第312話 *アン視点


 無事に身元証明を果たして街に入ることが出来た。


 あたしとテトは何度か来たことがあるので、証明書を持ってなくてもなんとかなるかな? って考えてたんだけど……。


 テトがちゃんと証明書を持っていたので、あたし達の身元も冒険者ギルドで照会することで入街税を払らわなくてもいいそうだ。


 ……良かったぁ〜、お金なんて持ってなかったから……。


 いつも冒険者カードで無税だから、お金がいることをすっかりと忘れていたのだ。


 ……ほんと良かったぁ。


「ついでに換金しちゃおう! 少しはお金、あったほうがいいからね」


 テトが首を傾げながら言ってくる。


「わたしが持ってるよ?」


 それは越えちゃいけない一線だと思うの。


「大丈夫大丈夫! 色々狩れたし、これだけあれば……たぶん。い、いざとなったら物々交換で……なんとか」


 うっ、お金に対するトラウマが?!


 だ、大丈夫だよね? いくらなんでも……年下の女の子からお金を借りるような事態にはならないよね?


 しかも一緒に育ったと言ってもいい妹みたいな子からなんて……。


 そんなのいくらなんでも人として終わってるよ?! そこまで最低なお姉さんじゃないよ?! あたし!


 森を往く最中に襲ってきた魔物の換金可能な部位は剥ぎ取って来ている。


 牙猪ファング・ボアの牙、角兎ホーン・ラビットの角、亜妖人ゴブリンの魔石……。


 狩ったのがほぼ魔物だから魔石は必ず付いてくるんだけど……ゴブリンの以外は大した値段にならないんだよねぇ〜。


 ゴブリンも大した値段にならないけど。


 ボアやラビットのお肉や毛皮の方が需要がある筈。


 ……ターナーもテトもお肉だけは売らないって言ってたけど。


 他にも妙に森に詳しいターナーが薬草や山菜、茸に何かの巣? のような物を採取していたので、それも売れる…………と思う。


 売れる……かなぁ? ターナーは全部売っていいって言ってたけど……これ、売り物になるの?


 うんうん、本人を前にして言ったりしないけどね? ターナーもまだまだお子様なところがあるなあ。


 あたしも昔はなんでも売れると思ってたけど、世の中ってそんなに甘いもんじゃないんだよ?


 まあ、それは買い取りされる時に分かるんだろうから、あたしから言わなくてもいっか。


「テト、ターナー、ちゃんと付いて来てる? 逸れちゃダメだよ?」


 あたし達の村より遥かに人が多い往来を、一塊になりながら進んでいる。


 ……なんかいつもより人が多い気がするけど……気のせいかな……?


「……ない」


「わかったー」


 テトは良い子だなぁ。


 ターナーの返事はどういう意味でも冷たそうだから聞き返したりしない。


 怒ってる? 怒ってる?


 うぅ、ターナーも反抗期なのかなぁ?


 手を繋ごうとしたら拒否されたので、涙目になりながらも後ろを気にしつつ冒険者ギルドに案内した。


「あ。ここ、ここ! ここが冒険者ギルドです! じゃじゃ〜ん!」


「初めて来たー。冒険者の人がいっぱいいるところ」


「そっかそっかー。テトは初めてかー。あたしも初めての時は怖かったけど……今日はあたしがいるから安心してね!」


「はーい」


「猫ちゃんを離さないようにね? あと、ターナーって本当に冒険者ギルドのカードって持ってるの? 登録してないと照会されないと思うんだけど……新しく作るんならお金が……」


「……大丈夫」


 …………それはどういう意味で言ってるのかな? してるの? 作るの?


 お金……足りるかな?


 いざとなったらお肉も売ろうと決めて、冒険者ギルドの扉を潜った。


「うっ」


 人、多っ?!


 テッドやチャノスと冒険者の登録に来た時よりも人が多い。


 ここだってダンジョン都市なんかと比べると全然田舎の筈なのに……なんで今日に限って。


「こんにちはー」


 別に挨拶する必要はないのに、注目を集めてしまったせいかテトが行儀良く頭を下げた。


 食堂も併設されている冒険者ギルドにあって、まさかの満席という中でのテトの挨拶……。


 ああ?! こっち見てなかった人まで目を向けてくるぅ?!


「だ、大丈夫だからテト! い、行こ行こ! あっちが買い取りカウンターだよ?!」


 テトの見た目も相まって……入った時よりも注目を集めている。


 こういうのは絡まれないうちにササッと用事を済ませるのがいいよ! うん!


 登録した時はテッドやチャノスがいたけど……女冒険者ってナメられやすいって聞くもんね。


 ターナーだって見た目には物静かで可愛くて華奢で……村の年下の男の子からアプローチを受けていることも知ってる。


 それに年下が好きな男にはターナーしか目に入らないような人もいるって、ユノさんも言ってたし!


 誰も絡んで来ませんように! 誰も絡んで来ませんように!


 願い虚しく――――


 食堂の奥まった所にあるテーブルで、これだけ満席なのに何故か一人で座っていた黒いローブ姿の人が立ち上がった。


 黒いローブ――と言ったところで、一目にも高級品だと分かる光沢と質感があった。


 その黒いローブの人が立ち上がると、自然とこちらまでの道が空く。


 まるで関わるのはゴメンだとばかりの避けようだった。


 ヒィーッ?! 真っ直ぐやってくるよお?!


 スタスタとやってくる黒いローブの人に、逃げた方がいいのかどうかと迷っていると……軽い溜め息を一つ吐き出したターナーが前に出た。


 雰囲気のある人だった。


 顔を含めた多くをローブの下に隠しているけど……その立ち居振る舞いや放っている空気が、あたし達と違うと物語っている。


「ターナー! 来てくれたんですね? お久しぶりです」


「……ひさ。――――リジィ」


 あたし達庶民とは違う雰囲気を纏う怪しげなローブ姿の人を前に、ターナーはもう一度溜め息を吐き出した。


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