第300話


「ここ降りるとかおかしいだろ……」


 犯罪者集団だけあってイカレていたらしい。


 断崖絶壁をロープを伝って降りろと言われた。


 どうやら頭おかしいのは犯罪者集団だけじゃないらしい。


 一応は命綱を腰に結んで、その上で結び目の付いた縄を伝って降りるのだが……。


 なんかあれだ……前世で成人の儀式にバンジーする原住民を思い出したよ。


 もっとなんかなかったのかよ?! 犯罪者共は命綱無しの縄梯子で降りただあ?! そのまま上がって来なかったら良かったのによおおおお!


 荷車を降ろせないと言われた理由が分かった。


 崖際は吹き上げる風があるため揺れるのだ。


 装備等はリュックに纏めて縄で結んで降ろしているのだが……何回に一回かは帰らぬ人(物?)になっている。


 人が降りる用の縄は下でも固定してあるのだが、荷物を結ぶ方の縄は片方しか固定していないために遠心力が働くのだろう。


 …………もっと近いとこに掘れよ! なんであんな視認ギリギリの場所に洞穴とか掘ったんだよ!


 遺跡と呼ぶからには恐らく人工物だと思うのだが……。


 作った奴もイカレてるのは間違いないな。


「よし! 次! 最後だな? 準備出来たか?」


 既に幾度か降りたという正規兵が、輜重隊遺跡内担当の最終班となる俺達に声を掛けた。


 遺跡内部に入る輜重隊の人数は五十人。


 それぞれが青い顔をしつつ……時折悲鳴もオマケに付けて、崖の下へと消えていった。


 全員亡き人になったと言われても納得しそうなんだけど……。


 残念ながら強化された視界には全員無事に下まで降り切れたのを捉えている。


「……出来ました!」


 流石のテッドも緊張しているのか、やや上擦った声だ。


 後ろに並ぶ俺とマッシも同じような返事を返してフライハイスタンバイ


 洒落になんねえ。


 三人に繋がる縄は念の為だそうだ……全く関係ない話なんだけど、俺の腰にはナイフが差してあるからね? オーケー?


 それぞれが縄を持つと慎重に崖を降りていく。


 吹き上がる風がある分、体重はいくらかマシに感じれるものの……自分の意思とは無関係に揺れる体が不安を掻き立てるのだろう。


「下を見るな下を見るな下を見るな……下を見るなよ……!」


 並行して降りているマッシが、こちらに語り掛けるかのように独り言を呟いている。


 何人か手を滑らせて命綱がピンと張るのを何回も見てたもんなぁ……。


 荷物を降ろすのに使っている縄と違って、命綱は強度が確かな物を使っているけど、それで恐怖が無くなるかと言えば別の話だしね。


 縄も資源だ。


 しかも下に届く長さじゃなくては困るので、荷降ろし用のは耐久値で幾分か劣る。


 ……崖際で縄が右に左に擦れているのを見ていたら、そりゃ荷物が無くなることも仕方あるまいと思ったよ。


 遠心力も付いていただろうしなぁ。


 理解しているだけに人間の進みは遅い。


 安全のためには仕方ないのだ。


 ゆっくりと……しかし確実に降りていると、不意に大きく風に吹かれ縄が撓んだ。


 意識したわけじゃないのに、俺達は呼吸を合わせたかのようにピタリと止まった。


 続く風が無いことを確認すると、またモゾモゾと下へと降りていく。


 この繰り返し。


 万が一にも落ちたくないので、強化魔法は両方を二倍で行使中である。


 だからこそ……風を裂いて何かが近付いてくる音を捉えられた。


「クソッ! 避けろ!」


 上から叫ぶ声も、しっかりと聞こえた。


 テッドとマッシは――――気付いていない。


 下から吹き上げる風のせいだろう。


 音源に目をやると、峡谷の上で旋回する……大きな鳥の姿があった。


 鷲? ……にしては大きいと思う。


 十中八九、魔物だろう。


 風に煽られているのか、中々こちらまで届かずにいたが……覚悟を決めたのか急滑降と呼べる程の角度で降りてきた。


 少人数での行き来はあったようなのだが、今回程の規模で降りていくのは始めてなので……どうやらそれが魔物の興味を引いたらしい。


 ……もっと早く出て来いよ?! なんで俺達の時ばっかり!


 腰に差してあるナイフを抜く。


 まだだ……自分でも分かっているが、俺ってばノーコンらしいから。


 こんな時に意地を張って落ちたくはない。


 ナイフは一本だけなのだ。


 引き付けて引き付けて…………ここ!


 猛禽類の魔物なのだろう、大型犬サイズの鷲が崖を降りている三人に影を掛けたタイミングで――腕を振り抜いた。


 手首のスナップと体の振りだけで威力を上げた投擲が、鷲の魔物の首元に刺さる。


「うわああああ?!」


「おい?! レン!」


 急激に体を動かした反動で縄が揺れる。


 必死に縄にしがみつく幼馴染共が文句を言ってくる。


 ナイフの一撃が効いたのか、絶命した鳥が角度を無くしてバサバサと谷底へ落ちていく。


「こ、今度はなんだ?!」


 音を拾ったテッドが叫ぶ。


 背を向けている二人には見えなかったかのかもしれないが、それどころではない。


「行け行け行け! 降りろ降りろ降りろ!!」


「は? おおおおい?! 引っ張んな?!」


 今のうちに!


 死ぬときは一緒とばかりに結んだ縄が功を奏して、急かされることになった二人も降りるペースを上げた。


 もうナイフは無いのだ、次襲われたらと思うとゾッとする。


「おーい! 無事か?!」


「いえ駄目です!」


「いや駄目て」


 主にメンタルが!


 山登りした時と違って……底が見えない場所を降りている最中に襲われるって恐怖が半端ない。


 飛び降りての下山の方が幾分かマシだったよ。


 洞穴から顔を出して聞く正規兵が、俺の返事に呆けながらも手を伸ばしては服を掴んで引き込んでくれた。


 こんなもの付けてられるか! とばかりに急いで命綱を外す。


「……意外と余裕あるな? 荒事に慣れてるのか?」


 いやありませんけどぉ?!


 もし万が一そう見えていると言うのなら、それはいざとなったらパラシュート四倍強化、という心の余裕の表れなのだろう。


 しかしそれはそれ。


 強面のお兄さんがメンチ切ってきたら目を逸らすという習慣に変わりがないように、精神に染み着いたビビリ根性が治ることなんて、そうそうあるものじゃない。


 ……降りるだけでこれとは。


 遺跡探索…………な、中々やるじゃないか?


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