第297話


「……………………………………うっわ……」


 地元の名所に地元民が詳しいとも限らないように、例に漏れず見たことなかった大峡谷。


 ……もしかしたら国外逃亡、じゃなくて外国を旅行することもあるかもしれないからと、越えられるかどうかの想像なんてしていたけど……。


 …………いや無理ですやん。


 距離感が狂う程の向こう岸は、地平線の果てに消え……ここが世界の果てだと言われたら頷いてしまいそうだ。


 どっかにある海並みの湖といい、雲海を突き抜ける山々といい。


 この世界のスケールの大きさは感動と言うよりも、只々怖い。


 崖際から覗く谷底は、情報通り底が見えず。


 黒く塗っていると言われた方がまだ信じられる。


 南の方へ行けば隣りの大陸(?)……じゃなくて国

に繋がっているらしいのだが……嘘でしょ?


 きっと惑星を縦断してるに違いない。


 ここを進行しようとした国とか絶対にヤバい。


 どんだけ攻め入りたかったんだよ……見て分かれよ、人類にどうにか出来るもんじゃねえだろ。


 ここにもし橋でも掛かっていたのなら、それに関わっていた職人さんは一生リスペクトできるよ。


 でも盗賊共はキチガイ認定。


 イカレてるだろ……。


「レェーン。あんまり近付くと落ちるぞー」


「……嫌だよ、落ちてる間に何回人生を振り返れるんだよ、途中で飽きちゃうって」


「……落ちるのは確定なのか?」


 現地にて現場の監視をしていた正規兵と合流。


 大隊長の指揮の下、森を切り開いて橋頭堡の確保をしている。


 それまでは確保していた崖際のスペースにとテントを張っているところなのだが……。


 当然というか何というか……誰も崖の近くにテントを張らないので、スペースは意外とギュウギュウだ。


 早い開拓が求められる。


 盗品の置き場となっている横穴は、崖からロープを垂らして……ギリギリ視認出来るかな? といったところ。


 少しでも曇っていたり、光が差してなかったりしたら暗闇の中に潜っているように思える。


 ……こういう人外魔境において、人智不到見えないの地で思い出すのは、巨大な瞳である。


 …………居たりしないよね? いやほんと、振りとかじゃなく! 頼むよ?! ほんと?!!


 横穴の製作者もキチガイさんでオケです。


 ……その横穴って『窓』説ないかな? 出入り口は別の場所にあるとかさ……。


 ぶっちゃけ降りたくないよね?


 軍で来た以上、遺跡探索をする班、本拠地を守る班、食料や発掘品などの輸送をする班、と幾つかの班に分かれるだろう。


 輜重隊は途中での交換なんかなかったので、ある程度固まっていると思われる。


 しかしテッドが魔法持ちだ。


 ……どういう振り分けになるんだろう?


 不安要素はまだまだある。


 日時の指定も無く『待ってる』宣言をした小悪魔が本拠地ベースに居なかったのだ。


 騎士団と共に馬で後から来るらしい。


 特権階級か何かですか?


 特権階級か何かだったね。


 おかしなのは第二王子殿下の遣いとやらもだ。


 動きは全くなく……好都合とばかりにこちらの指示に従って同道している。


 どちらにとって都合の良いところなのかが問題だ。


 かと言って目の届かない所にやるのは本当に問題だろうし……。


 手紙を届けるもクソも、こんな所に第四姫殿下が来るわけねえだろ。


 なんなの? あいつらなんなの?


 こんな場所にあって不安要素を内側に抱えたくないものである。


 川にこっそりポイしちゃうのはどうだろうか?


 それとなく大隊長の前で「事故が起こりそうですよね? 事故ならしょうがないですよね?」とか呟こうか……実行犯は遠慮しますが。


 斧で木を伐る音を聞きながら、点けた焚き火に枯れ枝を放った。


 少し遅めの昼飯の準備をしている。


 お湯待ちの間、暇だったので大峡谷を覗いて……少し後悔したところだ。


 流石に狭いので何箇所も焚き火を焚くわけにもいかず、これ一つでうちの村の料理をしなければならない。


 火を絶やさないようにと薪の確認をしようとして――気付いた。


「あれ? テッド、薪は?」


 予定より遥かに少ないんだが……。


「……うん、まあ、ちょっとな」


 いやなんだよ? 取ってこいよ。


 調理がド下手なお前の分も、こっちは下拵えからしているというのに……。


「ああ、そういうことか。おい」


 不満も露わにテッドのおかずを減らすことも検討していると、マッシが腕を引いてきた。


 目を向けると、伐採中の開拓地を『見ろ』とばかりに顎を振っている。


 木を切り開いている場所では、暖かかくなってきたとはいえ目の前の峡谷から吹き上げる風が冷たいというのに、上半身裸の男達が筋肉自慢も兼ねて斧を振るっていた。


 ……なんだよ、これから食事なのに…………ああ、そういうことね。


 既に乾燥させてあった木を薪にする班に、テッドと揉めた求婚者の顔が見えた。


 流石に正規兵も居る手前、わざわざ嫌がらせなどしないと思われる。


 しかし流石に殴り倒した相手とあって気まずいのだろう。


 ……しゃーねえなあ。


「俺が枯れ枝でも拾ってくるわ。マッシ、あとよろしく……テッド、マッシを監視しとけ。つまみ食い一口に付き、爪を一枚貰え」


「怖えよ?! なんで爪なんだよ?!」


 等価交換だ。


「わかった。任せろ!」


「今のどこに納得するとこがあった?! ああ?!」


 騒ぐ幼馴染共を残して森へと向かう。


 開拓を北の方へと伸ばしているので南へ。


 見張りをしている兵士に頭を下げて…………なんかデジャヴ。


 ……いやいや、あのローブ連中は本拠地のテントに別れて滞在中だから。


 いくらなんでもおかわりはあるまい無い無い無い無い……。


 しかし念の為にと強化魔法を使用した。


 すると…………ある筈の歩哨の反応が無い。


 いくら本拠地周辺の魔物狩りを済ませたからと、警戒網に穴を空けるのはおかしいと思う……。



 しかもそこに、ピンポイントで魔物の気配があるんだけど……。



 サボってんのか、……。


 強化魔法の使用を継続して感度を上げたまま、可能性があるとするなら魔物だろうと足跡を辿るべく向かった。


 しかし痕跡どころか人の影も形も……。


 ……なんか最初から、誰も来てないような?


 ちゃんと振り分けられてんだよね?


 その割には人が分け入った痕跡が南側に無い。


 疑問の答え合わせとばかりに、微妙に離れたところに居る魔物を捉えた。


 絶妙な距離だ。


 ここまで足を伸ばさないだろう場所に……動きの遅い魔物が居た。


 ……見たことあるような、無くはないような…………あるな。


 恐らくは周辺の掃除をした時に出たゴブリンの死体を貪り食っている――――デカい芋虫だ。


 サイズが以前と違い、軽自動車ぐらいなのは成長途中だからだろう。


「……」


 無言で広げた手の平に紫電を散らしたのは言うまでもない。


 …………なんか、すっっっっごい……嫌な予感してきた……。


 早退の申告は受けてくれるだろうか……。


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