第321話 *第三者視点


 リーゼンロッテとターニャ達がその音を聞いたのは、もう少しで日が落ちるという時だった。


 腹に響く爆音――継いで上がる黒煙にリーゼンロッテは即応してみせた。


「――先行します。付いて来れない者は置いていきますので、後から合流してください」


「――――姫様ッ!」


 ターニャと二人乗りの馬で、しかし誰よりも速く森を駆け始める。


「……リジィ」


「緊急事態です。貴方には悪いのですが……」


「……構わない」


「な、なになになに?! 何があったの?! なに今の音?!」


「ハハハハネる」


 直ぐに隣りへと並んだのは、アンとテトラが乗る馬だった。


 手綱はそれぞれリーゼンロッテとアンが握っている。


 ターニャはリーゼンロッテの前に座り、テトラはアンの後ろからしがみついていた。


 ここまで休まずに駆けて来た筈なのに、四人の乗る馬は何故か鼻息も荒く……この火事場にあって一際速い脚を見せている。


 踊るように道を駆けて往く馬に、僅かながらの地揺れが襲い掛かる。


 非常時――しかも混乱極まる異常事態を察知しているというのに、二人は巧みな手綱捌きで馬を安定させた。


 しかしながら続く圧縮された空気が破裂するような音に、流石のリーゼンロッテも疑念を隠し切れなくなったのかポツリとした呟きが溢れる。


「何が起きているのでしょうか?」


「……たぶん、戦闘音」


「戦闘?! せんッ、た、戦ってるの?! 魔物かな?! どうしよう?!」


「落ちそう」


「ええ?! テトォ、しっかり捕まっててよお?!」


 緊急時にあって何処か巫山戯て見えるターニャ達に、リーゼンロッテは何故か我知らずと落ち着きを取り戻していった。


 馬が切っていく風とは別の強風が前方より吹き抜けていく。


 目を細めて見る道の先に、ディラン子爵領の騎士団と子爵領軍が見えた。


「……


「酔った」


「これは……?」


「テト頑張ってえええ?!」


 全軍が整列していて、何かを包囲するように展開された騎士団、抉れた崖、薄まる黒煙、縄で縛られている仕立ての良い服の数名――


 状況を理解するには、場は混乱を極めていた。


 しかし全軍と騎士団が比較的無事なのは一目瞭然で……。


 黒煙が上がる抉れた地面に、被害者が出た可能性を考えたリーゼンロッテが声を上げる。


「隊ちょ――」


「――――アン、


 被せるように珍しく強めの声を出したターニャが、倒れ伏す縛られた四人を指差した。


 リーゼンロッテが声を、理解を、反応を示す前に――アンが馬の上から飛び出していく。


 手綱を直ぐに拾うテトラからしても、アンの即応を理解していたのだろう。


 阿吽の呼吸――


 しかしリーゼンロッテの驚きは直ぐに『それどころではない』に塗り替えられる。


「――――おやあ?」


「重ッ――――?!」


 神速の反応と、恐るべき速さを見せたアンが、落ちていた剣を二つ拾って――――飛び込んできた黒い影と交差した。


 交差させた剣で黒い影の一撃を受けたアンだったが、相手が持つ剣と強度が違うのか、一本が砕け――――残る一本を構えたまま勢いに押され跳ね飛ばされる。


 しかし黒い影にしか見えない程の速さで動いていた相手が、アンに止められたことでハッキリと確認出来た。


 ディラン領の正規兵の鎧を着ている。


 リーゼンロッテが思考の縺れを感じる一瞬で、その正規兵の格好をした女兵士が、再び転がされる四人に向かって剣を振り上げた。


「ああああああ?! クソ! ツイてねええええ!!」


 剣が振り降ろされる前に、一際立派な鎧を着た男の正規兵が斬り込んでそれを止めた。


「何故抵抗するでありますか? 姫を死なせた時点で連座処刑でありましょう? 大人しく死を待ってて欲しいであります。こっちはお仕事なので、邪魔しないで欲しいであります」


「こっちも仕事だよ?! 畜生がッ! そいつらはだ! テメーも含めて捕まえる!」


「無理であります」


「やんだよ!」


 バラバラと赤い――火を思わせる魔晶石をバラ撒く正規兵の男大隊長に、視線を流して確認した女兵士ネルが瞬時に飛び退く。


 それはリーゼンロッテでもギリギリ追えるという速度で――しかし直後。


 空中に張り付けられたように、ネルの動きが止まる。


 そして地面にバラ撒かれた筈の火晶石は、何故か弾けることはなかった。


「――贋物フェイクだよ。お前みたいな格上と戦うことを想定して、なッ!」


 語りつつも体勢を整えて、剣を逆手に槍投げの要領で言葉尻と共に放つ大隊長。


 しかし放たれた剣はネルに当たる直前で派手な音と共に砕けた。


「驚いたであります。流石は『冒険者成り上がりディラン』の兵でありますなあ。評価を上方修正すると共に――ここで潰しておくであります」


「だから化け物ってのは嫌いなんだッ!」


 叫ぶ大隊長が構える前に、リーゼンロッテが馬から飛んだ。


 聖光剣と体に魔力を流しながら、自由を取り戻したネルに向けて光撃を放つ。


 着弾した光が爆発的に光量を増した。


 即座に手を目に翳した大隊長が叫ぶ。


「――――やったか?!」


「いえ、剣で防がれました」


 落ち着いた物腰で、一撃を受けたネルを観察するリーゼンロッテ。


 いつの間にか二振りの剣を手にしているネルが、攻撃を受けた方――震えている腕を横目で一瞥する。


「『七剣』でありますか……。困ったでありますな。思ったよりも早い使だったので時間があまり無いであります。そもそも対『七剣』用なのに早期使用を求められたこと自体、想定外でありました。……当初の目標自体は達成出来たので、ここらで退くであります」


「逃げられると思っていることに驚きです。―――『光芒の檻ライト・スタンプ』」


 リーゼンロッテが剣の能力を解放すると、ネルの立つ地面から――彼女を囲うように光の柱が立ち昇った。


 確実に効果範囲内に捉えたネルから、しかし注意を逸らさずにいたリーゼンロッテが声を上げる。


「事情がハッキリとしません。誰か説明を……」


「リジィ、まだ――」


 ターニャの声が届く前に、ネルが地面に向けて懐から取り出した真っ黒な石を叩きつけた。


 膨れ上がるような闇が辺りを包み込んだ――――


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