第332話
パチパチと火の粉が爆ぜる音に目を覚ました。
…………あぶねぇ〜、火の番が寝ちゃってたよ。
特に焚き木を燃やしているわけでもないというのにリアルに跳ねる火の粉を眺める。
……やっぱ『焚き火』をイメージして出してるからかな? ガスコンロみたいな出かたとは違う感じがする。
この火魔法以外の魔法をカットして休んだことが功を奏したのか、魔力は無事に安全域まで回復したようだ。
正直、両強化の二倍なんて今更減少量を気にするまでもない魔法なのだが……五割のペナルティーが予想以上にキツいこともあって、姫様の言われるがままに休憩した。
しかし焚き火の火を眺め続けるなんて……眠気を誘われないわけがなく。
いつの間にか寝落ちしていたのが真相だ。
……バレてるよね?
再びの「警戒心が無い」というお小言を警戒しながら姫様が座る隣りを流し見る。
視界に入ってきたのは…………俺の肩に頭を預けて眠る姫様だった。
…………。
「いや別にそういうのいらない」
『ナイナイ』と首を振ったのが悪かったのか、姫様の頭がズレて俺の懐をなぞるように――――
「本当マジそういうのいらない」
――――落ちていく前に姫様の肩を掴んだ。
社会的な立場が違い過ぎて恋が生まれるとかもなければ、若さ故のハプニングに幸運を付けれる精神ないのだ。
満員電車で俺達が両手で吊り革を持ってるのは、何も二の腕を鍛えたり運動不足を解消したいわけじゃないだよ? ラッキーがハラスメントに変わる世の中なんだよ?
創作なら問題ないさ。
でも混同しちゃうと金属製の輪っかで手首を彩らなきゃならなくなるのが現実。
昨今は『創作が問題なんじゃないの?』とばかりに作品に規制を加えるのに躍起になっているが、そんなもの結局本人の悪意や資質の問題だと声を大にして言いたいね? つまり――
「…………どういう状況じゃ?」
「誤解なんです」
サラサラと肌の上を溢れる白銀の髪の毛の隙間から、強い輝きを放つ紫の瞳と目が合った。
至近距離で。
もうそりゃ鎧甲冑なんて目じゃないくらいの至近距離で。
違う違う、違うの、聞いて? ただ肩を掴んだだけだから? ね? 聡明な姫君なら分かってくれるでしょ? ねえ?!
眠っているイタイケな少女の肩を無理やり抱いて顔を近付けるオッサンの図じゃないからして……いや本当に!
「…………お主、無害そうな雰囲気だったというに……」
「いや本当に! やめてやめて! 女性ファンが離れちゃうから?! か細い希望が途切れちゃうからあ?!!」
こちとら成人越えてボチボチ嫁さん探す年齢やっちゅうねん! 何処ぞの幼馴染共と違ってデブと一緒に近隣回りする必要があんねんぞ?!
このうえ『年齢は一桁……出来れば十代の前半』なんて紳士認定されたら成人女性から総スカンを喰らいかねん!!
「わかっておる、わかっておるわ。…………男がそういうものだというのは」
「いいや全然分かってないね?! 説明、そう説明! 説明が必要ですよね?! 勿論! 説明しますとも! 詳細を事細かに微に入り細に入りさせてもらいますとも!!」
「そうか」
応えつつも姫様の視線がチラリと自らのドレスの裾へと飛んだ。
欠片も信じていらっしゃらない?!
どうすれば?! どうすれば生き延びられると言うんだ?!
社会的に!!
姫様の確認がドレスの裾――服の乱れから始まり、腰回り、手首と上がっていくと……やがては自分の胸元にまで及んだ――
――ところで「フスッ」と鼻を鳴らしてしまった正直者の私。
「……」
「……」
……凄いだろう? 魔法なんて使わずとも時を止められるのだから。
「なるほどの? 確かに誤解は解けたかもしれん」
「忌まわしき負の連鎖です。誤解から誤解が生まれ底無しに重みを増していくなど……。叡智も確かな姫君とあらば、この鎖を必ずや切ってくれるものと信じております」
「見たままを報告する。――問題あるまい?」
「姫様! 何も無かったことに報告なぞ必要ありましょうや? いやさ無い! 仮に何か報告事項があったとしてもそれは私のような一兵卒の仕事! 姫様のお手を煩わせるなどとてもとても……」
「ここを出た後で一度だけ招喚に応えよ」
「……御心のままに」
「それは『はい』と言っておらぬな? お主、中々に往生際が悪いのう……」
くっ?!
