第318話


 ……………………おやあ?


 これは予想外……壁が抜けたぞ?


「これが老朽化ってやつか……やはり次世代住宅が老後の鍵だったな」


「お主、混乱すると訳の分からんことを言い出すな。癖か?」


 暗闇から暗闇に飛び込んで着地した。


 感覚を強化して張った結界には、ここが崖であると示されていたのに……。


 流石に壁の向こう側までは読めないよ、無茶言わないで。


 しっかりと着地出来たことから、壁に貼り付く必要がなくなったということなので…………良し!


 ……そういえば、あの遺跡もなんか崖が崩れて露出した感があったし……もしかするとここも……。


 なんて考えたのがいけなかったのか。


 まるでこちらの考えを読んだかのようなタイミングで明かりが点いた。


 パッ、パッ、パッと順番に……まるで誘うように長い通路が続いている。


 どうやら上の格納庫染みた場所とは違い……こちらは人が擦れ違えるかどうかといった廊下のような所だ。


「……なんじゃここは?」


「恐らくは……上の遺跡の下層部、でしょうか?」


「普段通り喋ってよいぞ?」


「ハハハ、お戯れを」


「今更じゃろう? 生殺与奪の権利はお主に握られておるしな。さっきも妾の命を天秤に、何か交渉しようとしておったではないか」


「さ〜て、登るぞー。こんな所を態々踏破してやる義理はないしな!」


「お主……余り嘘を付けん性質じゃな」


 ハハハ、そんなバカな。


 こちとら生まれからして隠し事してるっちゅうねん、なんなら生粋の嘘付きやっちゅうねん。


 突然足元が崩れるということもなさそうなので、お姫様抱っこしていた姫様を降ろす。


 そのまま――流れるように片膝を付いて頭を垂れた。


「姫様。お怪我はございませんか?」


 全力でゴマをすっていく所存!


「……」


 シラーッ、とした視線が痛い。


 いやだって、ほら? こちらにも色々と事情があるというか、まだ異世界スローライフを諦めてないというか……ね?


 フー、と細い息を吐き出して気持ちを切り替えたのか、こちらを正面から見下ろして姫様が告げる。


「ヴィアトリーチェ・アルサルス・ジ・ラグウォルクじゃ。ラグウォルク王国の第四王女をやっておる。確か、 リーゼちゃんの友だと言っておったな、レライトとやら。親愛を込めるならヴィーチェと呼ぶことを許すが?」


 確かに、対面するのは二度目だね?


 村に領主様と来た時以来。


 あの時は自己紹介なんて無かった……というか村人に態々紹介するわけがなかったからね。


 出来れば二度と会いたくなかったけど……そういうの大抵叶わないってもう分かってんだ。


 俺、分かってんだ……!


「……何故悲痛そうな表情をする?」


「いえ、我が国の名を知ったのが初めてでして」


「……嘘じゃろ?」


「姫様におかれましては下々しもじもの認知度など知りようもなく。これが一般的な村人の程度と見知り置きを。無知蒙昧足る愚民の無恥に、どうぞご寛恕を」


「許そう。して、誤魔化そうとしておるが許さぬ。親愛を込める気がないと申しておるのじゃな?」


 いやそりゃ呼べるわけないじゃん? 前の世界で天皇陛下に向かって愛称で呼べるかって話よ。


 ドキュンっていうかドキュンってされちゃう系。


「どうぞご勘弁を」


「いいや、せぬ。そのうえで聞こう。先程落ちている時にした『取り引き』とやらの内情をな。妾は嘘をついたりつかなかったりする。が、しかし今回は真の方へと振れておる。さあ述べよ」


 いや無理じゃん。


 契約する気ない人に商品の説明をする時のプレッシャーじゃん。


 こ、こいつ……!


「……見捨てりゃ良かったか?」


「おや? なんぞ申したか? 声が小さ過ぎて聞こえぬぞ? 見捨てれば良い……しか聞こえんかった故、もう一度申せ」


 全部聞こえてますが?


