第324話


 ガシャガシャと音を立てて動き始めた甲冑共。


 その数、実に十二体。


 一番近い二体が、まるで互いを認識しているような連携っぷりで襲い掛かってきた。


 左右から。


 俺達は……時計盤の『三十分』の辺りから出て来たとでも言えばいいか。


 まあ罠なんだから、挟撃しやすい位置に通路を作ってあるのは当たり前だろう。


 的を絞りにくいようにか、等速で……似たような感じで突っ込んでくる二体。


 一目見て――――己より速くないと確認した後で、右側から走り寄ってくる一体に踏み込んだ。


 対峙する瞬間――


 鎧甲冑は腰を落としたかと思うと、勢いと体重を乗せた下段からの振り上げを見せた。


 腕力に頼るばかりではない斬撃。


 その攻撃一つとっても、こいつが……いやこいつらが如何に厄介か分かる。


「悪いね――――秒殺で」


 踏み込んだ足は相手の足と交差して――


 剣が勢いに乗る前に、振り上げられる剣の側面を左手の甲で捉え、無防備にも思える下っ腹に掌底を打ち込んだ。


 高層階から地面に叩き付けられた家電のような音を響かせて、腹の装甲を砕かれた鎧甲冑が飛ぶ。


 強さは――上に居た黒鎧と同じぐらいだろうか。


 反転して、未だ水中を遊泳するように動いて見える反対側の甲冑にも接近する。


 攻撃のパターンが振り上げから突きに変わったのは、学習してなのか元々そういう対応プログラムなのか……。


 中身は空だ、遠慮することはない。


 ロボット……というかゴーレムとでも言うべき奴らだ。


 動き始めるまで、まるで生体反応を感じなかった。


 熱も、呼吸も、臭いも無い。


 置き物が動いたと言われれば納得するような……そのうえで、も発見している。


 繰り出された突きを体の表面で滑らせるように避けて、四本指を立てた我流の手刀で胸を貫く。


 確かに何かが砕けるような感覚と共に、忽然と……まるで重力を思い出したと言わんばかりに身を投げ出した鎧甲冑を一瞥する。


 手刀を引き抜くと共に振り捨てて、バックステップで姫様の元に戻るまでが一幕。


 警戒したように、今度は慎重に距離を詰める残りの十体を睨む。


 後ろから姫様の声が上がる。


「…………説明を求めてもよいか?」


「なんか魔物? なのか……魔力、もしくは魔石で勝手に動いてる感じですね。かなり強いです」


 だって一体一体がバーゼルさん並みってことになるもん……。


 『二倍』じゃヤバかった。


「ふむ。魔動騎士とでも名付けようか? それにしても……一体で大隊クラスの性能がありそうじゃの」 


 ……あるだろうなぁ。


「帰す気無いですね」


「罠じゃからの」


 徐々に包囲を狭めてくる鎧甲冑共の中で、呑気な会話を交わしていると……最初にぶっ飛ばした一体が起き上がるのが見えた。


「げ」


「……頑丈じゃの。一体持ち帰りたいぐらいじゃ」


 結構な速度で壁に叩き付けられたというのに……割と平然と…………は、してないか。


 やはりどこか不具合が発生しているのか、ギギギと子鹿のように震えながら『立つ』動作を繰り返している最初の一体。


 問題はもう一つある。


 会話ついでに姫様へと告げる。


「あのですね? 実はヤバかったら壁ぶっ壊して逃げようと思ってたんですが……」


「前提がまずおかしいのは良いとして、続きを聞こうかの?」


 言い淀む俺に姫様が促す。


「硬いです。見てください。踏み込んだ所といい、あの魔動騎士をぶつけた壁といい……罅一つ入ってません。壊せるかもしれませんが、手間取ると後ろから殺られそうなので廃案にします」


 どんな素材で出来てんだよ……これならまだ外の洞窟のままの方が良かったよ。


「…………もしや魔法金属を使った合金ではあるまいな? 一抱えで一財産じゃぞ……なんという無駄な使い方じゃ」


 その言葉にピンと来るものがあった。


「大して貴重じゃなかったりして……」


「……」


 呟いた後でお互いに黙り込んでしまう。


 物語序盤では貴重だった素材も、後半になると扱いが雑……というか別に無くても構わないとなるのがファンタジーの世の常なのだ。


 しかしそれは、より強い素材が存在することを示唆している。


 例えば…………。


「…………なんか一体だけ……光沢の違う魔動騎士が居ますね……」


「…………隊長クラスなんじゃろう……たぶん……」


 一人……というか一体。


 包囲に加わらず後ろからお仲間を睥睨している鎧甲冑がいる。


 未だ戦う気は無いのか、剣を地面に差し込むポーズのまま立っているだけである。


 鈍色の光沢を持つ甲冑は、ともすれば他の鎧甲冑よりも貧相に見える。


 ――――しかしあいつだけ、動きが妙に滑らかだ。


「……まあ、るしかないんですけど」


「うむ。残念ながら生け捕りは妾も諦めよう」


 捕まえさせるつもりだったことに驚いていいですか?


 膨れ上がる緊張が崩れる前に――機先を制して駆け出した。


 等距離にあるなら利き手側だろう――――と、相手も思ったのか。


 右側を包囲していた鎧甲冑が剣を守りに構え――左側の騎士が姫様に向かって駆け出すのが横目に見えた。


 速い。


 そう、同じ格好、同じ動きをする鎧甲冑共だったが……個体差が存在している。


 嫌な罠だ。


 引き付けるためだろう……僅かに歩み出ていた右側よりも左側の鎧甲冑の方が強い――


 


 ――――実力を隠せるのはお前らだけじゃないんだぜ?


 俺は、直ぐさま踵を返すと、重たさすら感じる大気を掻き分けて――動きが止まってすら見える右側の鎧甲冑前へと移動した。


 剣を振るう暇すら与えず――いや、追い付かせず。


 今度は魔力を放つ場所がある鎧甲冑の頭部を貫く。


 瞬時に失われた魔力に構うことなく、近くにいる鎧甲冑に向けてガラクタとなった鎧甲冑をぶん投げる。


 けたたましい音を響かせながら、正面衝突した自動車のように弾ける隣りの鎧甲冑を確認した後で、未だ手に残る鎧甲冑の頭をピッチャーよろしく構えて待ってくれている鎧甲冑へと投げた。


 レダクト!(物理)


 陣形が崩れてもお構い無しに、即座に二組に分かれる鎧甲冑共。


 三、三に分かれて俺と姫様を狙う。


 ――――遅い遅い。


 突っ込んでくる三体は、手間が掛からないとばかりにそれぞれすれ違い様に手刀を放つ。


 魔力の発生する場所はそれぞれ違うのだが……一目に分かるので戸惑うこともない。


 脇腹、胸、右肩と――それぞれに手刀を突き入れ破壊した。


 残る三体に追いすがると一体が足止めのために振り返ったので、跳躍して追い越し、残る二体の背中と首へと一撃を叩き込んだ。


 最後の一体だというのに躊躇なく踏む込んでくる鎧甲冑は、確かに兵器としては優秀なのかもしれない。


 鎧甲冑が握っていた剣を拾い上げて、剣を振り下ろしてくる最後の一体とすれ違うようにして横斬りを入れた。


「さて……こっからが本番」


 断面を滑らせて倒れ込む最後の一体を振り返ることなく、佇んでいる一体を睨んだ。


 いつぞやの木偶人形よりは固いし――強かった。


 あれは間違いなく『それ以上』ということになる


 …………ビームとかいらないからね? いや『押せ押せ』じゃなく。


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