第294話


 何も無かったよ?


 何食わぬ顔で野営地へと戻ってきた。


 ……壁っていうのは、ジャンプ青少年の教科書で越えられるのが異世界での道理。


 幼い頃に学んだ真理である。


 ただ着地先を見極めないと大変なようで……。


 ちょっとした大型犬のような蝙蝠こうもり共の密集地に飛び込んでしまったので、撒くのに少し時間が掛かってしまった。


 絶対に魔物だよ、あれぇ……まさか野営地に引き連れて行くわけにもいかず。


 かと言って音を立てたり規模の大きい魔法を使うのも問題なので逃げ回ってましたよ、ええ。


「お、戻って来たか」


「すいません、手間取りました」


 ガサガサと草木を掻き分けて戻った野営地で、剣を構える見張りの人に頭を下げた。


 野営地には夜とも思えない程に明かりが灯っていた。


 先程までとは比べ物にならないざわめきに、随分な人数が起き出しているのが分かった。


 騒ぎにはなってないが、一歩手前といったところ。


 不謹慎な興奮とでも言えばいいのか?


 台風の前の見られるやつだ。


「何かありました?」


 まあ、知ってるんだけどね……訊かないのも変かと見張りの二人に訊ねた。


「いや……う〜ん? よく分からんのだが……」


「森で争っていた跡を歩哨が見つけて……そこに居た奴らを引っ張ってきたらしい。今、向こうで聴き取りをやってるよ」


 二人の内の一人は興味津々なのか、見張りが無かったら行っていると顔に出ていた。


 指差された先には……野次馬なのか逃さないように囲っているのかは分からないが、人垣がある。


 …………ハッ?!


 今夜一番となる焦り顔で、俺達に割り当てられているテント前を視認せども――――時既に遅し。


 焚き火の火の番をしている見張りのオジサンと……船を漕ぐマッシの姿しかなかった。


 もうどうする? 『テェェエエエエエッッッッッ!!』とか叫んで最終決戦っぽくシメにしちゃおうか?


 一昔前のアニメなら身代わりを見た保護者さんは『あの子ったら!』って怒って済ませていたらしいから凄いよね。


「お、戻ったか。心配したぞ? なんか巻き込まれたんじゃないかと……。まあ、そりゃねえか。方向が反対もいいとこだしな」


 割り当てられたテントに戻ると、焚き火だけじゃなく松明まで持ったオジサンが声を掛けてきた。


「騒ぎみたいですね? 近くで戦闘跡が見つかったとかなんとか……テッドは野次馬ですか?」


「……テッドだな。他の奴らは、み~んな行っちまってるよ。残ってるのは見張りの俺と、食事と女以外に興味の薄いマッシだけさ。レンは行かないのか?」


「冗談でしょ?」


 今が最大のチャンスなのに?


 騒音の元がテントの外で大人しくしている間に夢の世界へと旅立たなければ……! 明日も、明日も仕事なんだよ?! 二度寝が一番の幸せだと何故理解しない?!


 こうなってしまうとお終いだと分かっているのに……生まれ変わっても同じところに落ちていくのは人の性なのか……。


 しゃ、社畜根性じゃないんだからね?! 勘違いしないでよねッ!


 命の再生を司る聖域寝所に足を踏み入れながら、呆れた表情を浮かべるオジサンに手を振る。


「ほいじゃ、お先です」


「おう。……いや、交代の時間には起きて来いよ?」


 テントが閉まる直前に何か言われたようだったが……俺には何も聞こえなかった。


 …………いいじゃん、代わりはあの中人垣の中にいっぱいいるよ……。









 胸を圧迫される息苦しさから目を背け――られず、渋々と目を開いた。


 これで幼馴染の女の子が乗っているのが主人公。


 ブタの後ろ足が乗っているのが俺である。


 ハハハ、こいつ〜……ほんっっっっと、こいっつうぅぅうう?!


 どこで間違った? ええ? 俺の異世界転生はどこで間違ったか聞いてるんだよおおおおお! 答えろや神様ああああああああああ?!


 久々の祝詞に神も満足していることだろう。


 ちょっとした子供より重い後ろ足を退けて、不機嫌を表情に滲ませながら、白み始めたテントの外へと顔を出した。


「お、レン! おはよう!」


「最悪だな」


「ハハハ! 分かる分かる、マッシだろ?」


 いやお前だけど?


 未だに焚き火を切らさないようにと折れた枝を火に放っているテッドが「あいつのイビキ、マジで凄いよな? 俺なんて外で寝たぜ!」と言っている横で桶に汲んであった水で顔を洗う、その手があったか。


 川が流れているので水はそこまで問題とされていないのが助かる。


 干し肉と芋を焼いているオジサンの横に座って朝食を受け取ると、うちの村人に割り当てられたテントから野郎共が其処此処と顔を出す。


 他のテントも似たようなものなのは、やはり朝が早い農民出身だからだろうか……。


「なあレン。俺、昨日凄い話聞いちゃったぜ?」


「へー……」


 朝食の話題とばかりにソワソワしていたテッドが切り出した。


 ……どうせ昨日の怪しい連中のことだろ? 夜中に黒ローブとかもうそれだけでアウトだもの……犯罪者犯罪者、他に何があんの?


 コソコソとした言動も、対人に熟れた連携も、後ろ暗いと言っているようなものである。


 やだねー? 黒ローブ、そういえば記憶の彼方にある悪いことしていた奴らは皆黒いローブだったよ、着る物から出るんだ、そういうところは。


 既に終わったことだと聞き流すべく水で喉を潤していると、テッドが重大案件を発表するかのように囁いている振りの普通の声で言った。


「なんでも昨日、野営地近くで王子殿下の遣いが襲われたらしくて――」


 俺の口から吹き出した水は、丁度テントから顔を出したブタ跳べないに掛かった。


 ……洗顔サービスだよ?


 礼はいいって、気にするな。


 昨日の寝苦しさの代価だと思ってください。


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