第298話
「うちの隊じゃないぞ? この時間はここを外回りして……」
「しかし我々のところでもない。どこからの情報だ?」
「擦り合わせの際に――」
流石に歩哨がいないのは問題なので、直ぐさま見張りの人へと報告を入れた。
見張りをしていた兵士が遊撃に当てられている予備戦力を南側の歩哨へと引っ張ってきて、隊長達が待つテントへ魔物の目撃証言と共に報告に向かうように言われた。
歩哨のルートを洗い出す各隊の隊長達は大慌てだ。
それを横目に直立不動でテントの端に立っている。
……もう帰ってもいいかなぁ? お昼ご飯が絶望的なんだけど……。
今、輜重隊のテント前ではマッシが野獣と化していることだろう。
俺の昼飯……。
「……もう一度聞くが、枯れ枝を集めに南の森へ入ったんだな?」
「あ、はい」
……不意打ちに「あ」って付けちゃったよ。
俺が正規の兵士なら罰せられることもあったかもしれない。
問い掛けてきたのは、デトライトとの戦争経験もあるという大隊長だ。
「しかし森を拓いてるのだから薪は腐る程あっただろう? 配っていた筈だ。わざわざ森に行かなくとも……」
どうやらちょっと疑われているらしい。
可能性としては低いんだろうけど、何事も追い掛ける姿勢はこの人の優秀さを表している。
緩い雰囲気とは裏腹にデキる人だ。
「申し訳ありません。薪を受け取る担当だった者が受け取りそこねたらしく……。『追加』の形になるので一報を入れる必要があり、手間になると考えたので自分が森へ直接取りに行きました。料理する間だけ持てば良かったので、枯れ枝でいいかと……」
淡々と答える俺の言葉に、集まっている隊長連中も『あー』と納得の顔を示している。
こういう『省略』は何処の組織形態でも存在するものだ。
直ぐに『物』がいる現場が、記入を後回しにして管理する立場の人に怒られるなど、割と見掛けられたりするのが会社の実態。
軍属と言えど思い当たることがあるのだろう。
だからこその許される雰囲気。
しかし続く言葉は関係のないものだった。
「……君は元々軍属か? もしくは何か別の組織に勤めていた経験があるのか?」
「え? いえ……従軍するのは今回が始めてとなります」
「村の出にしては……言葉遣いや報告が
…………ドキリ。
丁寧を心掛けようとしてつい顔を出す卑屈主義が徒に?!
しかし動揺を
「俺の村に居る神父様が元は軍属で、幼少の頃から色々と学びを得ています。今回が初出兵となるので通用しているのなら幸いなのですが……」
一人称を『自分』から『俺』へと変えて、綻びを演出してみた。
大丈夫だよ〜? ちょっとイキッてる若い新兵だよ〜? 怖くないよ〜?
心の中で汗を掻きつつ、沈黙を落として地図を見つめる大隊長を見つめた。
「……枯れ枝を集めるには少し遠いな? 近場でも充分に集まっただろ?」
示したのは魔物が居た地点だ。
勘の鋭いガキとかマジ嫌い。
精々が二十歳そこそこに見える大隊長の視線を受け流しながら柳に風と答える。
「歩哨に遭うことが無かったのでおかしく思い、もう少し、もう少し、と距離を伸ばしたことが原因だと思われます。終ぞ魔物を発見したので、ご報告となりました」
その間の時間経過を考えてから戻ったので、移動の時間はそこまで変に思われないだろう……というか結構細かいね? 良かったよ、アリバイ工作してて。
「その上で……独力で魔物を撃破、か」
「はい。随分と足の遅い魔物だったので、遠間から矢を射て、幾度かナイフで斬り付けるだけで無力化出来ました」
実際には中を焼いたのだが、言い訳の為にと矢傷と切り傷はつけてある。
まあ、面倒だったし、矢傷の方は手で持ってズシャズシャしたんだけどね。
触手のことや成長することを知らなければ、大した魔物にも思われないだろう。
「兵が一人でも倒せる魔物なんて、今は問題じゃないでしょう」
「その通り。今の問題は、我々が決めた歩哨のローテーションを歪めて伝えた存在ですな」
未だに地図に視線を落としていた大隊長に、他の中隊を預かる隊長の面々が意見した。
いいぞ、もっとやれ。
実際に成長の時間が掛かるうえに餌を必要とする芋虫魔物は、充分な見廻りと警戒があればそこまで驚異ではないだろう。
今、問題とするのは、隊長達の言葉通り。
情報を歪めている存在だ。
上手いこと互いに思い違いをさせられていたらしく、歩哨を担当する隊のA班は『B班が行く予定』、そしてB班は『A班の担当区分』と思わされていたという。
秀逸なのが、それぞれに他の仕事を振り分けられていることだろう。
担当の時間に仕事をしているという意識があったのだから、わざわざ他所の担当地域に首を突っ込んだりはしまい。
まんまと歩哨の空白地帯を作っている。
綻びがバレるのは……芋虫が二階建てぐらいの大きさになってからだろうか。
歩哨を担当する兵士一人一人の証言と隊長達の考えを照らし合わせると、丸々半日ぐらいの空きがあったことが明らかとされた。
当初の慌てぶりも仕方のないものと思える。
しかしこれで伝わっただろう。
「裏切り者がいますな」
「……そうだな」
内通者の存在が。
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