第292話 *アン視点


 でもやっぱり気になるよね?!


 ……聞きたいなぁ〜、聞きたいなぁ〜。


 本人が言わないのだから、そっとしておくのが一番良いんだろうけど……。


 ケニアの家でお昼ご飯を食べて、ノンちゃんが起き出してきたから、ターナーと二人で帰っている。


 帰るも何もケニアとチャノスの新しい家って、あたし達の家から近いから直ぐに別れることに…………って、あれ?


「……どこ行くの?」


「……村長の家」


 ターナーと一緒に歩いていたので、ついつい釣られて付いてきてしまった。


 よく考えなくてもあたしの家ともターナーの家とも反対方向だ。


 そのまま別れを切り出すことなくターナーと歩く。


 今日は午後からも暇だし、テッドがいないから訓練も無いのだ。


 ちょっと惰性で歩いているのは否定出来ないけど……ターナーも嫌って言わないからいいよね?


 …………それにしてもターナーって『テッドの家』、『チャノスの家』って言わないよね? 『売店』とか『村長の家』とか、どこか余所余所しい呼び方だ。


 な、仲が悪いわけじゃないと思うんだけど……あたし達が冒険者をやっている時も迎えに来てくれたぐらいだし。


 めっちゃボコボコにされたけど。


 あれも愛ゆえにだと思えば! …………でも頭を狙うのはやり過ぎだと思う。


「……」


「……」


「……なに?」


 黙って付いて行ってたんだけど、視線を煩わしく捉えたのかターナーが足を止めた。


 うっ?! 冷たいジト目が心に刺さる……!


「ターナー今日冷たくない?! あたしのこと嫌い? 嫌い? 嫌いなの?!」


 思わず未だに低い位置にある頭を抱き締めた。


 スキンシップ〜、きっとスキンシップが足りないんだ!


 テトの真似をしてギュッとする。


「……どっちでもない」


「そこは好きって言うとこでしょ?!」


 と、友達?! あたし達、友達だよね?! ね?!!


 涙目でしがみつくあたしを、ターナーは最早構わずに歩を進める。


「うぅ! あんまり、あんまり早く……大人にならないでね?」


「……お父さんみたいなこと言わないで」


 あ、おじさんそんなこと言ってるんだ? モモちゃんがいるからターナーの家はうちよりマシかと思ってた。


 うちも冒険者になることより結婚相手が決まることの方が問題、的な言い方をするんだよねー。


 プロポーズは全部断わってるけど……なんか一々、「どういう返事をしたんだ?」とか、「どういう立場の奴なんだ?」とか、少しうるさい。


 あたしにはもう……ねえ?


 巻き付けていた腕を離すと、今度はターナーから話し掛けてきた。


「……アンは、テッドのことが好き?」


「うええっ?! なん? え? あ……ど、どしたの? 急に……」


 び、びっくりしたぁ……ターナーは相変わらず急に変なこと言い出すなあ。


 しかし見つめてくる瞳には巫山戯ているような色は見られず……だから、思わずおずおずと頷いていた。


 は……………………恥ずかしっ! なにこれ? なにこれなにこれなにこれ?! なんで急に恋バナ? しかも往来で!


 キョロキョロと周りを確認しながらも、顔が赤くなるのを感じた。


 囁くような声でターナーに注意を促す。


「もぉ〜〜〜〜……こういうのは、他人に聞かれない所で話すんだよ!」


「……ごめん」


「いいよぉ。でも今度から急にはやめてね? ……はぁ〜〜〜〜、まだ顔が熱いよ」


 しかしターナーがねえ? ……ふふふ、ケニアに話そう、っと!


 ……………………ハッ?!


「まさか……ターナーもテッドのことが?!」


「は?」


「あ、ごめんなさい何でも無いです」


 珍しく食って返すターナーに反射的に頭を下げた。


 もぉ……恋バナ振ってきたのはターナーの方なのにぃ。


 しかし下手に触れたら火傷しそうだったので、村長の家に着くまではこれ以上の会話恋バナも無く……。


 結局目的を聞けないまま、村長の家に辿り着いた。


「すいませーん」


 大仰な扉を開けて、顔を突っ込みながら呼び掛けた。


 ……ターナーの声だと家の人が出て来ない可能性もあるから。


 しかしタイミングが悪かったのか、あたしの呼び掛けにも誰も応えてはくれず。


「あの〜? ……誰かー! 村長さーん? テトォー?」


 再度叫んだところで誰も出て来なかった。


「うーん……どうする?」


「……あがる」


「えー?」


 う〜ん……他の人の家だとそこまででもないんだけど……村長さんの家とドゥブルお爺さんの家って抵抗ない?


 しかしここには二階があるから、上に居ると聞こえないことがあるのは、何度も遊びに来たことがあるあたしは知っていた。


 ケニアとターナーとレンは、あまり来たがらなかったから知らないかもしれないけど。


 …………仕方ないかぁ。


「お邪魔しまーす」


「……します」


 内履きに履き替えて、ターナーが早々に二階へ――――テトの部屋の方へと歩いていく。


 あ、テトに用事があったんだ?


 ズンズンと進むターナーには遠慮という言葉がなく……テトの部屋の扉においてもノックせずに突然開けた。


 今度ケニアに怒って貰おう。


 たとえ少しポヤッとしたところがあるテトだって、無断で部屋を覗かれたら怒るに決まってるよ。


 その証拠に部屋の中にいるテトは――


「ごめんテト! ターナーが……」



 大きなリュックを背負って、ヨロヨロとよろけていた。



 …………なんで?


 テトの部屋は色々と変わった物が置いてあるのだが……今日は置いてある物よりも、床にぶち撒けられた水が気になった。


 零すにしても豪快過ぎる?!


 よろけつつもこちらを確認したテトがニコッと笑って――――手を振る。


「いってくるねー」


 何が? 何処に?


「……待って」


 テトに駆け出すターナー、よろけているのか片足を不安定に床に零れた水の上へと踊らせるテト。


 ……何やってんの?


 後から駆け出したあたしの方がターナーよりも断然速い。


 テトを掴むターナーごと、全身を水に濡らさんとする二人を支えて――――しかし片足を水の上へと落とした。


 最小の犠牲だ、二人してビチャビチャになるよりは――


 という考えは、片足がどこまでも沈んでいくことによって中断された。


「…………へ?」


 ズブズブと三人の体が水に飲み込まれるのを真っ白な頭で見送り――あたしの間の抜けたような声だけが部屋に残った。


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