第308話


「あ、レン。無事だったか。そっちはどうだった? こっちは魔物の一匹も出なかったぞ。なのに戻るって言われてさ。何があったんだろうな?」


 出発時よりも膨らみが減ったリュックを担ぎながら、テッドとマッシが近付いてきた。


 各隊、出発点まで戻ってきたところだ。


 バラバラだった輜重隊も、今は一点に集まって各々過ごしている。


「こっちは……まあ、似たようなもんだよ。輜重隊なんだし。それより、あれだ。ここで終わりじゃないらしいぞ? 上まで戻るらしい」


 下手に興味を持たれるよりと適当な誤魔化しを交えて、このあとの予定を伝えた。


「……え……上に? また登るのか? なんで?」


「いや、理由までは……」


 知るわけがない。


 流石のテッドも再びの崖登りと聞いて表情が固くなっている。


 まあね、あとは帰りだけだと思っていたから余計にね。


 まだ降りてきたのは今朝方のことなのだ。


 テッドじゃなくても徒労感を感じる。


 恐らくは誰もが感じた胸中をマッシが口にする。


「終わりか? 遺跡発掘……」


「ええ?! 終わりなのか?」


 いや知らんて。


 テッドが向けてくる視線に首を横に振ることで返事とした。


 しかし終わりなら終わりで都合が良いとも言える。


 何やら困った政争が絡んでいるうえに、遺跡の方は転生者の臭いがするのだ。


 もうね? 底の底まで来た感じするよ、ここがドン底ってやつだよ。


 これ以上厄介になることもないだろうけど、リタイア出来るのならしとくに越したことはない。


 手首の包帯が、ここの危険度を教えてくれている。


 若干の希望を抱きつつ、上に上がる順番を待った。


 どうやら再びの魔物の襲来を恐れているのか、崖の上と下に強弓を引ける兵士と魔法を撃てる兵士を並ばせたようだ。


 うん、マッシとテッドが該当するね。


 図らずとも今回も最後の崖登りとなってしまった俺達だったが、そう何度も何度も不運が舞い降りてくるわけじゃないようで……。


 ヒイヒイ言いながら無事に崖を登り終えることに成功した。


 数名の見張りと伝達役を残して、全員が切り拓いた森の本拠地へと整列している。


 日暮れまであと少しと迫った森の向こうから、赤々とした太陽が覗いている。


 今日、これ以上の軍行動も無いだろう。


 恐らくは再び森でキャンプすることになると思われる。


 ……本当に帰るのかな? え、やだ嬉しい。


 だって、ただでさえ予定が押していると耳にしていたのに。


 この招集は更に一日の遅れを計算しなければならないだろう。


 自ずと『解散』が脳裏を過ぎる。


 …………しかしながら。


 ピシッと整列させている現状が如何ともし難い。


 『何かやります』もしくは『何か』と言っているようなものだ。


 幾分か柔らかい空気感のあった我が領の軍だけに、珍しい緊張感である。


 そのうえで事情を知ってそうなのが上層部だけっぽいのがまた……。


 そりゃ軍隊なんだし、一々下っ端に説明する義務はないんだろうけど。


 しかし割とこれからの予定なんかは伝えてきてくれただけに、突然の撤収に本拠地への整列と……有無を言わさぬ展開に不安を禁じ得ない。


 小声での会話囁きがあちこちで漏れるのは仕方のないことなのかもしれない。


 八割方徴収兵だしね。


 輜重隊でも……テッドではなくマッシが、ここぞとばかりに正規兵であるネルさんに話を振っていた。


 夕食に捕れたての獲物が出るのかどうかを気にしていた食いしん坊が、現状を気になっているかどうかは別として。


 その質問は今の雰囲気に則ったものだった。


「な、なんで集められたん……すかね?」


「実は自分も知らないのであります。……面目ない」


「あ! いえいえ?! 俺達もよく知りませんし! ただちょっと、あのちょっと……あの、あ……」


 あ、全然ダメだ、むしろ意気消沈してしまっている。


 騒げない空気もあって助けを求めようにも焦りを募らせるだけとなったマッシ。


 …………君のことは忘れないよ。


 まあ言うて? 俺も女性へのアプローチなんて分かんねえけど。


 うちの村では、収穫祭で気にいった者同士が暗がりに消えるか、よその村からお嫁さんを引っ張ってくるかの二パターンしかないからなぁ。


 ちなみに並んでいる順番は、正規兵の近くとあってマッシが一番前だ。


 テッドが真ん中辺りで、俺が最後尾。


 バラけて情報収集……という名の今日あったことの遣り取りをしているのだが、成果なんてある筈がなく。


 大抵は遺跡内担当になったテッドとマッシの自慢話が主であった。


 いや、おい。


 外で何があったのか聞いてこい言うたんや。


 こっちが魔法で聴力強化しとんのに、ワレらなんしとん、おお?


 挙げ句の果てに勢いづいたブタが飛べなくなって涙目とか要らんねん。


 テッドもテッドで話盛んなや。


 あとでバレるっちゅうねん。


 …………しかし長いな? こうして並んでからどのぐらい経ったか……。


 てっきり校長の話よろしく『君達が静かになるのに十分掛かりました』みたいな嫌味が目的かと思ったのだが……。


 僅かなざわめきは許容範囲であるらしく、あまり騒がない程度に窘められて……


 また大隊長からのお話でもあるのかと思えば、どうにも違うようで……。


 そもそも今朝方とは違い、森を前としているのは何故なのか?


 最前列に第二王子殿下の遣いとやらも纏められていて…………嫌な、というか、不穏な気配がするんだが……?


 その想いを後押しするかのように。


 馬の蹄の音が聞こえてきた。


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