第311話 *アン視点


 焚き火の始末をして、テトが持ってきたリュックを拾い上げて、まずは何処か人がいる所を目指すことにした。


 水溜まりの事とか、猫ちゃんが精霊様な事とか、ターナーのお腹の事とか、全部後回し!


 まずは安全第一で行かなきゃね!


「よく考えたら危ないよね? 魔物がいる森なんてさ」


「……よく考えなくても危ない」


「ターナーに言われたくないんだけど?!」


 別にお肉は持って帰れば良かったのに早速焼こうとしたよね?!


 全くもう……やっぱりあたしがしっかりしなきゃね!


 さて、っと……………………どっちに行けばいいのかな?


 ほけっ、と森を見渡してみても、何処までも続く木々に人里の手掛かりのようなものは無い……。


「…………あれ? もしかして…………あたし達、迷子?」


「……その可能性もある」


「他にどんな可能性があるの?!」


 未だに落ち着き払っているターナーが、ちょっと小憎らしい。


 ああああああああああああああああああああああああああああああ!! うわあああああああああああああああああああああん?!


 テッド! チャノス! ケニア! レェーーーーン?!


 誰か助けてえええええええええええええええ?!!


「あのね、少し南に来ちゃったんだって。だから北に行けばいいって!」


 決して泣いてはないけど……瞳に充分な水分を補給していたあたしに、テトが猫ちゃんを抱えながらそう言った。


「……キタ?」


「そうだよ。ミィがそう言ってる」


 さすがは飼い主。


 やっぱりお世話している立場にもなると、ペットの言いたいこともハッキリと分かったりするんだね? 凄いなあ。


 あたしから見た猫ちゃんは『はあ〜、満腹……ちょと眠い……』って感じに目を閉じかけてるけど。


 やっぱり精霊様たぶん凄い存在だけあって、そういうの分かるんだ!


 よ、よし! でもこれで何処に向かえばいいのかは分かったから! あとはあたしに任…………。


「き、きき……北?」


 ……北ってどっち? …………上?


 北っていうのは、あたし達の村がある方向で……いつも馬車に揺られて帰ってるから…………ああ?! 分かんない?!!


 これは盲点だ。


 馬車に乗って村に向かって帰るのが北だから…………道が無いと北が分からない?!


 ど、どどどどうすれば?!


「……あっち」


 右に左に首を振っていると、ターナーが一点を指差して言った。


「……はえ? ターナー、北が分かるの?」


「……分かる。植生と太陽……影」


 一つ一つターナーが指差す方向には、言葉通りに小さな花やら太陽やら影やらがあった。


「…………それでどうやって北が分かるの?」


「…………あっちが北」


 あ! ターナーめんどくさがってる? めんどくさがってるでしょ?!


「もう! あとでちゃんと教えてよね?!」


「……うん」


 幼馴染って……相手が嘘を言ってるのもなんとなく分かるから困るよね?


 落ち着いたら絶対に聞き出そう!









 森を抜けた平野部には……見覚えのある外壁があった。


「あ! 分かる分かる! たぶんウェギアの街だよ! やったー! 商店もあるから、これで村に帰れるよ!」


 知っている……というか、割とよく行く街なので、緊張も幾分か和らいだ。


 意外と近い? ……こともないけれど、うちの村から一番近い街だ。


 商店の馬車の護衛で何度も往復しているので分かった。


 外壁の四隅に立っている旗からしても間違いないと思う。


 これで帰る手段に目処がついた!


 しかし振り返って見た二人からは反応が薄く……。


 なんで?! もっと喜ぼうよお!


 困惑を表情に出しているあたしにテトが言う。


「帰らないよ?」


「テト?!」


 どうしちゃったの?! これが反抗期ってやつ?!


 猫ちゃんを抱いて不思議そうにこちらを見るテトからは、とても『反抗』という言葉とは無縁に見える。


「まだレイに会ってないもん。レイの応援に来たんだよ?」


「レ……レイ? ああ、レンのことか。テト、レンのこと昔から……って、違う違う! ダメダメ! ダメだよ?!」


「なんで?」


 なんでって……。


 返答に困るあたしに思い浮かんだのは、言われ慣れている言葉だった。


「――テト、まだ成人してないでしょ! 子供が勝手に村から出るなんてダメだよ!」


 ……わかってる……わかってるから! ターナー、あんまりジトッとした目で見ないでよお?!


「でも、レーもターナーも出てたよ?」


 え? レンとターナーが……? そんなことあったっけ?


 …………あ。


 それはたぶん……ケニアの妊娠を伝えに来てくれた時のことだと思う。


「あれはッ! …………あれはぁ〜」


「あれは?」


 ううっ、……テトの純真な瞳が心に刺さる。


 あれはどう考えてもチャノスが悪い…………回り回ってあたし達が悪いんだけど!


 わ、若気の至りっていうのがあるから! うん! 


 ううう、これがレンの言う『黒歴史』ってやつかなぁ? テトに言葉を返せない。


 だからあたしは応援を求めた。


「タ〜ナ〜……」


 実は割と頭が回る幼馴染に目と声で訴え掛けた。


 あたしじゃ無理だよ〜……お願いお願い! テトを説得して! 皆で帰ろう! ね? ね?


 そこは長年の付き合いが物を言ったのか、『心得た』とばかりに頷くターナーが頼もしい。


 さすがターナー! 今度焼き菓子持ってくね!


 不思議そうに「なんで?」を連呼するテトに、ターナーが声を掛ける。


「……応援は、わたしも賛成」


 ターナーさん?


「うん。頑張れー、って言ってあげないと」


「……そう。絶対に無茶する」


「レー、頑張り屋だから」


「……レンだけど」


「レイだよ?」


 何やら関係のない問答を始めた二人に、再び瞳を潤ませながら、あたし達はウェギアの街へと向かった。


 ――――二人を説得するにはどうすればいいのかと頭を悩ませながら。


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