第305話
――――絶対に居なかったぞ?!
兵士が大盾を手にした瞬間。
大盾を持った兵士の数歩先に黒い鎧を身に纏った人間が現れた。
それは盾持ちの兵士と見張りに立っている兵士の中間地点。
間隙を縫うように――しかし隠れることなく姿を現している。
大盾の出現時はともかくとして、今は両強化の二倍を発動しているというのに……!
洗練された黒い鎧を身に纏う闖入者は、ヘルムに当たる部分……顔の下半分だけを露出させていて、人間とだけは分かるが性別は杳としれなかった。
腰には一振りの直剣を差して、どこを見るともなく…………いや、大盾を持つ兵士と対峙している……?
トレーニン――って、まさか?!
「構えろッ!」
叫ぶと時同じくして駆け出した。
いきなりの闖入者に、警戒を露わにしていた兵士達も僅かながら呆然としてしまっている。
そりゃそうだろう、俺もそうだ。
これだけの警戒網を潜り抜けて、キャンプの真ん中に突然現れたのだから、唖然となるのも仕方ない。
しかしその一瞬が、黒鎧に剣を抜く暇を与えた。
盾の持ち手に飛び付いてくる俺に、大盾を拾った兵士が目を白黒させる。
「な、なにを」
「踏ん張れッ!」
速――――ッ!
激しい衝突音と、余波として荒れ狂う風が、盾と剣がぶつかったのだと教えてくれた。
まるでコマを切り落としたかのように、眼前で剣を振り抜く黒鎧に合わせて盾を突き出した。
拮抗は僅か一瞬。
とても金属が放つ音とは思えない程の爆音に負けず劣らずの圧力があった。
それは正しく――速度が力を兼ねていた。
――――ふざけ?!
効果の上がった強化魔法――――だというのに。
地に足を着けていられず、振り切られた剣に合わせて大盾を拾ってしまった兵士と共に吹き飛ばされてしまう。
――壁――いやこいつ――こなくそっ?!
蹴りつけられたボールのように壁へと飛ばされ、咄嗟の判断で気絶しているであろう兵士の首根っこを掴み、自分の体が下になるように叩きつけられた。
「ぐっは?!」
胃液全部出る?!
盾と俺とでサンドイッチされた兵士を床に転がし、
…………予想が正しいのなら、盾を――
「――お前ちょっとズルくないか?!」
『こんな盾要らねえや』と手放そうとした矢先に、またしても距離を詰めてきた黒鎧が剣を振るう。
威力が威力だけに、盾を手放して防げるとは思えない。
トレーニンッ! トレーニングモード?! なら、盾を捨てれば……!
確証の無い予想は、もし違っていたら真っ二つにされるであろうことから踏み出せないでいた。
――――いや、その隙も無い。
再び襲う衝撃。
壁際のため、今度は連続して放たれる斬撃に余裕が無くなる。
一撃一撃が重い上に、常に盾を構えていない方向から飛んでくるので、離脱する暇がないのだ。
こと幸運は、寝転がっている兵士が無視されていることだろうか?
……俺も放っといてくれたら良かったのに!
連続して上がる金属音、耳を掠めていく業風、通過してくる衝撃に手首に蓄積される痛み――
ちょっと腹立ってきたぞ?
増していく痛みに比例して魔力の練り上げが間に合った。
「ナメん――」
「よし! いいぞ! そのまま抑えてろよ! ――構えッ!」
いざ切り
どうやら足を止めての斬り合い故に、包囲が間に合ったみたいだ。
俺に当たらない角度で配置された槍兵が、緊張も露わに前に出る。
――――そういうことなら!
改めて痺れ始めている手首に力を入れて、両強化の二倍で踏ん張った。
幸いにもパターンがあるのか、振りの速度に追い付けなくとも先読みが可能だ。
切り結ぶ瞬間に力を入れることで、黒鎧の足を留める…………留められている、内に早くぅ?!
やはり狙いは大盾を持っている奴なのか、近寄ってくる槍兵には目も向けない。
隙が出来ればと思っていたのだが……眼中にないというよりは、まるで本当に目に入っていないかのようで……?
「――突けえええ!」
「「オオオオオオッ!」」
気合い一番、槍兵の突きが黒鎧に当たる。
火花を散らして鎧を滑る槍は、しかし関節を狙ったものなどもあり、黒鎧にダメージを……ダメージを……?
確かに刺さっているように見えるのに、黒鎧は何の痛痒も……それどころか反応もなく、ただただ俺を真っ二つにせんと剣を振るっている。
ちょっと殺意高過ぎませんかねえ?! 分かった返す! 返す返す! 返すから五秒待って! ねえちょっと?! 聞いてる?!
「槍、下がれ! 次ぃ! 行くぞおおおおお!」
槍兵を下がらせた中隊長が、接近戦用に配置した剣兵を率いて……というかイの一番に駆けてきて、黒鎧を唐竹割りにした。
頭頂部に当たった剣は、鎧の頑丈さ故か僅かながらに拮抗し――――そのままの勢いで股下まで走り抜けた。
おおおおおお?!
「ありがとうございます隊長!」
「ぬっ! いや、まだだ!」
これまた確かに剣は通った――――しかし二つに割れるどころか、何の変化も無い黒鎧が、未だに剣を構えている。
はあああああ?! 無敵かよ?! なにそれズッル?!
こうなったら……!
手首の痛みから次の変身を残していることを教えてやろう、と息巻いていると――
『『
――再びの人工音声に、何をしても動きを止めなかった黒鎧が沈黙した。
……剣を振り上げたまま固まる様は、まるでよく出来た彫像のようでもあった。
そして現れた時と同じくして唐突に消える黒鎧に、その場に居た全員がビクリとする。
「……何だあれは? 魔物だったのか?」
俺の胸中をまんま語ってくれる中隊長の呟きが、そのままその場にいる全員の胸中でもあった。
「た、隊長?!」
「今度は何だ?!」
中隊長の背中から響いてきた切羽詰まった叫び声に注目が集まる。
――――そこは恐らく、盾が出現した地点だろう。
今度はそこに、如何にもな『剣』が直立していた。
支えもなく直立する剣は……なるほど。
……どうなっているのかと触りたくなるのかもしれない。
実際の理由は分からないけど。
「触るなよ! 誰であろうとあれを触ることは許さん!」
どうやら中隊長の方は、今の戦闘の経緯をつぶさに観察していたらしい。
絡繰りに思い当たっているようだ。
…………はあ、しんどかった。
……ところでこの盾消えないんだけど?
捨てていいんだよね?
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