第326話
頭おかしいんじゃないかな?
言う通りにしたら、それこそ自分が見捨てられる状況だというのに。
あの姫様、頭おかしいんじゃないかな?
俺の何を見て、どう感じたのか知らないけどさ。
全然違うね、まるで的外れだわ、暴投もいいとこだな! フハハハハハハ?!
タイミング良く聞こえてきたけど、別に奥の手を切ることを許さないと言っているわけではなかった……筈だ。
練り上げた魔力は充分。
いつでも
なのに……スッキリとしないせいか両強化は三倍のままボス甲冑と対峙することになってしまった。
ぐっ…………くそ! あの小娘が姫とかじゃなかったら小一時間ぐらい詰めて泣かせてやりたい……!
加速する体と反比例して遅くなる景色の中で、圧縮された意識が思考を回す。
腰溜めに剣を構えるボス甲冑――
動いてないのか、追い付けないのか……。
微動だにせず、ただ待っている。
全速で真正面から突っ込むのは、それが最も有効な手だと思えるからだ。
力も速さも、こちらの方が上――
力勝負、速度勝負に持っていくのが正解だろう。
――――しかし及ばない。
幾度となく経験した戦いが、『勝てない』と教えてくれる。
回せ、回せ……!
勝つには――――
あいつのボディは特別製だろう。
それは攻撃の余波からしても間違いない。
『待ち』を主体とするのもその頑丈さ故にだ。
力と速さはこちらが上。
しかし頑丈さは向こうの方が圧倒的に上。
受け切れると思ってんだろ?
一つ
俺がボス甲冑を上回っているのは――
目前に迫る、鈍い光を放つ西洋甲冑の視線を感じる。
リスクだ。
多少の
それが世の常だ。
許さない? そんなこと……自らを餌に王子の遣いを釣り上げた
戦ってるんだ。
負ければ死ぬ――安全をとって何が悪い? 戦いとは無縁そうな支配者の戯言だ。
覚悟しろ。
痛みを負う覚悟、イメージを再現する覚悟、伸るか反るかの覚悟…………。
……ほんと――
頭おかしいんじゃないかな?
頭おかしいんじゃないかな、俺……。
握り拳に覚悟を決めて、練り上げた魔力を一点に――――
あー……怖え。
眼前に迫ったボス甲冑が、神速の振り上げを披露する。
カウンター気味に持ち上げられる剣のタイミングは完璧。
コンパクトに、しかし最大限のエネルギーを伝導させて、まるで斬り上げの見本のように振ってくる。
こちらが止まらないと判断しているのだろう……それはこちらの最大速度をしっかりと捉えているということだ。
間違ってない。
だから一瞬だけ早く――
持ち上がりつつある剣を、一足早く踏み付けた。
勢いを止めることの無かった足が、斬り上がる剣を踏む。
――――そのために勢いを増したんだからな、踏み込めずしてどうする!
足の裏に食い込んだ剣は、その振りの鋭さを表すかのようにズブズブと奥へと進み――
――やがて踵の骨に達して止まった。
恐らくは『罠』の一つなのだろう。
こいつらが持っている剣――
それはボス甲冑の装甲よりも遥かに脆い。
奪われることも計算に入れていたのか――いやボス甲冑の体捌きや格闘術を考えると入っていたのだろう。
掌底を受けて傷んだのはこちらの肉体なのだから間違いない。
『守』に重点を置いた空間で、わざわざ突破口を残さない徹底ぶりだ。
ここを作った奴の性根の方が曲がってる。
打ち合った時に――
折れることがない程に頑丈ではあったが、確かに傷が残り、刃先が曲がり、芯にダメージがあった――
理解出来ないのは鉄の体だからだ――
「――脳筋は痛い目を見るのが必定なんだよ!」
痛みを我慢して、二つに割れ掛けた足で剣を踏み込む。
切れ味の鈍った剣を踏む――!
完全に勢いを殺す――――瞬間に。
斬り上がる剣に託したエネルギーを一切無駄にすることなく、流れるように剣から手を離したボス甲冑が逆手の掌底を俺の腹に見舞った。
こっちの一手が向こうの二手――
知ってんだよ。
避けることもなく、守ることもなく――
掌底を受けることで接近する。
くの字に折れ曲がる体に口から吹き出る鮮血――
「――――届いたぞ?」
至近距離だ。
引き抜かれそうになる腕を右手で掴む。
強引に引き剥がすことなく重心に潜り込んで、こちらの体勢を乱すボス甲冑の左手。
握り込まれる右手。
近付かせまいとするのは『弱点』のせいだろう。
しかし…………。
ボス甲冑には魔力の発信源が無い。
魔力が無いわけではない。
特定されないためにか、全身から魔力が吹き上がっているのだ。
どこまでも絶望仕様な甲冑め……。
しかし関係ない。
こちらの得意分野で勝負するのだから――
練り上げた莫大な魔力を、解き放たれ世に顕現することを待つ魔力を、左拳に一点に集めた魔力を――――!
威力が充分だと思われる金属製の右拳と、体勢悪く力の乗らない……空間が歪む程の魔力を込められた掌底が交差する。
額で受けたのはせめてもの抵抗だった。
覚悟した痛みがやってくる。
――歯を食いしばればなんてことないね!
一瞬遅く――――――――俺の掌底が甲冑の腹に達した。
大した硬さだ。
予想通り甲冑にダメージは見られない……しかし――
喰らいやがれ。
濁流のような
遅れてやってきた鈍い音と視界の揺れ、痛みと目眩と脱力感――
鼻から垂れる血も追加される沈黙に――傷一つ無い鈍い光を放つ甲冑がズルズルと地に伏した。
グルグルと回る視界に、倒れ込んだ甲冑が動かないことを認めて――――瞳を閉じた。
……おら…………これで、いいんだろ…………?
ムカムカした気分は晴れぬまま、襲い来る気持ち良さの前に意識が屈服した――
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