第319話
結構な深さを落ちてきたことから、この遺跡の巨大さを考えて帰り道に辟易としていたのだが……。
通路の奥にあった階段を普通に登っていると、ただここだけ深かったのではないかと思い直している。
それをあんなピンポイントで破るなんてなあ。
……凄い偶然。
「これって運が良いんだか悪いんだか……」
「確実に良い方じゃろうなあ。知らずに壁に張り付いておれば、今頃はあれの餌食であったろうからの」
ちょっとしたボヤきのつもりだったのだが、姫様が拾い上げてしまった。
まあ、暇だからな。
長々と続いた通路に、傾斜の緩い螺旋階段を粛々と登っているのだ。
特に障害も無ければ暇にもなる。
歩きっぱなしだというのに癇癪を起こされないところも、この姫様が聡明なのだと分かる。
「姫様。お腹空いたら言ってくださいね? 一応、保存食で良ければあるので。あと水も。疲れたら適当なところで休憩にしましょう」
「いやに準備がよいな? 元々遺跡内部の担当か?」
「輜重隊でした」
「それはそれで人事に疑問も出てくるが……納得した。しかしもう少しぐらいは大丈夫じゃ。終わりが分かっておるだけに、精神的にも楽じゃしのう」
「ですね」
「にしてもリラックスし過ぎじゃろ。なんぞこの遺跡が安全であると知っているようではないか?」
げっ。
……油断すると直ぐに切り込んでくるな、この姫さん。
「……経験ですかね? 実は遺跡の上層部の探索に加わったのですが、通路上での罠や魔物からの襲撃のようなものは無くて……」
ここ作ったのが日本人なら自宅に罠なんて置かないだろうしな……。
他人事で考えるだけなら『罠? あって当然じゃない』ってなるけど。
自分が歩くことも考えると設置する方が手間というか……ぶっちゃけ誰も来ることを想定してなかったらあるだけ無駄な気もする。
もし俺が当人なら、作った後になって『……なにやってんだろ、俺』って思いながら罠を外すまであるよ。
精々がセキュリティに関する設備ぐらいじゃない?
侵入者の感知とか、侵入者避け的な……。
「ふむ。『通路上』。ということは、他では受けたと申すのじゃな?」
「あ、はい。そうでした。どうも部屋っぽい造りの所には罠があるようでして」
あれが罠かどうかはさておき。
警告はしておいたほうがいいね……示されていた部屋の名前からして物騒ではあったから。
魔女といい、ここのこいつといい……なんか同郷がすいません。
「……それは『ああいうの』も入るのかの?」
「へ?」
後ろを振り向きながら喋っていたので、姫様が指す先に見えた階段の終わりに気付かなかった。
階段の先には…………扉があった。
扉だ、決して部屋ではない。
そもそも開けたらまたしても通路が続いている可能性だってある。
しかし…………なんだろう? この『隠し通路』染みた場所が場所だけに……何処かの部屋と通じているように感じてしまうのは。
姫様と二人、扉の前に立ち尽くす。
どちらが開けるのか無言の譲り合いをしている――というわけではなく。
なんとな〜く、共通の認識を……いわゆるシンパシーを感じているだけだ。
「ふむ。とりあえずここで休息を取ることにするかの? 体力を回復しておかぬことには乗り切れまい」
「厄介事前提やめません?」
あと体力を回復するって少し前の発言と違うんですけど? ん? 誰の? 誰の体力を回復しておこうって言うの?
「これ。深読みするでない。妾は善意で言うておる。盾……もといお主の体を思ってこその発言じゃ」
「今、盾って言いました?」
「言うておらん」
違うからね? 俺は
しかし上が白と言ったら理不尽も白くなるのが盾社会。
姫様が休むというのなら休むほかない。
個人で携行していたポーチから食料と水筒を出して食事にした。
我ながら粗末な食事内容だが、地下も深くとなれば仕方あるまい。
「あ、土晶石の粉もあるんで。入り用ならお声掛けください」
「お主はデリカシーがない」
ハハハ、そんなバカな。
適当に腹拵えを済ませて、姫様の食事が終わるのを待った。
暗闇を照らす電灯のような光を見ながらポツリと呟く。
「……しかしまあ、よくもこんな所を作ったもんだよなぁ」
大峡谷の直ぐ近くに、しかも危険っぽい何かがあるというのに……。
この電灯といい、最初に見たタッチパネルといい、それだけの技術力があるなら他に場所を選べたんじゃないかと思う。
「珍しい遺跡であることには違いないのう」
会話に飢えているのか、再び答えを返してくれた姫様に向かって続ける。
「他のはどんな所にあるんですか?」
「うむ。一番有名なのは帝国にある
むしろ見つからない所に作ったというような気もしないではない……。
研究内容から禁忌っぽい匂いも感じるし。
……やっちゃいそうだよなー、日本人。
「ある、と言われておるがまだ白日の下に晒されておらぬのが、世に名高い剣聖の終の棲家、テオテトリの魔女の隠れ家、ルフトの印士が契約書を納めたという禁書庫――なんかじゃの。ここが違うとは言えまい? どれか一つとて国家間のパワーバランスを揺るがす発見になるやもしれ――……なんじゃ? 興味なさそうじゃのう」
「いえ……」
世の半分にショックを与えるという意味では、危険な遺跡が混じっていたから……つい。
「興奮せぬのか? 巨大な力や莫大な財産を手に入れる機会かもしれんのじゃぞ? 男であるなら興味があろう? 剣聖の使う剣、魔女の使う魔法、ルフトが契約を結んだという精霊、一時代を築いたと言われる力の源泉じゃ」
「……あんまり期待を持ち過ぎるのも……その……見つからなかった時のショックが大きいんじゃないかなあ〜……って思います」
見つけた時のショックも大きかったけど。
「まあ、それはそうじゃの。見つかる遺跡にはハズレも多いと聞く。散々探し回って、カビ臭い食器が数点という場合もあるやもしれん」
「それにそういうのに関係しないっていうか……俺なんて下の下、下っ端も下っ端なんで」
消費税ならともかく、何処何処の土地の値段が高騰したなんて言われても……。
話を振っておいて興味無さそうに答える俺の目を、姫様が面白そうに見つめ返してくる。
「そうか。なるほど。そういう考え方をするか。面白い。うむ。実に面白い。お主の興味は物にあるわけでなく者にあるというわけか」
なんて?
聞き返そうにも話は終わりだとばかりに姫様が立ち上がった。
「さて。この遺跡がアタリかハズレかはともかく、上に上がらぬことには帰れぬのだから仕方あるまい? ――進むとしよう」
……まあ、そうなんですけどね?
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