「…………なんか、大々的じゃなく……秘密裏とかなら……まあ」
「うむ。心しよう」
は、早く出よう地下遺跡! 危険がいっぱい過ぎて俺の手に余るもの?!
「…………して、いつまで抱いておる?」
「言い方。……ほんと、お願いしますよ」
そっちだっていつまでも起き上がらなかったじゃん?! ……とは言わないけど。
姫様の体を起こして、早速これからのことを確認する。
「それじゃ、出発ということでいいですか? それと、あの甲冑……」
「持っていくのも手間じゃろう。捨て置け。どちらにせよ、ここまでの探索が済めば回収出来る手筈じゃ」
方法が無くも無いけど……まあ、いいか。
ローブの機能を発動させるのにフードを被って一日待つ必要があるしなあ。
「じゃあ剣だけ貰っていくか……。姫様も、良かったら一本」
「
…………確かに、そう言われるとそうだな。
つい幼馴染達と同じ感覚で接してしまった。
特にアンとかだったら「全部持っていこうよ!」なんて言い出しかねないだけに。
「しかし…………」
考え深げに呟いた姫様が立ち上がり、改めて罠部屋を見渡す。
今の内にと適当に消耗してない感じの剣を一つ拾い上げて、装備の確認を図る。
ローブは相変わらず自動で修復されるのだが……二つに割れてしまった右の靴は直らない。
こうなると捨てて行くしかないなぁ……まあ強化魔法を掛けてれば素足でも大丈夫だろうけど。
片方だけだと感覚も変わるので両方とも脱いでペタペタと歩く。
なんかちょっとマヌケだな……まあいいけど。
「姫様。準備出来ました」
「うむ。……のう? この部屋じゃが……」
「問題なく抜けられますよ」
やはり閉じ込められたという状況が不安だったのでは? と安心出来るような声音で答えておく。
降りてきた石壁を持ち上げてもいいし、なんなら壁を壊してもいい。
時間は掛かるかもしれないけど、出来なくはないと思う。
最後に踏み込んだ時だけ地面に罅が入ったことから、全力ならば問題なさそうである。
しかし姫様の懸念点は違ったのか首を横に振られた。
「そうではない。……この部屋は、罠の一つだと思うのじゃが……」
「そうですね。根性曲がりまくってる罠部屋だと思います」
「根性がどうかは知らぬが、明らかに殺意のある罠じゃろう。……ここの扉を覚えておるか?」
「え? …………いや」
なんなら確認します? あの石壁ぶっ壊して。
「妾達が登ってきた階段の先にあるのと同じじゃった。ここもあそこも、入る分には容易いが……」
「……出るのも簡単――」
――あ、いや。
我が意を得たりと姫様が頷く。
「そう。お主はあっさりと片付けておったが……あのような大量の闇夜蝙蝠に襲われたら無事に済むまい。ここに関してもそうじゃ。あの自ら動く甲冑も、本来なら一軍を要するじゃろう」
そう言われればそうなんだけど……。
が、しかし。
それが何だと言うのか?
罠部屋なんだし……そういうものなんじゃなかろうか?
「分からぬか? 本来なら入らなければ発動せぬ罠の部屋を、何故一々作っておるのか。そこが肝じゃ。上の遺跡から下へ降りて行けば『部屋に罠がある』という造りになっておるのを自ずと理解出来よう。こんな洞窟に、わざわざ扉を付けて『部屋』がありますよと主張しているのは何故なのか……。そんなことをせずとも、道々に罠を仕掛ければよいであろ? 妾達は下から上へと上がっておるが、それも本来なら逆じゃ。わざわざ扉を開く必要はない。いずれかは上への道があると思うておったが……こうなると設置された扉が全て罠という可能性もある」
「…………入らなければいいのでは?」
「そこじゃ。たとえ扉を見つけようとも『入らなければいい』という選択肢が生まれている頃合いじゃというのに……この部屋の凝りようは確信があるように見える。必ず部屋に入ってくる、とな。すると……たぶんじゃが『ある』んじゃろ」
姫様の吐息が長々と溢れる。
ことここに至って、ようやく俺も理解した。
「……何か……」
言い淀む俺に姫様が後を引き取る。
「そう、何か『仕掛け』がの。妾達が部屋に逃げ込まんとする『仕掛け』が。追い込まれるような何かが――――上に、の」
……そこを目指してるんですが?
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