第333話
『凝っている』という姫様の言は確かで。
持ち上げた『吊り天井』も、恐らくは両強化の三倍でしか無理な圧力が掛かっていたうえに、扉の方もしっかりと施錠までされていたのだから性質が悪い。
……だってあの螺旋階段を上がりきった先にあった扉と同じ形状なのだ。
重くとも、鍵は掛かっていないタイプ。
なのにオートロックもかくやという仕掛けには驚いた。
サービスが良過ぎて逆に不便の典型だろう。
フロントも無いというのに、どうやってまた開ければいいのか?
こうだ、知ってた。
轟音も高らかに蹴り飛ばした金属製の扉が、『これは已む無し』とばかりに
「やっぱり誠意ですね。人間、何事も誠意なくして始まらないという教訓なのかもしれません」
「誠意『失くして』の間違いじゃろ?」
ちょっと何言ってるか分からないな? 不慣れな異世界の言葉に戸惑うのは転生者あるある。
天井を支える一兵卒の脇を抜けて、姫様から先に外に出て貰う。
持ち上げる時に「バキャバキャバキャ!」と文句を漏らした吊り天井が、手を離すと大人しく沈んだ。
元々進んでいた壁沿いの先を見つめて姫様が言う。
「まずは一回りしてみるかの。少し休んで体力も回復した。この洞窟の構造を理解するところから始めよう」
話し合い……というか姫様の決定の結果、まずは洞窟の広さを確認することになっている。
めちゃくちゃ広かったらどうするんだよとは思わなくもないが、恐らくは部屋の確認に掛かる時間と安全を絡めた結果なのだろう。
「それじゃあ」
言い放って姫様の前で腰を降ろした。
「…………何をしておる?」
何って……。
「あれ? 抱っこの方がいいですか?」
流石に荷物のように肩に担ぐわけにもいくまい。
「そうではない。妾は子供か?」
うん。
「自分で歩ける」
「いや無理です」
ちょっと歩いたぐらいでバテて寝落ちするくせに何言ってんだか。
……別に変な意味じゃなく、これが最善である。
まだ螺旋階段まではとにかく、洞窟探索ともなれば話も違ってくる。
正直、途中で提案しようにも……この姫様が意外と根性を見せるというか
頭を下げるために一旦降ろしたのが失策!
流れで歩く感じになっちゃったもんね。
一様に『おんぶする』ポーズを誇示したまま続ける。
「姫様。恥ずかしいかもしれませんが、こうした方が時間の短縮になります」
「戯け。両手が塞がるではないか。誰が妾達を護るのじゃ? 一々放り捨てられては敵わんぞ?」
「ぶっちゃけ蝙蝠は魔法で問題ないです」
バレてないかもと護衛の真似事で濁していたが、無詠唱で色々な魔法が使えるのは今更である。
お互いの手札を晒してない状態だが……姫様は俺の魔法の異常性を、俺は姫様が魔力が見えるのではないかということを、薄々勘付いている。
じゃあ姫様程度をおぶったところで俺の体力が消耗するわけがないと、今更説明しなくてもいいだろう。
後頭部に刺さる視線の主から嫌そうな声が響く。
「……先程のような甲冑が出て来たらどうするのじゃ?」
「放り捨てます」
「…………お主」
いや、だって! 緊急事態、緊急事態は仕方なくない?
…………やっぱ無理かな?
必要以上に時間が掛かりそうだったから、精一杯の抵抗だったんだけど。
そろそろ腰を持ち上げようかなとしたところで――首元にスルリと細く白い腕が伸びてきた。
「絞め殺すって
「そうなるかならぬかはお主の努力次第じゃ」
ブスッとした声だ。
……これちゃんと分かってくれてますよね? だってこれが最善ですもんね? 近衛の人達なんておしくら饅頭してたぐらいですし。
別の意味でも不安を抱えながら洞窟を進んだ。
道中、散発的に襲い来る蝙蝠は風の刃で撃ち落とした。
やはり螺旋階段の出口も罠と言えば罠だったんだろうとは、ここで襲われる蝙蝠の少なさから実感だ。
……てっきり光に集まってくる習性なのかと。
そういえば浮かばせている光球よりも俺目掛けて突っ込んで来るもんなぁ。
扉が開いたからって群れを成して突っ込んでくるのには今更ながらに違和感だ。
もしかすると蝙蝠が好きな臭いや音でもあったのかもしれない。
金属製の扉は、あと三つ見つかった。
この洞窟には、合計で五つの扉があることになる。
そう、つまり洞窟を一周したのだ。
時間にしたら……四時間ぐらいだろうか? それぞれに一時間……。
感覚的にだけど、等間隔で扉は設置されていると思う。
……これにも何か意味があるのかな?
俺にはさっぱり分からない。
最初の開けっ放しだった扉が見えてきたので再びの小休止を取っている。
考え込んでいる姫様に舵取りは投げっぱなしである。
口元に手を当てて沈思する姿に……どことなく知り合いのジト目が被る。
「……ふむ。お主、分かれ道の先の方がどうなっておったのか……その異常でもまだ言葉の足りぬ視力で分からぬか?」
「その枕詞要りました?」
感じ取れる範囲では……ちょうどこの洞窟の中心地点だけ分からなかった。
しかしどの分かれ道も洞窟の中心地点に向かっているので、そこで繋がっていることは想像に難くない。
そのままを姫様に伝えると継いで質問を投げ掛けられる。
「――横道や他の道への繋がりは無いと申すか?」
「え?」
…………そう言われると無いなぁ。
これだけ入り組んでたら他の道とも繋がってそうなんだが……。
特に答えたわけではないのだが、こちらの反応だけで納得したと頷く姫様が言う。
「うむ、わかった。一先ず行く必要があるのは中心部じゃの。恐らくは出口……いや入口か? も、そこにあるじゃろう。よし、往け!」
「へいへい」
ポスポスと頭を叩く姫様の言葉に従って腰を上げる。
…………なんか気にいってません?
休憩中だというのに一度も背中から降りることのなかった姫様の指差す方向へと、乗り物は大人しく足を進めた。
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