第331話 *アン視点


 篝火から火を取って松明が作られている。


 こちらの騒ぎに兵士の人が気付いたみたいだ。


 ――――でも遅い。


 たぶんだけど、向こうが駆け付ける前に終わっちゃう……。


 予感通り『待つ』つもりは無いのか躊躇なく距離を縮めてくる褐色の女性――しかしその歩みは悠長にも思える遅さでもあった。


 それは僅かな時間で決着を着けられるという自信の表れ。


 格の違い。


「ナメられてるね」


 って、レンなら言うかな?


「テッド!」


「『僅かな残炎インフェルノ・ストライク』!」


 既に詠唱を唱え終えて魔法を発動出来る状態にあったテッドが、あたしの叫びに呼応して両手を前に突き出した。


 テッドの手の隙間から溢れるように放たれた、ともすれば火の粉と見間違わんばかりの小さな火。


 闇の中にあってようやく見つけられる僅かな火が、風を切って――なのに消えることなく対象へと飛ぶ。


 チロチロと、今にも消えそうな火の粉を流し見た女性が呆れたように言う。


「こういう攻撃って萎え――」


 最後まで言い切る前に、テッドの魔法が真価を発揮した。


 突然膨れ上がり――小さな太陽のように闇を切り裂いた火球。


 球状に広がりを見せた炎が、褐色の女性を飲み込んで唸りを上げる。


 影響範囲しか燃やさない火の魔法は、その分だけ威力が増しているという。


 ……これが人間なら黒焦げなんだけど。


「――アン!」


「分かった!」


 火球の中を把握しているテッドの叫びが届くか否かというタイミングで走り出していた。


 鼻先で消える火の膜に構うことなく、焼け付いた空間に足を入れる。


 肌を焼く烈風と熱気の中で、未だ二本の足で立つ人影に向けて剣を振った。


 ――――足を!


 視線から最も遠い場所への横薙ぎ――――甲高い金属音が防がれたことを報せてくれる。


 背に持つ大剣じゃなく腰に差した短剣で受け止められた。


 片眼を伏せていたあたしと違って、予想にしなかった筈の炎の輝きを物ともしていない――――この人、強い。


「あれ? あなたも中々いい感じかも?」


 短剣でこちらの剣戟を受け止めているというのに平然とした笑みを浮かべて褐色の女の人が言う。


 こういうときは、こう返す!


「そりゃどうも!」


 押し合う力を巧みに流して剣を持つ右手を地面に着けると、体を回転させて浴びせ蹴りを放った。


 広がりを見せるスカートが邪魔だ。


 それでも視界を潰させないかと側頭部を狙った踵は、相手の左手で難なく受け止められ――


 ――――両手、止めた!


「リ――」


「捉えました」


 叫ぶ前に。


 暗闇に残光すら残さぬ速さで移動してきたリーゼンロッテ様が、褐色の女の人の横で剣を振り上げていた。


 速い! これなら――


「――いいわ。ちょっと楽しくなってきた」


 リーゼンロッテ様の剣戟に背を向けるように、あたしに対して半身になる褐色の女の人。


 膨れ上がる気配は、触れ合う一点に集約されていた。


 それは相手の肩、あたしの背中。


 ――――マッ?!


 体を捻りながら焦点をズラそうとするも僅かに遅く。


 想像以上の回転が加わった体が吹き飛ばされる。


 目まぐるしく回る視界の中で、なんとか勢いを殺そうとするが上手くいかず。


 ――――背中、痛ッ!、距離、方向、崖は?! 地面ッ!


「よっこい!」


「――マッシぃ!」


 助かった……!


 時折触れる地面を跳ねながら、どうにか掴めないものかと焦っていると、柔らかい感触に知り合いの声から受け止められたのだと分かった。


 しっかりと崖方向、僅かに十歩手前程だった。


 あ、あぶな……! ――リーゼンロッテ様は?!


 周囲の確認もそこそこに、リーゼンロッテ様の一撃を確認するべく飛んできた先へと視線を戻す。


 振り切られた光の聖剣は――しかし褐色の女の人が背に持つ大剣に受け止められていた。


「……なかなかの硬さですね」


「あはぁ。あなたの剣もそこそこ丈夫ね。私の死活生と打ち合えるんだから。自慢してもいいのよ?」


 未だ剣帯に入ったままの大剣で、リーゼンロッテ様の一撃を受けている。


 大剣が無事なこともそうだけど……その威力は剣に留まらずに体にも響いた筈だ。


 なのに一歩足りとも動いてない。


 褐色の女の人が大剣の柄を握る。


「『死活生』、一年――」


「『聖光剣』、応え――」


 光と共に、緊張感がより膨れ上がる。


 ――――その瞬間。


 両者の視線が交わる中間に、大きな火晶石が差し込まれた。


「あ、あぶ――」


 声が届くのが先か否か、大きな爆発音がそれを阻んだ。


 テッドの魔法とは違い、方々へと飛び火する爆発が森を照らす。


 ――誰?! いまのはどっちの――?


 答えは闇の中から返ってきた。


「〜〜〜〜〜〜〜〜ニケッ! なんで邪魔すんのよ?!」


「ダ〜メっすよ、先輩。いま、『死活生』使おうとしたでしょ? 『味見』っていう話だったじゃないですか〜。……す〜ぐボルテージ上げるんすから。反省してくださ〜い」


「……いいじゃない、どうせ殺り合うんだから。早いか遅いかの違いだわ」


「あれは、が消す腹なんすよ? あたし達がわざわざ出張ってどうすんすか〜。今は『コレクト』中なんで、そういうのは『スカウト』の時にお願いしまーす」


 ――リーゼンロッテ様は?


 森沿いまで後退した褐色の女の人の隣りに、同じような黒いローブを着た……女の人? が立っている。


 視線を下げて――火晶石が地面を焼いている場所よりも本拠地ベースに近い場所に、光る剣を持つリーゼンロッテ様を見つけた。


 …………ちゃっかりテッドが隣りに立ってるし!


 騒ぎが大きくなる本拠地や何か話し合う黒いローブの女の人達に紛れて……緊張感の無い声を、あたしの耳が拾う。



「――――悪い人みたい。だからいいよ、クロちゃん。捕まえて。――



 ……テ――?


 焦点を合わせるより早く、その変化は起こった。


 突如として闇が濃くなったのだ――――ローブの人達の周りだけ。


 一瞬。


 確かに一瞬。


 紛れもない一瞬。


 しかし


 


 だから――



「――――『光芒の檻ライト・スタンプ』」



 リーゼンロッテ様はその一瞬を見逃さなかった――――


 確信にも似た気配――確実に掴んだという感覚。


 捕ま――


 ――それがスルリと抜けていく。


 黒いローブの女の人達の足下から立ち昇る光の檻が、ように感じた――


 闇が晴れ――――しかし光も消え。


 瞬く間に駆け出す黒いローブの人達。


 その方向は――真っ直ぐに崖へと向かっていた。


「……今の――」


「エル――いや――精――?」


 途切れ途切れに聞こえる話し声も、その身を崖へと踊らせた後には聞こえなくなった。


 騒然とする領軍が声を上げる中で、あっという間の出来事だった。


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