第301話


 洞穴の中は……狭い入り口とは裏腹に巨大な空間が広がっていた。


 体育館どころの広さじゃ利かない敷地面積に、篝火が届かない程に高い天井……。


 一目で感じるヤバい雰囲気臭い


 ここを盗品の倉庫にしようとしたという犯罪者集団ってのは何を考えていたのやら。


 ふと目にした路面は、綺麗に踏み固められ整地されていて人の手が入っていることを窺わせた。


 天井は見えないが横壁も押し固められていることから、恐らくは同じような作りになっているのだろう。


 例外は入ってきた側の壁だけだ。


 そこだけ綺麗さとは無縁の地肌の壁が剥き出しになっていて……もしかすると入り口は自然に崩れて露出しただけなのではないかと考えさせられる。


 とすると、崩れた可能性のある壁が直ってないことから遺跡と判断したのだろうか。


 何を目的とした広さなのか?


 ……あんまり考えたくないけど、一番『近い』と思える場所は巨大な髑髏が居た最下層の部屋だ。


 魔物がいる……もしくは居た気配もないのだから、目的不明の空間が広がっているだけなのだが……スケールの大きさに良い予感はしない。


  大山鳴動して鼠一匹とはならない感じ……するなぁ。


「すげー……なんだここ」


 命綱を解いたのだろう、呆然と響くテッドの呟きが聞こえてきた。


「昔の人は……なんのためにこんな所つくったんだろうな?」


 ほんとそれ。


 テッドと同じく驚きを表すマッシの言葉に首を傾げる。


「よし。お前らはこっちだ。おーい! 集まってくれ!」


 輜重隊を纏める正規兵の輜重隊隊長が、バラバラに散っていた農村兵を呼び集めた。


 整然と整列した輜重隊を認めた隊長が、一呼吸間を空けてから話を始める。


「先に言っておくが……俺は遺跡探索なんて初めてで地下への潜り方なんて知らん! だが輜重隊としては、先行する隊に付いて行きながら糧食を守るのが役目だと思っている。基本的な装備は『上』が決めたから問題ないとは思うがな。たぶんだ。あー……だからして、貴君らの中にダンジョンの経験者がいるのなら、忌憚のない意見を求める。何かないか?」


「はい! 経験があります!」


 テッドォ……。


 いや、それは嘘じゃないけどさ? お前って確か三日坊主どころか半日でギブアップしてただろ?


 お陰で最下層まで行くことになったから覚えている。


 しかし手を上げたのはテッドだけにあらず。


 輜重隊遺跡内担当五十人の中だけですらチラホラと手が上がっている。


 実家通勤ならぬ実家冒険者的な奴らもいるのかな? もしくは元冒険者の現村人的な。


 実質鉱夫なので分からなくもない。


 腕力勝負、体力勝負と言われるだけあってムキムキが多いもんな。


 『昔は俺も冒険者ワルをやっていた』と言われても納得である。


「よし! では元気の良いお前!」


 唯一声を上げたテッドが指されたのは必然かもしれない。


「はい! いざとなった時の逃走手段や経路について詳しいです! 未だ報せがないのですが、決まっていないのなら参考意見を出すぐらいのことは出来ます!」


 あー……それはとしては正しい。


 同じ気持ちなのだろう隊長が微妙そうな表情で『あー……』と口を開けている。


「それは認められん。なぜなら我々は軍隊で、これは軍事行動だからだ。勿論、全滅の危険があるのなら撤退もだろうがな。他にないか?」


 『え?』とビックリした顔のテッドはともかく。


 他にも何人か似たような顔をしていたので、これは意外な意見なのだろう。


 いざとなったら『命が大事』で逃げ切ることを目的とする冒険者と違って、軍隊は目的のためなら犠牲ありきで事を進めるからなぁ……。


 特に兵站の重要性は言うまでもない。


 輜重隊が安全なのは、それが軍全体の生命線を握っているからでもある。


 まあ、ここまではほのぼの行軍ではあったから、意識の差が表れているのだろう。


 ……ちょっと空気変えてやるか。


 このまま意見が出ずに終わるのも雰囲気が悪いので、手を上げた。


「よし、お前」


「はい。我々の目的は補給線の確保だと思われるのですが、遺跡内部の構造を知りません。前線に物資を届けるためには、その把握が必須だと考えます」


「……地図の作成を言っているのなら、他の隊の仕事だが?」


「提案したいのはその前身となるべき『しるべ』の作成です。光の魔晶石と色の魔晶石を混合させた物に『蛍光塗料』なるものがあると。前線……もしくは隊毎に一つ携帯させて、通路の分岐や危険地域への抑止に使用出来れば、事故を減らせるかもしれません」


 実際にはダンジョンの深層に潜る前に思いついたアイデアだ。


 ダンジョンでは自動修復のような機能があるため、そう長く持つものではないと却下された意見だったが、有用だとは思うのでここでも具申してみた。


「それは…………面白いな。損耗率を減らせるかもしれん。提案してこよう」


 「おお」と驚く声が重なって響く。


 まあね! まあね! 使い回しの意見だけどね!


