎士様に口答えするようなことはなかった。


 でも危うい感じだ。


 パーティーの空気の悪さを振り切るように足を早める。


 それでもあたしとの距離を空けない騎士様は、無言で『もっと早く』と圧力を掛けてくる。


 は、走っちゃっていいのかなぁ?


 後ろにいるリーゼンロッテ様にチラリと視線を流せば了承するように頷かれた。


「通路内に罠のようなものは無かったという報告が上がっています。今後ともそうとは限りませんが……今は一刻が惜しい状況です。注意が散漫にならない程度であれば、走っても構いませんよ」


「安心しろよアン! いざとなったら俺が、罠の場所も魔物の接近も報せてやるぜ!」


 テッドに斥候技術があるなんて初耳なんだけどお?!


 従軍時に斥候を経験したのはチャノスの方で、ダンジョンに潜った時も先頭はあたしだったと思う……。


 テッドは魔法の才能もあるけど典型的な戦士型で前衛だ。


 しかも細かい技術を要することは苦手で大雑把だから…………っていうか不器用過ぎて料理も出来ない。


 斥候なんて無理じゃん?! なんで嘘つくのぉ?!


 慌てるあたしの視線を無視して、テッドの視線はリーゼンロッテ様に向けられている。


 それは明らかな格好付け。


「……じゃあ走ります」


 もういい、走っていいって言うんなら走るから。


 あたし、走るのは好きだし……なんかモヤモヤするときは走るに限るし。


 ダンジョンに潜る時とは勝手が違うみたいだけど……遺跡って、要は昔に誰かが住んでいた場所ってだけだから、走っちゃダメってこともないと思うし。


 灯りの魔道具――一定の空間を明るくすると言われる腕輪を腕に嵌めて駆け出した。


 元々手に持っていたんだけど、別に掲げなくても周囲を照らしてくれるみたいなのだ。


 便利だなぁ~、これなら暗くなっても走れるからレンも夜まで付き合ってくれるかも。


 足下が暗くなってくると「もう日が暮れたからあ?!」という理不尽な理由でよく中断されるのだ、そういうの良くないっていっつも思ってた。


 しかしそれもこれがあれば解決だ。


 …………これ、どこで売ってるのかなぁ?


 手を振っても光がブレることなく、一定の範囲が常に明るいという不思議な魔道具に気を良くして、繰り出す足が段々と速さを増していく。


 ずっと変わることのない景色に、時折やってくる左右の分岐。


 呼吸は常に一定で、走るのに支障をきたさないように調


 僅かに上がる体温と力が体を巡る感覚が気持ちいい。


 ずっと続けていたくなる。


 出来れば相手がいることが望ましい――一緒に走ってくれる誰かがいると、もっと楽しくなるんだけど……。


 残念ながら付き合ってくれる人って多くない。


 ケニアとターナーは、お喋りはともかく体を動かすのはそこまで好きじゃないし……テッドとチャノスも、剣術の修行ならともかく走り込みには早々に付き合ってくれなくなった。


 ……こんなに楽しいのに。


 頬が風を切る感触も、体を十全と操っている感覚も、あたしにしてみれば最高に楽しい。


 でも村で付き合ってくれるのは一人だけ。


 嫌だ嫌だと言いながら、凄い顰めっ面でダラダラしながら。


 それでも最後まで一緒に走ってくれるのは一人だけ。


 ――間違いないよ、ハッキリ分かるよ、たとえどんなに気配が膨れ上がろうとも、全く恐怖を感じない――


 その心地良さは変わらな――――


「――おい! 止まれと言っている!」


「は、はい?! すいません!」


 でも欠点がないこともない。


 モヤモヤを晴らしてくれる代償とでも言えばいいのか……ぼんやりと考え事をしていると、ついつい周りに目が行かなくなるのだ。


 なん、なんだろう? 罠を見落としちゃった? でも流石にそんな気配はなかったと思うんだけど……。


 罠に掛かったり魔物が出てきたりしたら流石に気付く…………筈、だよね?


 少しばかり遠く聞こえた声に、気配に夢中になり過ぎてて意識が疎かになっていたんじゃ?! と慌てて振り向いた。


 しかし実際に、緑の髪をした騎士様との距離が離れていて……。


 息を荒く激しく吐き出す騎士様達に、何事かと目を白黒させる。


 喋るのも億劫そうだ。


 唯一息が乱れていないリーゼンロッテ様が口を開く。


「アンは……流石に凄まじい体力ですね? しかしとの距離が離れてきました。もう少し速度を緩めましょう」


 後、続……?


 その言葉に、救助隊のメンバーの数が少なくなっていることに気付いた。


 やがて魔道具の範囲に騎士様が数名と……今にも死にそうな表情のテッドが追い付いてきた。


 どうやら置き去りにしてしまっていたらしい。


 ……まだ二、三時間ぐらいしか走ってないと思うんだけど?


 もう少し走りたいという想いから、思わぬ言葉が口を衝く。


「でも、あの……早く進んだ方がいいですよね?」


 味方をしてくれるかもと思った緑の髪の騎士様は、しかし呼吸をするのに必死なのか睨むような一瞥をあたしに投げ掛けるだけだった。


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