第328話 *第三者視点
「……落ちた……………………と、言うのは?」
「そのままの意味です。大峡谷へ、落ち……いえ落とされました」
いつぞやレライトが警備の穴を報告したテントで、今度はリーゼンロッテが中心となって報告を受けていた。
中にいるのは関連のありそうな軍の中核。
大隊長を始めとした各中隊の隊長、及び輜重隊の護衛にあたる筈だった小隊の隊長達である。
騎士団からは代表者であるバドワンが、更に近衛兵は全員が参加してのミーティングを行っている。
一時的な指揮権を預かったのは、国王陛下より監督の任を拝した王国の剣足るリーゼンロッテだった。
粗方の説明を聞き終えたリーゼンロッテが痛む頭を隠して瞑目する。
そこに次に
「直ぐにでも捜索を始めるべきでしょう。先陣は我々が任されます。二個小隊程預けて頂ければ……」
「待ってください。軍の割譲までの権利は無い筈です」
「姫殿下の一大事に何を呑気なことを! これは一指揮官程度が口を出していい問題ではない! ……不敬に問われないことを感謝して口を閉じていろ」
大峡谷の調査がどんな結末を迎えるのか知っていた大隊長が即座に反論したが、近衛兵の一喝に続けられなくなってしまう。
バドワンはどちらの加勢もせずに事態の成り行きを眺めていた。
事が事であるだけに軽々と発言出来ず――
徴兵される軍と違って、騎士団は領主の確定戦力である。
ディラン領の騎士団は考え方が現場寄りの珍しい騎士団だが、騎士団という
貴族社会においてそれは大きな防波堤とも為り得る。
損耗を考えた時に、今後のディラン領のためにはと慎重さを発揮していた。
しかし大峡谷への調査が無駄に終わるであろうことは、ここにいる全員が感じている。
とても生きていられる状況ではないからだ。
大勢の兵士が見守る中で、姫殿下と勇敢なる徴兵が風晶石により峡谷の中程へと押しやられていった。
そこには逃れられない『死』を連想させる。
空中という手掛かりも足掛かりも無い……羽も無ければ空も飛べない人の身で、どうやって生き延びられようか?
人の体を安々と運んだ風の威力はまざまざと――
帰ることのない暗闇へと飲まれる二人を見せつけた。
『死』は確定的だろう。
そして――
たとえ
大隊長の気持ちは近衛兵も痛い程に分かっていた。
分かっていて尚、声を荒げずにはいられなかった。
進言は忠誠心の表れだろう。
もはや近衛兵の覚悟は済んでいた。
「……なるべく減らぬように努力しよう。しかし我々のサポートはしてもらわねばならぬ」
「……」
継いで掛けられた言葉に、大隊長は口には出さぬ罵詈雑言で応えた。
「…………落ち着きなさい。まだ報告の途中でしょう」
瞑っていた目を開いて、リーゼンロッテが近衛兵を諌める。
続けて発言を促すように――――輜重隊の護衛を担う筈だった小隊の隊長達に目を向けた。
彼等は彼等で汗を掻いている。
ネルが仕出かした事の大きさに、責任が自分にも波及しないかと不安を抱いているのだ。
上層部にとっては、ただの情報収集のつもりであったが……親しげに話していたこともある同僚側としては『内通を疑われているのでは?』と勘繰ったのだろう。
「わ、我々は! 地上での物資搬入の護衛として控えておりましたが! 一度として街へ戻ることも無かったので、輜重隊との接触も多くありませんでした!」
身の潔白を訴えん発言なのだろうが……少なくとも今求められているものではなかった。
リーゼンロッテが情報を掘るべく話し口を広げる。
「彼女の不審な行動などを目にしていないと?」
「あ、ありませんでした! ……我々が見てる前では模範的で……例の第二王子殿下の遣いの方々にも、接触しているようには……」
フォローするように各中隊長が付け加える。
「奴はギバナ領出身となっておりますが、恐らくは偽の身分でしょう。同じ出身者もいないので確認はギバナの領主に問い合わせることになります」
「目立つのを嫌ったのか軍の訓練過程においても標準……より下ぐらいに位置付いております。輜重隊はこちらでの人事なので、奴の意図したものではなかったと思われます」
「念の為、聞き取り調査を行います。……が、しかし輜重隊は騒ぎを起こした村の出身者もおりますゆえ。まさか密偵の仲間が出発前に騒ぎを起こすとは考えにくく、関係しているとは思えません」
「それに……あまり言いたくないのですが、殉職した徴兵も輜重隊です。その能力をやや見誤った感はありますが、まさか密偵の仲間ではありますまい」
そこでリーゼンロッテが何かに気付いて発言を止めるように手を上げた。
「……殉職? 軍への被害は無かったのではありませんか?」
見回すように視線を交わし合う中隊長達。
行き着いた先に居た大隊長が、訂正するように口を開いた。
「例の……姫殿下と共に落ちた徴兵がそれです。部下の発言を撤回します。未だ行方不明である、と」
姫殿下を被害に含めない報告が、行方不明の兵士も『生存』と見做していた。
「輜重隊……だったのですか? ……てっきり精鋭なのかと」
「徴兵された村民の一人です。場所は……」
大隊長が促すように輜重隊名簿を持つ中隊長へと視線を向けた。
名簿を捲る――遺跡内部の調査を担当していた中隊長が、黒い鎧の攻撃を果敢にも受けた輜重兵を思い出しながら告げる。
「『北限にある開拓村』出身――――名をレライト、とあります」
リーゼンロッテが驚きに身を固めた。
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