第304話
横も縦も自分より幅のあるリュックを背負って、微妙にカーブを描いている道を小走りに走っている。
通路には定期的に設置されている外灯があるが、明かりが灯る様子は無く、先頭が持つ松明を目印に地下を往く。
……本当に広いな。
以前、ダンジョンに潜った時よりも広く感じているかもしれない。
主な理由は戦闘が全く無いせいだろう。
そのせいか走っている時間が長い――――
警戒すべき罠もなく魔物もいないとなれば、自然と緊張感も緩んでくる。
一旦小休止を入れたのは良い判断だと思う。
「いいか? 今のところ魔物による襲撃も、通路に設置された罠の発見も無いが……警戒は常に怠るなよ。違和感を感じたら声を上げろ。いいな!」
「「はい!」」
小隊長のありがたい薫陶に、隊員が威勢だけは良い返事を響かせている。
まあ、無理だろうなぁ……。
俺を含めて軍事行動なんてしたことない連中の集まりなのだ。
練兵された正規兵とは気の張り方からして違うだろう。
それにしても、だ……。
…………もしかしたらこの小隊長は、知っている側か?
恐らくは内通者の絞り出しのために、何名かに真実を告げている筈だ。
洗い出し役が必ずしも上官とは限らないだろうが…………どうなんだ?
いや分からん、なんかこういうこと考えている時点でドツボな気もする。
まあ、あちらさんはあちらさんの事情があるんだろうし、こちらはこちらの事情を優先させて貰おう。
粛々と仕事を熟すために、休憩も終わりだろうと再び荷物を背負い直した。
休憩していたのは分岐の前、蛍光塗料に書かれたサインの上である。
『右へ進む』
単純明快で端的だ。
全ての通路を走破する必要があるため、後々追加される情報もあると思う。
それぞれの壁に『こっちは何々』みたいな感じで…………。
…………書かれてるなぁ。
ふと分岐を思って確認した壁には、それぞれの方向に矢印と文字が書いてあった。
日本語だ。
主張強くない?
ネタバレを食らう読者のような気持ちになってきたぞ……。
左方向の矢印には『生体錬金化合室』という……見るからにヤバそうな文字が。
……これは誰か死ぬかもしらんね。
右で良かったと思えばいいのか……右方向の矢印には『――――room』という、肝心な部分が掠れている表記があった。
…………なんでだよ?!
絶対演出だろ?! なあ? どうやったらそんな部分が掠れるんだよ! ちょっ、責任者出て来い! 勝手にお邪魔してごめんなさい!!
「よし、行くぞ」
逝くぞの間違えかもしれん。
小隊長の号令の下、後戻りという選択のない道を進む。
それでも希望は、今のところ被害が軽微という情報にある。
僅かながらの怪我人は、走っていて転んだとかの理由だったから……危険性は未だ見られないことが、この遺跡の特性だろうか。
最後まで期待してるからな! フリじゃなく?!
暫く走っていると、先行した隊の見張りが見えてきた。
報告では大きめの部屋を見つけたので、そこで小休止しているとのこと。
入り口から走って二時間ぐらいの距離だ。
ここを基点にするには近過ぎるけど、わざわざ出発点に戻るのも遠いという微妙な場所である。
一先ずの食料や物資の補充のためにやってきた。
互いに敬礼を交わす正規兵の真似をして、部屋の中に入る。
部屋は……ご多分に漏れず広い。
しかし出発点程じゃないのは一目瞭然だ。
そう、この部屋には灯りが点いている。
半球形のドームのような部屋で、一個中隊を収納しているというのにまだ余裕があった。
それだけに殺風景とも言えるが……。
ここで休憩にしようとした理由も分かるというものだ。
何より全体が見通せるのがいい。
「来たか! 諸君、喜びたまえ! 飯だ!」
大隊長の元にもいた見覚えのある中隊の隊長が宣言すると、座り込んでいた隊員達の歓声が上がる。
流石に装備を外してリラックスとまではいかないが、食事を待ち望んでいたのはこの歓声からしても間違いないだろう。
先遣隊だけに緊張を緩めるわけにもいかず、そのうえ肩透かしのように魔物も罠も無いとなればストレスが溜まるのも無理はない。
早速とばかりに打ち合わせ通りの動きを披露した。
リュックを降ろし、水と食料を紐解いていく。
そこで乱雑に群がることもなく、整然とした列を作り、半分が見張りとして立ったのは流石だと思う。
どうやら徴兵経験が高めの兵で組まれているらしい。
うちの村の人員が輜重隊なのも納得出来るなぁ。
こっちとしては都合がいいけど。
「食料です」
「おう! 待ってたぜ!」
一人一人に一人分の食料を手渡している時に――――それは起こった。
『トレーニングモード起動』
――――唐突に、空から声が降ってきたのだ。
めちゃくちゃ人工音声っぽい日本語が。
膨れ上がる嫌な予感に呼応するかのように、部屋を覆う光が青く明滅する。
何かが起こっているのは、言葉を理解しなくとも分かっただろう。
しかし様子見のように構える兵士が多い中で、その『盾』の前に居た兵士は――――些か迂闊であったようだ。
体がすっぽりと収まるほどの見た目にも頑丈そうな盾に、手を伸ばしたのだ。
「――――触るな!」
俺の叫びは聞こえたのか聞こえてなかったのか……ともかく『時既に遅し』。
身を守るという本能に基づいたものだったのかどうかは知らないが、兵士は既に盾を手にしていた。
異変は早々に訪れた。
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