第313話 *アン視点


 ターナーの知り合いらしい黒いローブを着た……女の人? と一緒に、さっきまでその人が座っていた席に着いた。



 ――――――――めちゃくちゃ目立ってるよお?!



 もう冒険者ギルド中の視線が集まってるんじゃないかってぐらい目立っている。


 如何にもなローブの人にテトとターナーじゃ仕方ないかもしれない。


 こんなのあたしが向こうでも見ちゃうって……。


 あたし達が席に着く時とは違ってギュウギュウの通路をなんとか通り抜けてきた店員のお姉さんに、黒いローブの人が注文を告げる。


「飲み物を。それと……食事は終えましたか?」


 後半はこちらに向かって投げられた。


 ローブの奥から覗く柔らかい空気を纏った青い瞳に胸が詰まる。


「あ……だいっ」


「まだ」


「甘いものは、いいですか?」


 ちょっとお?! テトもなの?!


 六人席だというのに、ぽっかりと穴が空いたように距離を取られたテーブルで、ターナーとテトとローブの人の対面に座っている。


 昼ご飯どころかオマケまで食べた筈のターナーの堂々とした嘘に、飛び出しかけた言葉が飲み込まれる。


 物怖じしないテトも凄い?! もしかして分かってない? この人! 絶対にあれだよ?! ねえ?!


 あたしと気持ちが通じているのは距離を取った冒険者ぐらいなのかもしれない……。


 泣き出しそうに固まっていると、ローブの人がクスリと上品に笑う。


「相変わらずですね、ターナー? それでは軽い食事と甘い物を」


 追加を告げるローブの人に店員さんが困っている。


 というか怯えてる。


「あ、あ、……果実水を四つ! あと! 何か適当に摘める揚げ物を一皿とタルトを一つ! お願い! します!」


 そりゃあそうだよねぇ……この人、さっきから大まかな注文しかしてないもん。


 明らかに来たことがない……如何にもなローブ……。


 メニューを開きもしないし。


 そもそもメニューがあるということも分かってないのかも……。


 テーブルの裏に貼り付けられている四つ折りの紙がそうなんだけど。


 ――――それか大まかな注文で食べる物が出てくるお店にしか行ったことがないか――


「か、かしこまりました。ど、どうぞ、ごゆっくり〜」


 やった、とばかりにそそくさと去っていく店員さんを羨ましそうに眺めていると、驚いたように見開かれた青い瞳と目が合った。


「あ、あの……」


「……リジィは世間知らず」


「そんなことありません。今のは偶々です。学習したので、次は間違いません。確か……アン、でしたね? ありがとうございます」


「え? ……いえいえいえいえ! タ、ターナーも?! 何言ってるの?! 最初は皆そうでしょ?! 村の食堂が開いた時は中で「お腹空いた」しか言わなかったくせにぃ!!」


「……あれはお金持ってなかったから」


「余計悪いよ?!」


「……声、大きい」


「――ッ?!」


「甘いもの、ありがとうございます」


「……え? ああ、はい。構いませんよ。どういたしまして」


 声が大きくなっていたという指摘に慌てて口を塞ぐ――が、既に遅かったようで……。


 チラリと流した視線にはあたしにも注目が集まっているみたいに見えた。


 は、恥ずかしい?! か、顔が熱い!


 恐らくは真っ赤になっている顔を隠そうと俯く。


 横目でお礼を述べているテトと、呆気に取られているローブの人を見つめる。


「あ、あのぉ〜……それで、ターナーとはどういう……?」


 話し掛け難い雰囲気を纏っているけど、早く切り上げたくもあって、あたしの方からローブの人に話し掛けた。


「ターナーは友人です。……もしかして、わかりませんか? アン。私は貴方にも会ったことがあるんですが……ふふふ、そうですね。こうすれば……」


 そんなローブ着てたら誰だって分からないよね? ……なんて言わないけど。


 どこか自慢気に「わかりませんか?」なんて言っているローブの人が、被っていたフードを少しズラしてあたし達に顔を開示――


「……あ!」


 あたしが理解したことで戻されるフード。


「ふふふ。久しぶりですね、アン」


「きれーな顔でした」


「ありがとうございます。貴方の容姿も妖精のようですよ。……紹介して貰ってもいいでしょうか?」


「……ご飯食べてから」


「お、同じ村の子で! テッドの妹の! テ、テトッ! テトラって言いまふ!」


 噛んひゃっら?! ひたひ!


 ――――リ、リーゼンロッテ様?! リーゼンロッテ様だ!


 ローブの人は、あたしも会ったことがあるお貴族様――リーゼンロッテ様だった。


 なんでえ?! いや、えと、なんでえ?!


 驚いているあたしに、僅かながらに喜色を浮かべるリーゼンロッテ様。


「わからなかったでしょう? 私も、完璧に市井に溶け込んだと自負しています。貴方がわからなかったのも無理ありません。靴を泥で汚すか悩んだのですが……そこまでは必要なかったかもしれませんね?」


 ああ、いえいえ完璧に貴族様のお忍びでしたけど……なんて言えないよね?!


 なんかリーゼンロッテ様、得意気だし!


 これって教えてあげた方がいいの? 悪いの?!


 ターナー?!


 どうしよう……次回があるのかどうかは分からないけど、リーゼンロッテ様に本当のことを言っておいた方がいいのかなぁ? ……ちょっとターナー? 絶対気付いてるでしょターナー?!


 必死に目で合図を送るあたしと、頑なにこっちを見ないターナーを置いて、テトとリーゼンロッテ様が挨拶を交わす。


「初めまして、テトラ。私のことは、どうぞリジィと呼んでください」


「わかりました、リジィちゃん」


 ちょっ?!


「『ちゃん』で呼ばれるのは初めてです。……悪くないですね? では私もテトラちゃんと呼びましょうか? あとは……ターナーちゃん?」


「やめて」


 やめて?!


 ターナーをからかっただけなのかクスクスと笑うリーゼンロッテ様に動悸が収まらない。


 あ、あたし、今日、し、死んぢゃう……かも……。


 それが幼馴染達による無意識の振る舞いか、貴族様による無礼討ちかは分からないけど。


 笑っていたリーゼンロッテ様が、不意に辺りを見渡して……再び心臓が跳ねる。


 もうリーゼンロッテ様の一挙手一投足があたしの寿命を削っている。


 ……本当だね、レン? お貴族様と関わると命が何個もいるよ……。


 心臓を長持ちさせるためにも、食事以外に関心を払わない幼馴染をおいてリーゼンロッテ様に問い掛けた。


「……ど、どうかしまし、ましたでしょうか?」


 ああ?! 敬語ってこれでいい? あってる?


 引き戻されるリーゼンロッテ様の視線があたしを射抜く。


「いえ……伝言を聞いて来たのでしょう? レライトは何処かと……。外で待っているのでしょうか?」


 ……………………え?


 細い溜め息の音が隣から聞こえた。


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