第310話 *アン視点


「ハッ?! 違う!」


「ミィ?」


 呑気に兎肉を焼いている場合じゃなあああああああいッ!


「そもそもターナーお昼食べたじゃん!」


「……別腹」


「お腹は一個だから!」


 直ぐ変な言葉覚えてくる!


「どうせレン辺りの造語……って、違あああああああああう! なんであたし達お肉なんて焼いてるの?! 違うでしょ?!」


「お塩?」


「そう」


「あ。あたしも……って違う違う! そうじゃなくて!」


 お肉の話じゃなくて?!


 テトがポケットから出した塩の包みを、ターナーが喜んで受け取っている。


 表情には乏しいけど嬉しそうだ。


 別に調味料なんて無くても美味しいけど、村の外じゃ味付けするのが普通。


 少し味が濃い気がするから、好みは人それぞれって感じだけど。


 あたしは濃い味派なんだよね〜、いっぱい走った後だと特に美味しい。


 でも村の近くの獲物の方が不思議と……って違う違う違う!


 テトがお昼がまだだったらしく「お腹空いた」の一言から焚き火を起こしたのがそもそもの間違いだった。


 いやー……つい、ね? 村の直ぐ外にある森の癖で……。


 何故か準備万端だったテトの荷物に火熾し機があったのと……ターナーが早々に枯れ枝を集め始めちゃったから、ズルズルと流されちゃったのだ。


 パチパチと音を立てる焚き火を囲んで、木の枝に刺して炙った兎肉を三人で齧っている。


 ……ちょっとボーッとしちゃったことも原因かもしれない。


 なんだっけ? 逃避? そんな感じ。


 お腹いっぱいになったから言うよ! あたし、この中じゃ一番お姉さんだから!


 皆のお姉さんだから!


「…………ところでテト、その猫ちゃんは何処から……?」


「? ミィだよ?」


 え? ……う、うん…………テトの所で飼ってる猫ちゃんだよね? 珍しい生き物だから覚えてるけど……。


 凄く不思議そうに首を傾げるテトを見ていると、もしかしてあたしの方が間違ってるんじゃって思えてくるよ……。


 に、荷物と一緒にリュックに入れてたのかな? たぶんそうだよね? ……たぶん。


 テトの所の猫ちゃん――ミィは、テトの隣りに座って分け与えられたお肉をんでいる。


 …………これが村なら別におかしいとは思わないんだけど。


 猫って基本的に臆病な生き物で、貴族様ぐらいしか飼わないみたいな風潮があるんじゃなかったっけ?


 人間の住む町の中ぐらいでしか見掛けないらしいし。


 テトが持ってきた時はびっくりしたよね? 村長さんも凄く驚いてて……じゃなくて。


「……だ、大丈夫なの? 村の外に連れて来たりして……。天敵がいっぱいなんじゃない? ほら、魔物とか……」


 驚き過ぎて死んじゃわない?


「大丈夫。ミィも怖くないって」


 いやいやいやいや、テトの考えでしょ? それ。


 猫ちゃんが喋るわけないんだし……勝手に連れて来て良かったのかなぁ? 魔物に怯え過ぎて死んじゃわないかなぁ……。


 困惑しながら猫ちゃんを見つめると『何見てんだよ?』と言わんばかりのふてぶてしい表情で見返してくる。


 大丈夫っぽい。


 ……なんか猫って凄い生き物なのかも? こっちが何喋ってるか分かってそうだし。


「……それは精霊。だから大丈夫」


 猫ちゃんを抱えるべきかリュックに仕舞うべきか悩んでいると、ターナーがポツリと言った。


 当の猫ちゃんは『だから何だ?』と食事の続きを始めているが……あたしとテトは驚いた表情でターナーを見つめた。


「……ターナー…………頭大丈夫?」


 潰した時に打っちゃった?


「ターナー、凄いね? ナイショだったのに……。なんで分かったの?」


 そうそう、え?


 あれ? なんか……テトの反応が思ってたのと違う?!


 一つも悪びれることのない表情をターナーに近付けるテト。


 顔を寄せられるターナーの方が……若干疎ましそうにしている。


「……バレバレ」


「そんなことないよ? わたし、言ったことないもん」


「……テトラじゃなく、そのネコが隠すつもりがない。村長やドゥブル爺も気付いてた」


「お父さんも? じゃあ、もしかしてお兄ちゃんも?」


「……テッドは気付いてない、と思う」


 え? え? うん?


「え?! ちょっと待って! これ?! この猫ちゃんが精霊様?!!」


 思わず両手で掴んだ猫ちゃんを、二人に見えるように掲げる。


 突然掴み上げられた猫ちゃんは……魔物のいる森の中だというのに、変わることのない態度で食べ掛けのお肉を咀嚼しながら『馴れ馴れしいんだよ』とばかりの表情を浮かべている。


 言われてみると……ちょっと人を舐め腐った態度だ?! 精霊様だから? レンが日頃から「シャミセンにしてやる……」って呟いてるのも、こういうところが原因なのかも? シャミセンって何か知らないけど。


 ほえ〜、これが精霊様か。


 テトと爺ちゃん婆ちゃん連中ぐらいしか撫でさせてくれないのも、精霊様だからっていうのがあるのかな?


 そういえばドゥブルお爺さんが、縁側で真剣な表情で猫ちゃんに何か話してるところを見たことがある。


 ……その時は『可愛い〜』とか思っちゃったけど、もしかしてドゥブルお爺さんも猫ちゃんが精霊様だって気付いてたのかな?


 そっかー、これが精霊様かあ……初めて見たなあ〜。


 ……………………えーと、精霊様って……そもそもなんだっけ?


 いや、凄い存在っていうのは分かるよ? 分かるけど……やっぱり分かんない。


 まあ、珍しいんだよ! きっと!


 テトがちょっと悲しげに呟く。


「ナイショってレイに言われてたのに……」


「……大丈夫。この三人の秘密にすればいい。そしたらナイショのまま」


「ほんと?」


「……本当」


「えへへ、やったー」


「……今、食べてるから」


 たぶんターナーの慰めなんだけど、テトは嬉しそうにターナーに抱きついた。


 ああ?! いいな! いいなあ?!


「……ミィー」


 羨ましげに足をジタバタさせるあたしに、猫ちゃんが『そろそろ離せや?』とばかりに一鳴きした。


 お? もしかしてあたしも猫ちゃんの言ってること分かるかも?


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