第327話


「む。目覚めたか」


 目を開けると生意気なツラが。


「うわ、最悪……夢であって」


「お主アレじゃな。何れいずれ刺される系の何かじゃな? もしくは死なぬと治らぬ方のアレか?」


 残念ながら死んでも治らない方のアレだった。


 感じる吐き気はムカつく子供の顔だけが原因じゃないようで……。


 練り込んだ魔力がアホ程に多かったせいだろう。


 …………でも……あれ?


 目眩の深さと全体で感じる不快感とに、ふと違和感を覚える。


 魔力量は…………恐らくは五割をといったところ。


 なのに……既に三割を切りかねない減少時の反動に困惑が表情に出た。


 そのせいか上から見つめてくる姫様の顔も訝しげに変わる。


「まだ動かぬ方が良いぞ。お主が気を失ってから随分と経つが……どうも十全には見えん。怪我の具合はどうじゃ? 


 あ…………そういえば。


 思い出したのはコンクリに頭突きでも噛ましたのかと思う程の痛みと痺れ。


 思わず手を伸ばした額には……しかし凹みどころか傷跡すら見つけられず。


 …………あれ? 回復魔法か? 使ったっけ?


 疑問を胸に僅かな痕跡でもないものかと額をコスコスしていると、悪戯っぽい笑みを浮かべた姫様が、俺の視界に入るようにクリスタル製の瓶を翳した。


「ふふん。妾とて無策ではないぞ? 高位の回復薬を所持しておったのだ。毒対策じゃがな。……まあ、崖から突き落とされるに至っては何の役に立つのかと思わぬでもないがの……」


 ポ――――ッ!


 翳されたクリスタル製の瓶の中には……まだ半分以上中身が残って見える。


 お、落ち着け! まだだ! まだグレードが分からん! 平静だ……平静を装って…………!


「ここここ高位でふか? ふふふふ~ん? ど、毒も治せると。へ〜ぇえ〜〜。それはそれは……。ととところでぇ? それはどのくらいの……」


「む。呂律が回っておらんの? 十滴も飲ませれば部位欠損すら治す筈じゃが……。やはり頭部へのダメージ故か? うむ。余らせてダメージが抜けぬでは敵わぬからの。全部――」


「わああああああ?! 待って待って! 超元気! ほらほら! なんなら回復魔法使えるので?! そんな勿体無い!!」


 クリスタルの詮を抜こうとする姫様に、腹筋を使って起き上がり健常をアピールした。


 ペシペシと額を叩き媚びた笑顔を浮かべる俺に――――驚いていた姫様の表情が、より悪戯っぽい小悪魔めいたものへと変わる。


 しまっ――――?!


「そういえば随分と無体な言葉遣いをされたせいか……妾の心も傷を負っておるようじゃ。四肢すら生やすと言われるこの回復薬なら治せるかもしれん。……どう思う?」


「姫様。残念ながら体の傷は治せても、心の傷までは無理かと存じます。なに、このレライト。姫様の忠実な下僕でありますれば、御心を晴らす一助になれるやもしれませぬ」


「では回復薬は不要じゃな。転がされた時の傷を治すために飲むとしよう」


「姫様。傷の治療がお望みとあらば、このレライトめへと何時でもお声掛けくださいませ。実は私、回復魔法を大の得意としていまして……更には傷付いた者を癒やすことに至上の喜びを覚える性質でして」


