第295話


「…………もうダメだぁ」


「おっ、今日はレンの方か……珍しいな?」


「引くの代わってやろうか、レン?」


「テメェはまず自分の荷車をちゃんと押せよ、テッド。この際だから俺も言っとくがな? 下積みを怠るんじゃねえ。なんでもかんでも良いとこ取りしようとするから……」


「なんだ説教か……痩せろって言ったこと根に持ってんだな」


「あ? ……いやあ? ぜーんぜん気にしてませんけど何かあ?!」


 今日の予定は川越えである。


 流石に一人の力を信じて荷物が流されたら堪らないので、ここだけは輜重隊を増員して事に当たっている。


 川と言っても、精々が膝を濡らす程度……深い所なら腰に達するかもしれないが、そこはそれ。


 ちゃんと場所を選んで渡っている。


 いや、組まされた顔ぶれがダメなのは勿論のことだが……そっちじゃなくて。


 幾度となく繰り返される自慢話のようなテッドの説明に気分が落ち込んでいるのだ。


 ……気付いてて言ってるんだとしたら随分と高度な嫌がらせだぞ? 浮上の無い素潜りに挑戦してもらうことになるけどいい?


 歩哨が引っ張ってきた怪しげな黒いローブを纏ったは、第二王子殿下の遣いだという。


 もう第一だとか第二だとか言われても、こちらには分からないのだが……。


 この国の王族には三人の王子と四人の姫がいるそうだ。


 ……なんでも『七』にしたいのはお国柄なの?


 そしてこの七人の王族……ありがちと言うか、避けては通れぬ運命というか……。


 継承争いのようなものをしている。


 まあ世継ぎ問題なんて君主制のある国家にとったら当たり前なんだろうけど。


 それで、今回の遺跡騒ぎというか発掘の総責任者になっているのが、王様の七番目の子供でもある第四姫殿下だ。


 元はと言えば、盗賊団というか犯罪者集団を潰したのもこの第四姫殿下らしく……。


 本来なら王宮にて温々ぬくぬくと過ごす時期であるというのに、自派閥の領にて大捕物をかましたそうなのだから凄い。


 そしてその流れからか、それとも音に聞く天才ぶり故か、事業の責任者を任され……あろうことか王軍ではなく領主主導の下、遺跡の発掘を始めたらしい。


 微妙なところになるが……王様から領地を預かっているという建前があるとはいえ、領地というのは基本その領を治める領主の物だ。


 遺跡の見つかった領主が発掘を担当するのは当たり前とも言える。


 しかし経緯に王族が絡んでいるとなるとまた話が拗れる。


 そこをスッパリと正したのだから、知恵者と言うか無欲と言うか……。


 もしくは自派閥である俺達の領の領主様の利益としたか。


 なんにせよ、無関係である第二王子殿下の遣いがいるのは色々とおかしい。


 マッシが引く荷車を押しながら、テッドが誰に言うともなく口を開いた。


「何しに来たんだろうな?」


 テッドでさえ疑問に思うのだから、今回の領民軍は誰しも同じ疑問を浮かべている。


 元々この発掘に王軍は絡んでいない。


 徴兵なんてされたのだから当然の理解だ。


 関わっているのは、この領の領主様、第四姫殿下、領の正規兵と騎士団、徴兵された村民。


 一本化された組織形態に第二王子とやらが入り込む隙間は無い。


 そもそも第四姫殿下の派閥であるうちの領の森に……しかも遺跡があるとされる道の途上に、第二王子殿下の遣いが居るというのがおかしい。


 テッドのボヤきに疑問が集約されていた。


 目的は何なのか?


 ……相手の狙いもそうなのだが、俺としてはどちらかと言えば事の真贋の方が大事だったりする。


 しかし確信がとれなくていいものほど早々に真偽がハッキリしたりするわけで……。


 第二王子殿下の遣い、というのは本当らしい。


 あったんだろうね、家紋的な何かがさ……。


 …………。


「……レン、なんか汗が凄くね?」


「そそそそりゃお前? こんなデカい荷車引いて川を渡ってんだからあ?! 重いし緊張するしで汗もかくわさ!」


「そうか。昨日はもっと……ってか『わさ』?」


 何故だ?! 何故かマッシが疑いの眼差しを俺に向けてくる! 首を傾げちゃったりなんかしてるぅ?!


 相手は諸々の嘘をついている。


 それは、森にいた五人目が現れない以上、ハッキリとしていることだ。


 後ろめたいことがあるのは間違いない。


 指揮を取っている正規兵の方も、それぐらい把握しているのか第二王子殿下の遣いを解放することなく同道させている。


 あいつらの表面上の目的は『第四姫殿下に第二王子殿下の手紙を届けに来た』というものらしい。


 夜中に、黒いローブで?


 一応は手紙らしき物を持ってはいたそうなのだが、中を検める訳にも行かず。


 あからさまに胡散臭いけど罰するにも能わず、といった処置となっている。


 まあねぇ……本物の『王子の遣い』になんて手を出したら…………そりゃあなた? そんなバカいませんよねえ、ハッハッハ……。


「誰なんだろうな? 遣いの人達を襲った相手!」


「ま〜たその話か……。まあ、なんか偉い人が雇った殺し屋とかじゃねえの? なんにせよ、飛び火は困るぜ飛び火は」


 不謹慎にもワクワクするテッドに、面倒臭そうながらも話題に乗るマッシ。


 そしてヒヤヒヤするはんにん


 何度も繰り返される話題に精神が摩耗して擦り切れそうです。


 ……そうなんだよ、話題は第二王子殿下の遣いも然ることながら、襲ってきた相手に照準を当てられている。


 正当防衛……あれは正当防衛だから。


 だって! 夜中に黒いローブで悪いことしようとしてる奴らなんてギルティな世界線から召喚されたんだから! そんなの最初に「我々を第二王子殿下の遣いと知っての狼藉か!」って言って貰わなきゃ?! もしくはもっと気付かれないようにやってくれよ! 暗殺だろうが工作だろうがさあ?!


「だ、大丈夫でありますか? なんか顔が青いでありますが……やはり昨日の疲れでしょうか?」


「はい」


 昨日の疲れです。


 川の深い所で、荷車が流されないよう監視に立っていたネルさんが心配そうな表情で話し掛けてきたから、間髪入れずに心情を吐露した。


「お、おお俺はまだまだ大丈夫だけどな……」


「皆さん凄いでありますね?! 普通は一つの荷車に四人は付くのですが……」


「鍛えてるからな! あ、でもレンがキツそうだから押す役に誰か呼んで貰えると助かる」


「では自分が押すであります! この荷車で最後でありますから!」


 ここぞとばかりに力自慢アピールを始めたが、せっかくの機会をテッドに奪われるマッシ。


 今は関わりたくない正規兵を引き入れられた俺。


 荷車の後ろの方から聞こえてくる仲良さげな会話を、邪魔しないようにと前列の俺達も瞳で会話アイコンタクトを始めた。


『ヤっちゃう?』


『ヤっちゃう』


 車のメーカーではないことは確かだ。


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