第329話 *アン視点


「だ・か・ら! 帰れって言ってるだろ?! ここは危ないんだよ! なんで分からないんだ?! さっさと帰れ!」


「い・や! まだレイに会ってないもん! 帰らないぃ!」


 この兄妹が言い合いをするなんて……珍しい。


 闇を刻む焚き火の炎を前に、テッドとテトラが言い合いをしている。


 テッドは……怒らないことはないけど、性格もあるのか歳下相手に声を荒げることはない。


 前に怒ってるのを見たのは、冒険者に成る成らないで村長さんと大喧嘩した時ぐらいだ。


 テトも…………というかテトが怒るところなんて初めて見る。


 フワフワと……言い方は悪いけど浮世離れした雰囲気のテトは、あたし達が村を出て行った時さえ怒りを見せなかったと聞く。


 普段から笑みを絶やさないテトには『怒り』という感情があるのかも疑問だった。


 レンの姿を求めてギャンギャン泣くところは何回も見たことあるけど、感情も露わに怒るところなんて……ちょっと記憶に無いなぁ。


 以前レンに「テトって怒らないよね?」と聞いたら「いや怒るよ。そんな人間いないよ。頬が膨らむんだよ。天使かよ」なんて言ってたけど……レンはテトの行動には常に肯定的なので参考にならない。


 ……やっぱり家族ともなると違うんだなあ。


 輜重隊……というか、うちの村から出た徴兵に割り振られた場所でテッドとテトの喧嘩を見守っている。


 他のオジサン達も何故か止めに入らないから……あたしも隅っこで小さくなっている。


 うぅ〜……でも目立つ……目立っちゃってるよ?


 他のテントや焚き火の前でも、似たようにザワザワしているんだけど……うちの焚き火前が一番目立ってると思う。


 テッド達の声量もさることながら……テトの容姿も人を惹き付けて止まない原因だろう。


 よく分からないけど……護れって言われて飛び出した時から戦闘モードだったせいか、向けられる視線に敏感になっている。


 ううっ、近くにいるからか……あたしにまで視線が刺さるぅ〜。


 隣りに座る幼馴染も視線を浴びている筈なんだけど……平気な顔で焚き火に枝を放っていた。


 我慢……ここは我慢だから!


 喧嘩の終わりは近いと思う。


 レイに会うレイに会うと連呼するテトに、テッドが押され出しているから。


「ぐっ……! だから! レンは今、仕事で出てるって言ってるだろ! ……俺がちゃんと連れ帰るから、村で待ってろ」


「いや! ちょっと応援するだけだもん! 一回会うまでここにいる!」


「……いいから! 邪魔だから帰れ! そもそもここは軍で確保した場所なんだよ! 勝手に入ってくんな!」


「じゃあちょっと離れた所ならいいの? そこでレイを見てる。それで終わるまで待って一緒に帰る」


「ダメだ! 森にテトを残すなんて出来るわけないだろ?! せめて街に居ろ! ていうか未成人だろ?! 村に帰れよ!」


 ……あちゃー……それはあたし達が言ったらダメだよ、テッド……。


 予想通りに揚げ足を取られて尚も押し込まれていくテッドに、陥落は近いだろうなあ〜……――なんて思って見ていると。


「あ、あの……」


「は、はい! ごめんなさい!」


 焚き火の明るさの向こうから声を掛けられた。


 ……咄嗟に謝っちゃったのは、本当にここに居ていいのかどうかが分からないからだ。


 テトとターニャが堂々としているから忘れそうになるけど……徴兵された人達がいるんだから、軍の中にいるってことになる。


 リーゼンロッテ様に付いてきただけだから……良いのかどうかは微妙なところだよね? だって前に従軍した時は、関係のない人は戦場に入っちゃダメって言われてたし……。


 恐る恐る振り向くと…………兵士さんが立っていた。


 正規の軍装備じゃないから……たぶん他の村や街の徴兵さんかなあ?


 直ぐさま思い付くのは『苦情』だった。


 だからなるべく柔らかく見えるような笑顔で続く言葉を待っていると、チラチラと視線を向けてくる徴兵さんが一歩近付いてきた。


「……その……俺のこと、覚えてますか?」


 ……え? もしかして?! 商店の護衛の時に会ったことある人かな?!


 ――――ヤバい、覚えてない!


「え、も、もち――」


「――知らねえよ。あんだよ? 何か用か? への指示なら正規兵がする筈だろ? なんかヤバい奴も出てんだぞ? まさか私事で声掛けてきたんじゃねえだろうな?」


 あたしが頷く前に、巨体を揺るがせながらマッシが間に入ってきた。


「…………別に。なんで後から来て軍の中に居るのか不思議だったから、理由を聞こうとしただけだ」


 で、ですよねぇ〜?


「正規兵が問題にしてねえんだからグチグチ言われることじゃねえんだよ。帰れ帰れ」


「……なんだと?」


「お前さあ……本当にボンクラか? まさかここで騒ぎ起こそうってんじゃないだろうな? 出発前と状況が違うんだ、まず間違いなく処刑されるぞ? 見てみろよ、今度は誰も付いて来てねえだろ?」


 マッシの言葉に近付いてきた徴兵さんが振り返ると、少し離れたところで様子を見ている……徴兵さんと同じ村の人達? は騒ぎになりそうな様子でもこちらに近寄ることは無かった。


「俺らも反撃なんてしねえ。殴りたきゃ殴っていいけどよ、今度も許されるなんて思うなよ? ここで長々と話してんのも本来ならヤバいんだよ。気付かれる前にさっさと帰れ、このボンクラが」


「くっ! …………お前、覚えてろよ?」


「へっ」


 捨て台詞を吐いて歩き去る徴兵さんを、マッシが鼻で笑い捨てる。


「あ、ありが……」


「お前も、あんなの相手にしてんじゃねえよ」


「アタッ」


 お礼を言うあたしの頭を叩いたマッシが、やれやれとばかりに隣りに腰を降ろした。


「……こういうのは、もっぱらレンがやってくれてたからなあ……正直、俺もエノクも助かってた部分はあるよな」


「な、なんの話ぃ〜?」


 なんであたしの頭叩いたの?!


「なんでもねえよ。……食うか?」


「……食う」


 涙目で頭を押さえるあたしの隣りでターニャが頷いた。


 マッシが取り出してきたのは、枝に刺したお肉。


 …………もしかしなくても軍の食糧なんじゃないかと思うんだけど。


 お腹が減っていたのであたしも遠慮なく貰うことにした。


 周りでも似たような食事が始まってるから……おすそ分けということで……えへへ。


 食事を半ばまで終えると、偉い人が集まったテントから足早に――ちょっとだけ表情が固くなって見えるリーゼンロッテ様が出てきた。


 一目散にこっちに来る。


 …………やっぱり食べちゃダメなお肉だったのでは?


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