「いやあ〜、助け甲斐の無いお姫様だなあ……って。あ、お気になさらないでください。他意はないんです」


「お主、中々に剛の者じゃの。それとも阿呆か?」


「いえ、私めなぞ権威には絶対服従の身でありますれば。先刻、姫君のめいにあった『普段通り喋る』を実行したに過ぎません。そうでなけば、とてもとても……」


「ほう? それは今の妾の会話術に対する皮肉かの? 良き塩梅じゃ。褒めてつかわす。妾は機嫌が良いぞ? その勢いで『取り引き』とやらを述べてみよ」


 だ〜って、どっちを選んだところで、って会話の流れにするんだもん。


 愛称を呼んだら呼んだで、それが既に褒美みたいな会話に持っていかれるんでしょ?


 落ち着いて早々に、こちらの急所を的確に突いてくるばかりか弱みを探るような言葉を会話に織り込ませるあたり、しっかりと執政界の人間って感じだ。


 そのうち言質でも取られそうな会話運びに、前世での政治家を思い浮かべても仕方ないだろう。


 恐らくは会話の組み立ても、俺がゴマをすった一瞬で行ったんじゃなかろうか?


 めっちゃ頭いいね?


 悪いけどこちとら税金を搾取される側の民草なのだ。


 面倒なのは無しでいきたい。


「姫様。こちらの要望は単純至極。『無かったこと』にして頂きたいのです」


 得意でしょ? おかみはそういうの得意なんでしょ?


「……お主。もしや襲撃してきた女と知り合いか? いくら妾と言えど、白昼堂々と王族の暗殺を――」


「あ、いや、そっちじゃなく」


「ではどっちじゃ?」


「その〜……俺です、俺。俺に関すること全部。手柄とかそういうの要らないんで、なんかこう……まるっと秘密にして貰えないでしょうか?」


 もしくはポーション貰える程度に収めて下さい!


「……それはまた、随分と曖昧な要望じゃの」


 難しそうな顔をする姫様に、誤魔化すように会話を続ける。


「そんな流石に……姫様の命を狙った輩の命乞いなんてしませんって。いやほんと。っていうか俺も一緒に殺され掛けたじゃないですか?」


「どうかの? お主は随分と甘そうに見えるからのう。特に女や身内に対してそうなのではないか?」


「言われたことありませんね。それは本当に勘違いです」


 ……まあ、これでやるだけのことはやったよな。


 流石に全部が全部、無かったことに出来るとは思っていないけど。


 めっちゃ目撃されてたし……なんならテッドが叫んでたし。


 …………後のことは後で考えることにするかぁ。


 今はとりあえず戻ろう。


「……一先ず戻りますか。姫様、大変失礼かとは思われますが、また抱き上げての移動になります。私は少々身体能力に自信があるので、落ちることはないと思うのですが……」


「お主、まさか崖を登るつもりか?」


「はい」


「恐らく無理じゃぞ?」


 ハハハ、そう思うよね? でもこちとらもっと険しい山を登ったことも……。


「勘違いしているようじゃから正すが……見てみよ」


 子供に対する慈愛の目で姫様を見ていたところ、呆れたような表情の姫様が、ぶち抜いてきた壁を指した。


 真っ暗だ。


 ……暗いのが怖いとかそういうこと?


「…………え? あ、いや……」


「そう。。妾も不思議であったが、これが『還らずの谷』と呼ばれる由縁じゃろう」


 なんというか……暗いのだ。


 


 そこには、この通路の明かりが差しているというのに……まるで光を受け付けないような闇が蟠っていて……姫様の言葉が的確に状況を表していた。


 闇が在る――――まるで物質のように。


 なんだこれ? 幻? 魔物? ガス生命体?


 暗過ぎて分かんねえよ、ちょっと照らされてくれません?


「……そこを通って来たんですけどねぇ」


「たぶんじゃが、足が遅いのではないか? これまでの調査隊や軍などは、ロープ伝いで降りていたと聞くからのう……」


 そりゃこの崖を飛び降りるようなバカは居なかったんだろうけど。


「それも……より深く潜れば関係ない話であろう。いつの間にやら腹の中、というのがオチじゃ。正体が何なのかは不明じゃが……ここまで真に迫れたのは妾達が初めてになるんじゃないかの?」


 ……別に知りたくなかった…………村に帰りたい。


「飛び込んで平気という確証があるなら、妾も無碍に反対はせん。しかしのう……」


「あ、全然。遺跡を通って帰りましょう」


 ジンワリと……気のせいなのか滲むように広がりつつある闇を置いて、俺達は通路の奥へと進んだ。


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