第309話 *アン視点
見渡す限り一面の森に、あたしは驚きの声を上げた。
「えええええ?! え〜〜〜〜〜〜〜〜ッ?!!」
「……アン、うるさい。重い」
「潰れちゃう……ちゃった」
あ、ごめ……。
じゃなくて!
「なにこれ?! なんで?! だって、あたし達……ええ?!! なにこれなにこれ?! どうなってるの?!!」
「……うるさい」
いやうるさくもなるよ! ターナーそれしか言わないし! あと重くないしぃ?!
ターナーとテトを押し潰す形で、森に居る…………いや、あたしも自分が何を言ってるのかよく分からないけど、ありのまま今起こったことを話すよ?
森に、居るの……………………。
ああ?! それ以外言いようがないよねえ?!! なにこれ?! 本当にどうなってるの?!
だって! だってこんなのあり得ないでしょ?!
テッドの家に、っていうか村長さんの家に行ったら、水溜まりがあって……でも実は水溜まりが水溜まりじゃなくて底無しで、って何言ってるんだろう、あたし?
「あとなんで二人は落ち着いてるの?! もしかしてあたしだけ? あたしだけ幻が見えてるの? それか見えてたの?! ……え? 幻? あ、幻かぁ」
……びっくりしたぁ、なんだ、幻かぁ。
そう言われた方が納得出来るよ。
ね? ね? たぶんターナーに付いて行った辺りから幻を見てて、それで村の外の森に来ちゃったとかだよね?
それかまだテトの部屋に居るんだよね?
「な〜んだ、幻かあ。これが幻かあ。あはは! あたし、幻って初めて見たよ!」
「……アン、しっかり。重いから退いて」
「ぺったんこになる」
「あ! ごめんごめん! なんか幻が見えちゃってて……もしくは現在進行系で見えてて」
ほんと、凄いね、幻。
鼻に香る森の匂いも、肌を滑る風の感触も、木々が鳴らす枝葉の音すら聞こえてくるんだから。
二人の上から退くと、何処までも続く緑に感心したような声が漏れる。
ふえ〜……幻って、こんなに鮮明なんだね? なんだっけ? レンが教えてくれた砂漠で見える幻……騙されると命も落としかねないとか言ってけど、大袈裟じゃなかったんだね〜。
これは騙されても仕方ないと思う。
体を起こしている二人を置いて、フラフラと近くにある木に近付いてみた。
「うわ、本物っぽい」
「……アン」
感触も違うのかな? それともテトの部屋の柱とか? あ、木の感触だぁ。
ということは、幻が覚めたって可能性もあるよね? 今が現実?
今までの……テトの部屋に行くまでが幻?
ペタペタと木を触っていると、ここまでの道のりの方が幻っぽく感じる。
だって本物の木だもん。
……んん? それは、え〜……と?
考えが具体的な形を成す前に、ガサガサと茂みが音を立てた。
ひょっこりと顔を出したのはつぶらな瞳を付けたモフモフ……兎だ。
――――ただし額に角がある。
「……お肉」
「かわいー」
二人の感想の違いはともかく……あたしもそれぞれに同意出来るけど。
じゃなくて!!
「ま、魔物じゃん?! うちの村の近くに、魔物?!」
いや、なんか子供の頃に出たっていうのは覚……。
驚いているあたしに向かって、
角があるというのに、赤い口腔を晒して牙を剥き出しに――
「ほりゃ!」
飛び上がった一角兎の角を掴むと、勢いとバネを利用して兎の首を捻り折った。
首が折れる音と角が折れる音が重なって響く。
ボタッと地面に落ちた一角兎は、絶命したのか明後日の方向を向いたまま動かなくなってしまう。
「……うん」
「すごーい」
「い、いやぁ〜」
パチパチと拍手してくる幼馴染達に照れた表情で
一角兎は商店の馬車の護衛でも倒すしね!
「……血抜きしないと」
「そうだねー。お肉が、臭くなっちゃう」
見た目には天使のようなテトも、しっかりと村暮らしをしているだけあって獲物にはシビアだ。
……いや、あたしも可愛いとは思うけどね?
「でもあたしナイフ持ってないよ?」
「……わたしも」
「あたし、持ってきた。待っててー」
そう言うとテトは、近くに放り出されていた大きなリュックに駆け寄って……って、待って待って!
「そうじゃない!」
「……いや、まずはお肉」
「うん。早くしないと固くもなっちゃう」
なんで?! 違うでしょ? 違うじゃん!!
うちの! 村の! 近くに! 近くにぃ……って、あれ? 村は…………村は何処……かな?
事の重大さを二人に伝えようとキョロキョロと周りを見渡して――――気付いた。
村が無い。
いや、そもそも……微妙に、うちの村の周りの森と違うような……?
決定的とも言える証拠が、あたしの手の内に収まっている。
…………つまり。
「し、知らない、知らない森に居るよ?! あたし達?!!」
「……そう」
あたしの動揺も見兼ねたのか、何か話してくれそうなターナー。
「血抜きしよー」
「それはそう」
ターナーの手の平返しが早い?!
あ〜〜〜〜ッ、もうっ!! なんで?! 何が?! 違うでしょおおおおおおお!!
こんな時にレンが居てくれたら…………きっと一緒になって驚いてくれるのにぃ〜。
テッドは……こういう時は瞳をキラキラさせるから。
そういうところも好きだけど、そうじゃないよね、今は違うよね?
……って、思うようになったなぁ。
あたしがちょっと大人になったからかな?
満面の笑みで首の折れた兎に近付くテト。
その手には容姿に似合わない大振りのナイフが……。
「テ、テト。あたしがやるよ! な、慣れてるから?」
「そっかー。じゃあ、お願いします」
……うん、別にテトが兎を捌いても変じゃないんだけど……変じゃないんだけど!
なんとなくね? なんとなく……こう…………リョウキテキ? っていうか、雰囲気っていうか……。
あたしが捌いた方が早いっていうのもあって、ともかく事情は後回しにした。
責めるような呆れたような、猫の鳴き声が森に響いていた。
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