第307話


 キ、キッツ……。


 再び現れた黒鎧とチャンバラを繰り広げ、鍔迫り合いに持ち込んだところで、待機していた兵士がトドメを刺した。


 種の割れた手品のようなもので……流石に二度目とあっては戦闘も短く済んでいる。


 お陰様で手首が嫌な音を立てることになったが、これまた頑丈で豪勢な剣が手に入った。


 戦果としては十分だろう。


 ……『槍』が出て来なきゃ、めでたしめでたしで終われたのに。


 装備を整えて、きちんと心構えもして、しかも先手を打ったというのに……気のせいなのか、黒鎧は最初の奴よりも若干強いような気がした。


 もし手にする武器や防具で、出てくる黒鎧の難易度が違うのなら…………『槍』は是非とも遠慮したい。


 あと黒鎧こいつ、絶対に人間じゃないだろう? 生物かも怪しいぞ?


 鎧のある部分は中隊長並みの攻撃じゃなきゃ通らないようだったが、関節などのならばダメージが……『蓄積される設定』とでも言おうか。


 どことなくゲーム感覚を覚える。


 ある程度のダメージ量が認められれば訓練終了となるらしく、いくらか攻撃を受けると消えてしまう――のだが……見た目には無傷なので心臓に悪い。


 相手は『一人ソロ』を基準としているようで、本当の意味で『眼中に無い』兵士の分だけ楽にクリア出来ていると思う。


 ふと思い付いたのは立体画像ホログラム


 ……それにしては現実的リアル過ぎるうえに、実体を伴っているようにしか見えないが。


 とはいえ手首の痛みや、剣や盾で受けた重さは本物なのだ。


 これが訓練なら殺されても『事故です』と言われかねない……。


 技術のおかしさよりも精神的なおかしさの方が目について驚けないよ?! なんなん? ここに住んでた日本人? 戦闘民族かなんかなの?


 悪態の一つもつきたいけれど、ギリギリの攻防故に振り絞られた体力から、漏れるのは荒い息ばかりとなった。


「ゼェ……ゼェ……」


「だ、大丈夫か? 凄いな、お前……。おーい、水だ! あと医療道具も持ってこい!」


「あ、あり……ぜ、ます……」


 倒れるように横になっていたら、どっかの小隊長っぽい人が心配そうに声を掛けてくれた。


 本当に……次は無理。


 なんとか両強化の二倍で対応しているが、それもここらが限界だ。


 傍目には上手く誤魔化せていると思うけど……。


 それというのも相手の動きを止めるためにこちらも足を止めていることと……黒鎧の一撃の重さを他の兵士が知らないこと故にだろう。


 荷物に関しては同じことが出来る人もチラホラいるけど、動きや頑丈さについては言い訳のしようもない。


 流石にここらが潮時でしょうよ。


 念の為にと手首を回復せずに限界をアピールしているが、それでもやれと言われたら……どうしよう? 死んだフリする?


 でもあの黒鎧、親の仇かってぐらい、出現した武器を持つ奴を狙うんだよなぁ〜。


 中隊長、限界……僕、限界ですよ? ほらほら? めっちゃ息上がってるし、手首の腫れも……腫れ凄いな?! なにこれ? 折れてる? え? 折れてはないよね? どっち?!


 意識し始めることで途端に痛み出した手首を、医療道具を持ってきた衛生兵も兼任しているらしい魔法持ちの兵士が持ち上げた。


「ッッ?!」


「……ヒビかな? これぐらいなら魔法薬ポーションは必要ないでしょう。傷薬を塗って包帯を巻いておきます」


「お、良かったな? 折れてないってさ」


 ほ、ほんとに? ちょっ、ちゃんとした先生は? 先生はいませんか?! 医術が使える先生は?! お医者様は居られませんかあ?!!


 あとでこっそりと回復魔法を掛けておこう……ぶっちゃけ薬草を煎じた傷薬って、そんなにお世話になってないせいか信用がイマイチなので。


 若干スースーする傷薬を患部に塗られて包帯を巻かれているところで、隊列の指示と『剣』の再使用とを行っていた中隊長がこちらにやってきた。


「レライト、ご苦労であった。此度の功績はしかと記録させておく、安心するといい」


 ……ど、どうだろう? 功績は欲しいけど……記録に残るのって微妙に嫌な気がするなぁ。


 息が上がっているフリをして頷くに留めた俺を確認した中隊長が続ける。


「よし! 小休止! しっかりと食事を取っておけ! 終わり次第、どこまで武具が湧き続けるのか検証を行う。各隊の隊長は集まれ、小会議だ」


 それもマズい。


「た、隊長。じ、自分が続けて囮を引き受けられますが?」


「む? 無理をするな。その怪我では一合と持つまい。安心しろ、隊の中には大盾を使う奴もいる。最悪の場合は儂が出る」


 黒鎧の一撃の破壊力がバレる前にと、痛みとは別の理由で冷や汗を搔きながら提案するも……細かくもアピールが届いていた中隊長には、『休んでいろ』と告げられた。


 ありがたい、けど今じゃない。


 ヤバい、どうする? いっそ知らんぷり決め込むのはどうか? いや被害が出てからじゃ……俺の責任問題になりゃしないかね?


 悶々としながら輜重うちの隊が持ってきた弁当を頬張る。


 この時間内に何か良い解決策を思い浮かべねば……!


 ふと脳裏を過ぎるジト目が恋しい……残念ながら人間はそうポンポン解決策を生み出せるように出来ていないのだ。


 聞かれても構わないと思っているのか、小会議という名のブリーフィングから漏れ聞こえてくる「一度戻って、分岐の左を見てみては……」や「あの黒い鎧の武器が奪えるかどうか試しに……」などの危険な会話からは、逃げ道どころか行く道も塞がれる思いである。


 …………今から除隊申請するのが、たった一つの冴えたやり方な気がしてきたよ。


 冷や汗と脂汗のせいか、昼食の味はイマイチ思い出せなかった。


 火口に飛び込むのと、深海に飛び込むの、どっちがいい? と聞かれているようで……。



 ――――しかし予想される何処でもない進路を取ることになった。



 それは帰った筈の輜重隊の半分が、恐らくは伝令の兵と共に戻ってきたことから始まった。


 何らかの伝令を伝え終えた兵士が、そのまま休むことなく来た道を戻るという慌てようで……メッセージを受け取った中隊長は、早々に指示を飛ばし始めた。


「撤収するぞ! 小隊毎に隊列を組んで、順次『出発点』へと戻れ! 荷物の回収を忘れるな!」


 それは――――願ったり叶ったりなだけに……どうにも不安が増すような指示に思えた。


 え? 帰るの? いいの? 本当に?


 なんの連絡が来て、どういう遣り取りをしたらそうなるのだろう……。


 そんなわけで遺跡探索初日。


 そこそこの収獲と、意外な程に危険だった遺跡の広さと厄介さを確認して、俺達は振り出しに戻ることになった――――


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