 しかしこれは対人ではなく対魔物を主眼としたダンジョン探索者だからこそ……という考え方でもある。


 人と人との戦争であるなら、そんな目立つ合図は直ぐさま発見されるうえに暗号の解読なんかにも使われてしまうだろう。


 魔物蔓延る地下の洞穴という状況下でこそ、初めて活きるアイデアだと思う。


 まあ金掛かるだろうから、冒険者でやる奴が少ないってのが本当の理由だけど。


 輜重隊の隊長が早速とばかりに他の隊長に掛け合いに行くのを見送りながら、テッドが肘で突いてきた。


「やるなあ! なんだよあのアイデア?! 今考えついたのか?」


「いや、村の外に出た時に、ダンジョンに潜ってるって人から聞いたことがあったんだよ」


「お前は……相変わらず変なことに詳しいよな?」


 マッシの呆れたような声が後ろから響く。


 まあ、軍隊お国ならではだよね? 俺も自費なら絶対にやらなかった自信がある。


 犠牲が減らせるとあって、提案は素早く受け入れられ隊長毎に高価な『蛍光塗料』を携帯することになった。


 ダンジョンならばここで単純なサインを決めて、身内にしか分からないようにするのだが……。


 それは有用な情報が商売敵しょうばいがたきに渡らないようにするためであって、無人……いても魔物が精々の遺跡なのだから、時間の無駄を省くためにもと普通の言葉を用いることにしたらしい。


 デカデカと『出発点』の文字が光っているのには遊び心を感じる。


 物資のチェックが最初の仕事で、飯の分配量や魔晶石の使用頻度まで覚える必要があった。


 大雑把な冒険者とは流石に違うようだ。


 しかし元々チェックして降りて来ているだけあって、早々に仕事は終わった。


 警戒するも何も味方だらけで魔物の一匹もいないのだから…………やることがない。


 奥の扉を開けるべく奮闘する内部探索隊を見学に行こうとするのは当然の流れなのかもしれない。


 だってめっちゃガンガン鳴ってるし。


 開門っていうか、解錠? 作業って力業なのか……。


 そういえばトレジャーハンターって格好良く言ってるけど、墓荒らしだもんなぁ。


 荷物番の数名を残して、交代の時間までテッドとマッシと一緒に奥にあるという扉を見学に行くことにした。


 反響する音から破壊的な作業が行われているのは分かるのだが、広さと暗闇のせいで近付かなきゃ見えないのだ。


 音を頼りに歩いていると、良いことを思いついたかのようにテッドが言う。


「あ、俺、あかりつけようか?」


「バカやめろ。魔力が勿体ないだろ?」


 俺の否定の言葉にマッシが頷く。


「そうだなー。むしろ今からが本番って言うし、テッドの魔法は取っといた方がいいんじゃないか? 何があるか分からんぞ。今、攻撃魔法って何発撃てるんだ?」


「四発は余裕だぜ! かなり無理するけど、六発? が限界かな」


 それ六発目は期待出来ないやつやん。


 出ないやつやん。


 倒れて担ぐハメになるやつやん。


 しかし俺の失望とは裏腹にマッシが驚きの声を上げる。


「え? すげーじゃん? は? お前もう『魔法使い』なんじゃね?」


 …………そういえばそうだね?! そんなんあったね?!


 友人がいつの間にか『凄い人枠』に入ってて困る……基本的にはバカなんだが?


 そこそこの人数がいるうちの村でも、魔法が使えるのはドゥブル爺さんにテッドとチャノスの三人だけなのだから、百人に一人というのは嘘じゃない。


 しかし魔力量の限界からか、『魔法使い』に到れるのは――――そこから更に十人に一人。


 現にチャノスはそれ程の伸びを得ていないように思えるから、真実なのだろう。


 まさかテッドがねぇ……。


 どうせ得意気な表情で調子に乗っちゃうかに思われるテッドだったが……何故か残念そうな表情で首を横に振っている。


「ぜ〜んぜんだ。まだまだ師匠には及ばないからなあー。結構威力があるやつだと二発で限界がくるし。ギリギリ『魔法使い』って呼べるようじゃ、本当の『魔法使い』じゃないんだとさ。もっともっと修行だな! 次は威力の調節の訓練をやるぞ。薪を燃やし過ぎないように、ってやつ」


「へー」


 それは炭作りに使われてるねえ。


 放任主義ではあるみたいだが、ドゥブル爺さん的にはテッドの選択肢を広げてやっているのだろう。


 魔法なんてなくとも、あの人は尊敬出来るよなぁ。


「お、アレだな」


 マッシが近くなった音源を指差す。


「すっげえヘコんでるな。あれでもまだ壊れないんだなー」


 特に感慨も無い呟きを放つテッドとは裏腹に――――俺はジットリとした汗を額に掻くことになった。


 大きい――といっても、この空間の出入り口にしては小さく見える扉。


 恐らくは


 では見ることのない扉の形が、心臓を無駄に高鳴らせている。


 …………ああ?! 不安さんと嫌な予感くんが手を?!


 ――どうして当たるのだろうか?


 トラックといい、トラブルといい…………。


 まるで決められているとばかりに引き合う。


 そこにあるのは……ある意味で、ありふれた扉だった。



 ――――――――シャッターだ。



 上から下に降ろす……典型的なシャッターが、ハンマーやら何やらでヘコまされていた。


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