第314話 *アン視点
「……全然違います」
「ええ?! だ、だって……」
再び大きくなってしまった声に意識して声を潜ませた。
リーゼンロッテ様の声が固くなったのは、伝え聞いた内容が意に反するものだったからだろう。
ターナーに補足して貰いながら、『姫様』と呼ばれる人が来た時の話をした。
勿論、リーゼンロッテ様がしたという伝言の話も加えて……。
ま、間違ってないよね?
同じくその場に居たターナーへと視線で問い掛ける。
返事は無いけど、訂正もないのだから……ああもう?! ターナーもテトも食べるのはあとにしてよお?!
細い溜め息を吐いたリーゼンロッテ様が口を開く。
「私がお願いした伝言はこうです。『近く、陛下より任を賜ったので訪れる機会がありそうです。しかし詳細な日程は決まっていないので、流れる可能性もあります。どうでしょう? 近くの街に滞在する予定はあるので『待ち合わせ』をするというのは? 徴兵もあると聞くので、馬車を同じくすれば街まで安全に来れるでしょう。無理にとは言いませんが、久しぶりに顔を合わせたく思っています。レライト、ターナー、待っていますよ』……と」
……………………わ〜……それは、随分……。
「……短く、されちゃいましたね?」
「何を考えてるのでしょうか? 全く」
再び溜め息を吐くリーゼンロッテ様の雰囲気は、困惑よりも怒りが強めに見えた。
「それでは私が徴兵に参加しろと言っているようではありませんか。でん……あの方は、頭はいいのですが何分茶目っ気も強くて……行動の意図が分からない時があって困ります」
ど、どういうことかな?
え〜と……つまり?
「……騙された」
揚げ物を食べ終えたターナーが、フォークを置きつつそう言った。
それ、皆で食べるつもりのお皿だったんだけど全部いっちゃったの? ターナーってお腹痛くならないの?
「全部食べといて『騙された』はなくない?」
「……そうじゃない」
「あの方が、悪戯に伝言を捻じ曲げたと言いたいのですか?」
「……それもある」
『も』って何さ、『も』って。
あたしとリーゼンロッテ様が話の先を促すようにターナーを見つめた。
しかしいくら待とうともターナーが続きを話すことはなかった。
「はい、あーん」
テトが自分のタルトを皆に分け始めたから……。
隣りに座るターナーに餌付けをしたかと思えば、ターナーを挟んであたしの方にもスプーンを伸ばしてきて……。
あたし達人間は、甘い物の誘惑に勝てるように出来てないと思うの。
うう、話の腰を折ってごめんなさいごめんなさい! でも美味しいですごめんなさい!
継いでタルトを刻むテトに、もしかして猫ちゃんにも分けるのかと首を傾げていると……それは対面に伸ばされて――?!
「はい、あーん」
「え? え? あ、あー……」
恐る恐る小さく口を開くリーゼンロッテ様の姿に、タルトの甘さが頭から飛んでしまった。
テ、テトおおおおおおおお?!
猫ちゃんにッ! 猫ちゃんにあげるんじゃなかったの?!
……あれ? そういえば猫ちゃんを見ない、っていうかいない。
あれ?! いつからいないっけ? なんでテトは……ああ、でも今はそれどころじゃない?!
リーゼンロッテ様のお口に差し込まれる木製のフォーク。
満面の笑みを浮かべるテトが訊く。
「美味しいでしょ?」
「……本当ですね。でも…………はしたなくありませんか? いいのでしょうか?」
「いいよ。だって美味しいし」
「……そうですね」
まあそれは確かに。
ここのは本当に美味しい。
でも……いいの? これって許される範囲なの?! あたし達捕まったり処刑されたりしない?! ねえ?!
含み笑いを漏らす二人を置いて、キョロキョロと辺りを見渡した。
すると予想に反して――というか予想通りに。
冒険者ギルドの入り口の扉が開いて、立派な鎧を身に纏った騎士様がドカドカと入ってきた。
ほらほらほらほらあ?!
ああどうしよう?! 今から謝ったら許して貰えるかな?! お金払ったり……荷物に入れてあるお肉を譲ったら……ああ! きたきたきた来ちゃってるよお?!!
もうターナーとテトを抱えて逃げようかな、なんて考えている間に、騎士様達が冒険者の海を割ってテーブルに辿り着いた。
自主的に避ける冒険者は勿論、危険を察知したのかギルドを出て行く冒険者までいるんだから……。
……ああ、あたしもあの流れに加わりたいよ。
騎士様の一人がリーゼンロッテ様に向けて口を開く。
「リーゼンロッテ様」
「なんでしょう? せっかく市井に溶け込んでいたのに……」
それは無いです。
こっちを一瞥した騎士様がリーゼンロッテ様の耳元に顔を寄せる。
『――殿下』『騎士団』『今』『出立』――聞かれたくないんなら口元も隠して欲しい。
子供の頃からやっていた密偵ごっこが、こんな時に活きるなんて……。
「……何故そのようなことに?」
対するリーゼンロッテ様の声は潜められていない。
「わかりません。何か伝聞を受け取ったという報告ならありますが……」
「…………何か見つかったのでしょうか?」
「あるいは……と、申し上げたいところなのですが、事前の報告によれば探索に入るのは今日……もしくは明日辺りとなるので、遺跡に関する報告ではないと思われます」
「……仕方ありませんね」
短く溜め息を吐いたリーゼンロッテ様がフードを取り払った。
ギルド内の緊張感が一気に高まる。
――――目の覚めるような美人だ。
テトが天然の宝石だとしたら……リーゼンロッテ様は最高の武器職人が生涯を掛けて生み出した武器のような美しさがある。
ただ美しいというだけではなく――――相応の危険を孕んでいるような空気が漂うのだ。
そんな圧を自然とするリーゼンロッテ様が、ターナーの目を真っ直ぐに見つめて告げる。
「ターナー。レライトのことは任せておいてください、私が悪いようにはしませんから。……仕事が入ったので、今回はこれまでとしましょう。残念ですが、機会が出来たのなら連絡をつけるので――」
「――『囮』」
「……なんの話でしょう?」
「……あの姫様は、たぶん自分を餌に釣りをやっている」
「…………釣り、ですか?」
「……早く行った方がいい――――間に合わなくなる前に」
重要なところは伏せたまま話を途切れさせて急がせるターナー。
……こういうところは、たぶんレンから移ったんだろうなぁ。
レンの話す『お話』は、いわゆるいい所で『また次回』となるのが多いから。
……でもお貴族様相手にやるのはどうかと思うんだあ?! ほらあ! リーゼンロッテ様めちゃくちゃ気になってるよお?!
暫しターナーと見つめ合うリーゼンロッテ様だったけど、気持ちを切り替えるように一度瞑目すると――隣りに立つ騎士様へと目を向けた。
「馬は?」
「既に牽いております」
「よろしい。――ではターナー、続きは馬上でお願いできますか?」
「……うん」
「わたしもー」
ついでとばかりに手を上げるテトに、リーゼンロッテ様が一瞬だけ困った顔になる。
「……わかりました。ただし、私の目の届く範囲に居てくださいね? ――宿屋の天井を壊して抜け出すとかは無しですよ?」
「はーい」
なんの話?
元気に手を上げるテトに、微笑ましい表情になったリーゼンロッテ様がこちらを見た。
「――貴方はどうしますか?」
…………選択肢は一つしかないと思うんだけど。
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