第320話


「じゃあ開けるので、姫様は後ろに」


「うむ。良きに計らえ」


 んじゃ、ガチャッと。


 ノブを捻って開くという、一般的な……しかし金属製で重い扉を引っ張ると――


 中から黒い何かが溢れ出してきた。


「うえっ?」


 反射的に手が出てしまったのは……既に脳みそが筋肉に侵されているからかもしれない。


 ぶん殴ったところ手応えがあった。


 ……というのも、下の階で見た『闇』的な何かではなく、傍目にも生き物なせいだろう。


 しっかりと体がある。


 ――――無数の蝙蝠が、扉から明かりに向けて飛び出してきていた。


 狙われているわけではないんだろうけど……万が一後ろに控える姫様に怪我でもされたらマズい。


 一匹一匹丁寧に……職人の技でもって打ち落とさせて頂いた。


 速度からしても大したことはない。


 衝突時に発生する、乾いた空気を破裂させるような音が連続で響く。


 ボトボトと落ちるか、壁の染みになるかの二択となった蝙蝠の群れが、これ以上は勘弁とばかりに途切れた。


 群れの終わりを見届けて、僅かに開いた扉に顔を突っ込むと、追加が無いかの確認をする。


 扉の向こう側は――――天然の洞窟? のようになっていた。


 ここまで施設の中のような廊下に階段だっただけに……予想外と言えば予想外だ。


 当然ながら電灯もなく、部屋的な何かには見えない。


 ハズレたなぁ……また通路? って言っていいの? これ。


「姫…………どうされました?」


 とりあえず安全そうだと振り返ると、パチパチと瞬きを繰り返す姫様を発見。


「……いや、驚いているだけじゃ」


 ……おっと。


 ついに来てしまったか……その時が。


 これが所謂『なんかやっちゃいました?』案件というやつだろう。


 ついに日の目を見た俺の強化魔法チートが、異世界の姫の心を奪ってしまうのか……参ったなぁ、残念ながら某紳士ロ……ではないんだが。


 どういう態度を取るべきか悩む俺に、姫様が溜め息を吐き出しながら続ける。


「危険があると分かっておる遺跡の、しかも下層におるというのに……随分と無警戒に扉を開けるんじゃな〜……とな。分かっておるんじゃろうが、お主が死ねば妾も死ぬぞ? 妾に戦闘能力は無いからの。重々気をつけて進め」


「あ、はい。以後気をつけます」


 普通に脳筋を説教だった。


 無いねん……『なんかやっちゃいました?』なんて。


 いや、やっちゃってるっていう意味では合ってるけど。


 ……うん、ちょ〜〜〜〜っと、無警戒だったかな? ちょ〜〜〜〜〜〜っとだけね?


 せめて扉に耳をつけて音を聞くなり、もう少しゆっくり開けるなりすれば良かったのかも……。


 強化魔法時に受ける全能感――精神も強化される感覚……あれが良くないよ。


 だいぶ慣れてきたけど、イケイケになっちゃうもの。


 今後は気をつけようと心に決めて、扉を全開にして洞窟に光を入れる。


「とまあ、この先は……見たところ天然の洞窟のようになっています」


「ふむ」


 姫様と二人、隣り同士で並びながら扉から洞窟を覗き込む。


 パッと見は危険な物は無いように見える……一瞬だけ倍率を三倍に上げて結界の精度と範囲を拡張したが、いるのは先程の蝙蝠のような小動物だけだ。


 ――――しかし一本道ではなくなっている。


「……なんか、迷いそうですね」


「うむ。もしここが隠し通路なら、こういう造りは珍しくない。追っ手を撒くために相手が迷うような要素を入れ込むのは基本じゃ。王都にある王族しか知らぬ脱出路も、地下水路を迷路のように辿るからのう。おっといかん。これは王家の秘密じゃったか……」


 こ、このガキ……?!


 受け答えすると聞いていたと判断されてしまうので、横目でどういうつもりなのか覗いてみたところ……本人は気にするでもなく鼻歌でも歌いそうな機嫌の良さで、悪戯な微笑みを顔に浮かべていた。


 …………聞いてない、聞いてないからね?!


「…………じゃあ、進みましょうか!」


「うむ。しかしその前に……灯りを確保出来ぬか?」


 特に追求はしてこない姫様が、電灯のような灯りを指差す。


「お主……は、どうか知らぬが、妾は闇の中を遊々と渡れぬ。あれは光晶石であろう? あれを取ってくるわけにはいかぬか?」


 ……あれ、光の魔晶石かなぁ? どう見ても電気にしか見えないんだけど。


 どうやって再現しているのかは分からないけど、魔女さんも、ここの奴も、電化製品っぽい物を開発している。


 上の倉庫っぽい所にあったパネルからしても電動……もしくは魔動? っぽいので、あれの中身を確保するために割ったところで、硝子が降ってくるだけの結果に終わる気がする。


「それか……」


 再び悪戯を思い付いたような表情で姫様が続ける。


「お主がずっと緑色に光り続けても構わぬが? まあ、魔力の無駄になろう。……と言うのなら、その方がありがたいのじゃが?」


 あ、やっぱりバッチリ見られてました?


 回復魔法は仕方ない……でも『風』の方もなのか? 気付かれてますか? この姫様が魔力が見える稀有な人材である可能性……あるかなあ?


 まさか輜重兵のウエストポーチに、光晶石灯りを期待しているわけでもないだろう。


 …………ダメだ、なんか化かし合いで勝てる気がしないんだけど。


 どこぞの幼馴染と似た気配を感じる……雰囲気と性格は全く似てなさそうなのに。


 …………纏めて黙ってて貰うかぁ。


 割と寛容的な姫様のようだし、口止めも条件に含めて……。


 まあそれも、帰還の目途が着いた辺りで応相談だな。


 無言で懐中電灯のような光を手から吐き出し、ついでに電灯のような灯りを頭上へと浮かべた。


「…………言うておいてあれなんじゃが、お主なんでもありなのか?」


「なんでもは無理です。出来ることだけ……」


 いやほんとに。


 むしろ魔力と違って魔法に成長は見られないからね。


 不思議なことに。


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