第325話


「なんじゃ……殆ど何も見えぬではないか」


 ……そんなこと言われましても。


 背中から飛んでくる文句声援に適切な対応が出来ないのは、異性からの応援を全然受けたことがないからだろうか。


「後で録画したのをスロー再生で見返せば大丈夫です」


「ちょっと何を言うとるのか全然分からんのじゃが」


 こちらのコントを見届けた後で持ち上げられた剣が、鎧甲冑の肩口をトントンと叩いている。


 ……まるで『もういいか?』とばかりに確認しているようではないか。


 圧倒的な強者感。


 というか……。


「……あれには、『中身』が入っとるのではないか?」


 似たようなことを考えた姫様の声が再度響く。


「いやぁ…………全然人間らしい気配は無いんですけどねぇ。っていうか、ここにずっと居たっていうんなら……もうその時点で」


 ねえ?


「そうじゃのう……少なくとも人ではないの」


 そんな遣り取りが聞こえていたのかどうか、肩を竦めて『やれやれ』とばかりに首を振る鎧甲冑。


 これもまた物を知らない田舎者を馬鹿にした感じがよく出ている。


「……うむ。廃材に変えてしまえ」


「……御意」


 頷くと同時に全力で移動した。


 しかし何も正面から挑むつもりもなかったので、速度を活かして一瞬で背後へと回り込み――――振り向いた鎧甲冑と目が合った。


 ――――速――?!


 牽制気味に放たれた横斬りが、ブレーキが間に合った俺の鼻先を掠めていく。


 最短距離を最小の動作で動く自動甲冑。


 切り返されて直ぐさま降りてくる剣に、握っていた剣を合わせるように持ち上げた。


 斬り下ろしと斬り上げがぶつかる。


 歪曲される空間に、エネルギーを表すかのように火花……を越えた紫電が舞う。


 放たれた衝撃波に姫様がゴロゴロと転がっていくのが見えた。


 こっちの一手が向こうの二――――いや、そんなことより……!


 歯を食いしばって体を断ち切らんとする斬撃を跳ね上げた。


 僅かに流れた鎧甲冑の体に、チャンスとばかりに剣を手放して、更に背後へと回り込んで掌底を放つ。


 切り返していたら先手を取れない――!


 しかし力に逆らわず体を回した鎧甲冑の掌底が迎え撃ってきた。


 はあ?! なんじゃそりゃ!


 掌底と掌底がぶつかり――力で勝るこちらが……何故か跳ね飛ばされた。 


 体重? 技量? ……それとも別の絡繰り機能でもあるのか。


 弾き飛ばされながら何度か地面を跳ねることで威力を殺し、再び姫様の元へと戻った。


 鼻先に引かれた線を治すついでに、不機嫌そうに倒れる姫様にも回復魔法を掛ける。


 腕を組んだまま天井を見上げている姫様が声を掛けてきた。


「……妾がか弱いということを忘れてはおらぬか?」


「いや、ちょっと気を抜けない相手なんです。姫様、悪いのですがめちゃくちゃ邪魔なんで隅っこで丸まっててくれません?」


「もっと優しく労るような言い方に変えよ」


「甲冑が居た窪み辺りで震えてて下さい」


「お主……忘れんからな?」


 無かったこと……無かったことになる約束だから。


 ダメージがあったのか無かったのか、僅かに腕を振るだけで済ませた鎧甲冑が、今度は両手で握った剣を下段に構えた。


 ……力は、こちらがやや上……速さも、たぶん上だ。


 でもハンドスピードとも呼べる……攻撃の手合いが違い過ぎる。


 技量は向こうが圧倒的に上である。


 上の『トレーニングルーム』でも思ったが……技量を再現するためなのか、こいつも黒鎧も随分と人間に近付けてある。


 動きも見た目も。


 ……敵対を想定しているのが人間なのか?


 考えを纏める間も『待ちの姿勢』を崩さない鎧甲冑に汗が垂れる。 


 上の黒鎧とは違ったプレッシャーの掛け方である。



 ――――――――使うか?



 降りてきた選択肢に浮き上がる汗の玉が増える。


 ……そうだな、それが最善――





 響いてきた声に虚を突かれた。


 視界に入らずとも移動したと知れる姫様の声だ。


「……何を――」


「負けることを、ではない」


 問い返す声に姫様が被せる。


「さりとて死を厭うなと言うてるおるわけでもない。それは戦士にとっての侮辱になろう」


「……さいで」


 別に戦士じゃないけど。


 しかし負けは死を意味するし……こんなところで死ぬのは普通に嫌なんだが?


 ……使うのが正解だ。


 使えば勝てる……を。


 じゃあ…………やっぱり使うべき――



「……何も曲がっていませんが?」


「お主は自分自身のことを軽く見ておる。鈍い」


 そりゃ買い被りだ。


「そのくせ他人の危機には敏感じゃ」


 そんなことないな。


「自分に危険が及びそうになると基本的には思考に『逃げ』が入る。動かず。騒がず。受け身の姿勢を取る」


 姫様の声を聞き流しながら魔力を練り上げた。


 ジリジリとした空気に爆発の瞬間が近いことを悟る――


「それを悪いとは言わぬ」


 じゃあ黙ってろ。


「しかし他者が絡むことで己の優先順位が随分と低くなってはいまいか? 


 身に覚えがないな。


「己が大切だと言うのなら、生活が大切だと言うのなら、他に目を向けるべきではない。踏み込むということは、それだけ手を広げるということじゃ。命の恩もある。妾に得は無いが助言しておこう。――――いずれその矛盾がお主の命を奪う。 見捨てることも、覚えることじゃ」


 …………。


「姫」


「聞こう」


「隅で丸まってて下さい」


 言い捨てて飛び出すことで――――恐らくは吐き出されていたであろう溜め息を聞かずに済んだ。


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