第291話 *アン視点


 う〜〜〜〜〜〜〜〜ん…………。


 腕を組んでは目を瞑り、首を傾けては困っていると言わんばかりのポーズを取っている。


 もちろん考えごともしてるよ?


 でも大まかな目的は、目の前にいる幼馴染に話し掛けて欲しくてだ。


「……」


 しかし昔からの友達は、何を考えているのか分からない表情でボーッと前を見ている。


「……う、う〜ん」


 声なんて出してみても何処吹く風と無視を決め込む――――幼馴染で、歳の近い妹みたいな存在のターナー。


 子供の頃からよく分からないところはあったけど、大人になったところでそれは変わらないらしい。


 癇癪も減ったかな? なんて思っていても木の棒を持ってレンを追い掛けていたのは最近だ。


 ……全くもう! ターナーは全く!


 こういうのが会話の取っ掛かりなんだよ? 大人はこういう前フリから会話を始めるもんなんだよ?


 ターナーが成人したのは最近といえば最近なので、仕方ないっちゃ仕方ない。


 ここはあたしが譲歩しよう。


 もっと声を大きくして。


「うーーーーん! うーんんン!!」


 チラリと片目を開いて様子を窺うと、ターナーの眠そうな瞳とぶつかった。


 ――――しかし『知らない』とばかりに目を逸らされた。


「ちょっとおおお?! ターナーあああ?!」


「どうしたの? ノンが起きちゃうわよ」


 呆れたような表情で入ってきたのはケニアだ。


 ここはケニアの家の食卓なので変じゃない。


「ケニア〜、……ターナーが無視するの。ひどい」


「……ハァ。…………ターナー」


「……してない」


「したよぉ?! うそ〜、ターナー嘘ついてる!」


「……ついてる」


「ほらあ!」


 ……どうしたのケニア、頭なんて押さえて。


 痛いのかな?


「……私を元気付けようとしてくれてるのか、からかってるのかハッキリしてくれない?」


 あ……えへへ? バレてた?


 今回の徴兵でテッドとレンが志願したことをケニアが気に病んでいるようだからと、ターナーを誘ってケニアの家に遊びに来たのだ。


 でも元気付けようとしてだよ? からかっているのはターナーだけ!


 ケニアを待っている間に、ターナーに気になっていることを訊いてみようと思っただけなのに……。


 ケニアがやれやれと言いながらターナーの隣りの椅子に座る。


「気持ちはありがたいけど、私は大丈夫だから」


「……うそ」


「ウソ!」


「本当よ。……もう! そんなところばかり意見合わさないでくれる?」


 ケニアは割と神経質なところがあるから、大丈夫と言うのは絶対に嘘だ。


 徴兵を経験した村人の数というのは少なくない。


 あたしやチャノスなんかも入るだろうし、冒険者をやっていた村人の中には当たり前のように戦争経験者がいる。


 が怖い神父さんだって元は軍属なのだから。


 生きていく中で戦いに関わらない人生なんて殆ど無いんじゃないかな?


 それこそケニアみたいに同じ村の人とくっついて生涯を村で過ごす…………としても魔物に襲われることもあるかぁ……。


 あたし達の村は平和だよね? 子供の頃に一度だけ魔物が襲って来そうになったことがあるぐらいで。


 あれだって勝手にどっかに行っちゃったって聞くから、実際には一度も襲われたことがない。


 凄いことだよね? 村の外に出て分かったことだけど、魔物や賊は割と普通に村の懸案事項としてあるらしいし。


 あたしの両親も、意外なことに魔物や人と戦ったことのある人種で、テッド達との訓練はむしろ覚えておいて損はないと見逃されていたぐらいだ。


 村の人達だって結構強い方……だと思う。


 う〜ん……今となったらからなんとも言えないけど……たぶん強い……よね?


 まあ他の村の人と比べたら、だけど。


 大丈夫だと強がっているケニアの目元には隈があった。


「心配で寝てないんだね。ダメだよ〜? ちゃんと寝ないと」


「……寝ないと」


「…………寝てます。心配なんてしてません」


 あ、ちょっと元気になったね!


 ケニアが心配しないようにと明るい声で続ける。


「大丈夫大丈夫! テッドやレンがいるんだから! 従軍なんてチョチョっとやって帰ってくるよ」


「……テッドはたぶん直ぐバテる」


「なんでよお?! 大丈夫だよ、テッドなら! 前の戦争に参加した時は魔力切れで倒れただけだもん! 体力じゃないから!」


「……他の村の人も心配しなさいよ。私も……正直レンがいるから大丈夫かな、って思ってるところはあるわ」


 ……そう、レンなの。


 そのレンに聞きたいことがある……たくさん。


 なんか有耶無耶になっていることや……いま考えれば『おかしい』と思えることも。


 ただ問い詰めるにしては、あたし達が悪いと自覚出来ることばかりなので追求出来なかった色々。


 たぶん、ターナーは知ってる。


「なんでそう思えるのかは分からないけど……何故かレンっていつでもなんとかしてくれるって気にさせてくれるのよね……。でも『大丈夫だから』で任せて、心配しないのは違うでしょ? 不安があるのは……たぶん『分からない』部分なの。なんかレンって……――ねえ、ターナー? まだナイショなの?」


 ケニアの言葉にドキンと胸が高鳴った。


 あたしも思わずターナーを見つめる。


 しかし注目を集めているターナーは、なんでもないことのように口を開く。


「……ずっとナイショ」


「そう。……あまり危ないことしないでね?」


「……望んではない」


 優しく微笑むケニアと、愛想の無いターナーの遣り取りはいつものこと……。


 だけど何故かあたしには、二人とも大人になってるんだなぁ、って思えた……。


 ナイショ……秘密。


 直ぐ近くにいる幼馴染にも、何か秘密がある…………もしかしたらそれは普通のことなのかもしれない。


 あたしにだって、二人に言ってない……誰にも言ってない本当の名前があるのだから、とやかく言えることではない。


 ……ケニアの言う『なんかレンって……』に続く言葉はなんだろう?


 モヤモヤが増える午後だった。


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