「それは助かるのう。なにせ教会に属さない回復魔法持ちは貴重じゃ。頼りになることにしよう。うむうむ、重畳重畳」


 てめえの傷は回復してやったから無えだろうがよクソガキこらそれよこせ貧乳紫目の――


「む。なにやら良からぬ空気を感じるの。……妾のか細い精神では耐えられぬ寒さじゃ。おお、そうじゃ! この高位の回復薬なら――」


「姫様! この深い穴蔵の中とあっては不安も払拭は出来ますまいが! せめてもの軽減にと自分が火を用意しましょう! 焚き火程度の小さいものですが?! 如何か?!」


「うむ。暖かいの。褒めてつかわす。それにしても……詠唱要らずとは大したものじゃ。回復魔法、風、光、火と来たか。妾の運も極まっておるのう」


 めっちゃ識別されてるやん。


 まだ強風は言い訳出来ないもんかなぁ……。


 突然として湧き上がった焚き火のような炎に、寒さを感じるというのは本当だったのか姫様が傍へと座った。


 ポーチから水筒を取り出すと、とっておきの干し肉と共に姫様へと差し出す。


「……む。まだ食料があったか。それはこれからも働くであろうお主が食してよい」


「いやもう子供が変な遠慮とかしないでくださいよ。姫様の方が体力は無いんですから、食っといてください。見張りは俺がやるんで」


「見張りが必要かの?」


 言われて見渡した広間は完全密室。


 しかも動かなくなった鎧甲冑が再び起き上がることは無さそうであった。


「……必要無さそうですね」


「では半分としよう。ここで一休みして、体力が戻り次第地上へと向かう」


 毅然とした表情で炎を見つめる姫様に、緑色の光を降らす。


「な、なんじゃ? ……回復薬の下りを真に受けたのか? 安心せい。傷は無い。欲しいと言うのなら――」


「いやなんか無理してそうだったんで……」


 回復薬が欲しいか否かと言われると、そりゃ欲しい。


 しかしなんだろう? 見た目には毅然としているが……明らかに年下の子供の奥の手を取り上げるというのも違うだろう。


 だから……そう!


「貰うのは地上へ戻れた暁にという感じでお願いします」


「…………お主はデリカシーが無い。欠片もな」


 一瞬――ほんの一瞬だけ厳し目な雰囲気王族の威厳のようなものを解いたかに見えた姫様は、それが幻だったと確信出来るジト目で俺を睨んできた。


 ふ、慣れてるから無駄さ。


 絶対に世話にはならぬと干し肉を千切ろうと奮闘する姫様の隣りへと腰を降ろして手を伸ばす。


「あ、代わりに千切ります」


「……最初から千切った物を寄越さぬか」


 ジロリとした視線に圧を感じる。


 いや、最初は全部あげるつもりやってん……。


 ブチリと半分に千切った干し肉を姫様へと渡す。


 遠慮なく残りのタンパク質を補給する俺に、未だ姫様の視線が刺さっている。


「……あの、なんでしょう?」


 まだ謝罪が足りない感じか?


 それとも『ありがとう』か?


 …………いやどっちも言ってないな?


 疑問符を頭の上に浮かべる俺に、神妙な顔の姫様が口を開く。


「お主のそれは『氣』属性ではないのか? 元の身体能力ということはあり得まい。ドワーフや巨人の血が混じっていたとしても異常じゃ。アニマノイズにしては獣の特徴が無い……」


 うん? なんの話?


 ……強化魔法のことだろうか?


 もしかして『これで干し肉を千切るのに手間取ったら格好悪いなぁ……』と身体能力強化の二倍だけ発動したことを言ってるのかな?


 うっそ? やっぱり魔法見えてる系? なんつーレアな姫様だ……。


 こちらが何か応える前に、しかし首を傾げた姫様が自ら答えに辿り着く。


「いや……しかしそれはあり得んことじゃ。そのような者の話は、伝記にすら残されてはおらぬ」


「……珍しい感じなんですか? その……氣属性ってのは」


「最も有用で最も希少な属性とされておる。故に氣属性持ちは稀有な人材と言えよう。それは属性の『二つ持ちダブル』以上でもそうなのじゃが……。この属性は他の属性と相容れぬのが常道で、有史以来『氣』関連の二属性持ちダブル・キャスター以上は確認されておらぬ」


 …………えぇ? そんなバカな……。


「落下時の減速は風魔法、闇夜蝙蝠シャドウ・バットの迎撃は素の身体能力で説明が着くが……お主は随分と脇が甘いようじゃの。隠すつもりがあるのなら今後は気をつけると良い。それでなくとも四属性持ちスクエア・キャスターともなれば国が強制的に召し抱えようとするレベルじゃ」


「無かったこと……全部無かったことですから」


 世界線さえ越えればいいんですよ、ええ……。


 呆然と火を見つめている俺に、姫様が溜め息混じりの息を吐き出して締めた。


「妾とて、限度というものがある。無論、約束は違わぬ。妾の胸の内には秘めよう。しかし広まればその限りではないからの。本人の注意も必要じゃぞ? むしろその歳までよくぞ隠せ通せたと思うわ」


 まあ……滅多に使いませんからねぇ。


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