第290話
流石に夜まで行軍するということはなく、予定された野営地で束の間の休息となった。
テントを張って、ご飯を食べて。
あとはゆっくり寝るばかり……。
とも行かないのが軍行動。
見張りと歩哨のローテーションを組むのが基本。
なんせ周りは魔物が蔓延る森だと言うし、何より元は賊のお宝置き場となっていた遺跡へ行くのだから、いくら警戒しようともやり過ぎはない。
正規の兵士の方々の指示の下、野営地には火が焚かれ歩哨が森を回っている深夜。
隣りで
絶対無呼吸症候群だよ……痩せさせるのが本人のためだって。
四人で一つのテントだが、二人ずつが見張りに立つことによって広さを実現。
相手がマッシでなければ、という注意書きが欲しかった……これは詐欺だな。
先を譲ってくれたテッドにもお見舞いしてやらねえとな…………寝苦しさってやつをよお!
ギラギラと目を血走らせて(深夜なので)テントから外へと顔を覗かせると、焚き火の前で胡座をかいては船を漕ぐテッドを発見。
ハハハ、この野郎〜、森なのに船なんて漕ぎやがってこの冒険狂いめっ(ドクロ)!
どうも頭が重たいようなので持つのを手伝ってあげた……んん? ここは首だったかなあ?
途中で気付いて暴れ始めた幼馴染も、昼前の乱闘の疲れからか早々にお亡くなりに……違った、眠りについた。
「どうしたレン? まだ交代の時間じゃないぞ?」
「いや……無理ですよぉ。マッシの鼾が鼓膜を破ってくるんですもん。言ってくださいよぉ……」
頭の芯に残る痛みを我慢しつつ抜け殻のようになったテッドを放り捨てて、先に見張りに着いたオジサンに答えた。
苦笑いをしているところを見るに、オジサンも知っていたのだろう。
良かったな? 見張りを一人残す必要があって……。
どうやら夜のレライト君はなかなかに凶暴なようだ。
ふともう一つの本能に駆られたので腰を落ち着けるのもそこそこに立ち上がった。
焚き火を離れて見張りをしている人の方へと足を向ける。
「おい、何処行くんだ?」
「便所」
後ろから追い掛けてきたオジサンの声に答えながら見張りの兵士へと顔を向けると、分かったとばかりに頷いて道を空けてくれた。
「あんま近くでするなよ?」
「土の魔晶石持ってるか?」
「大丈夫でーす。あざっす」
擦れ違い様に色々と注意してくれる見張りに手を上げて応えつつも通り過ぎた。
いや、ほんと……生理現象ばかりはどうにも……ね?
寝起きのルーティーンだよ。
しかし……近くでするなと言うのはどうなのだろう?
個人的には同意出来るけど、行軍中にあんまり離れるのも危険なんじゃなかろうか?
……分からん、そもそも軍人じゃないから。
しかしながら夜の森の危険度ぐらいなら理解も出来る。
歩哨が見回っているとはいえ……いやだからこそ位置の把握のために強化魔法を使った。
ここに来て両強化の三倍を発動するというのだから…………人間にとって恥って大きいよね。
鋭敏を越えた感覚が気配察知能力に目覚め、周辺にいる人の動きを捉える。
特定の動きをしながら互いの場所を確認出来る位置で行動する兵士が、野営地と定めた場所の周りを回っている――――
――――中で、息を殺して潜む人達は何なんだろう?
…………はは、は……大丈夫、大丈夫……たぶん、俺と同じさ…………トイレとかだよ…………きっと。
道中、魔物の襲撃は幾度もあった……らしい。
後々を安全に付いていく輜重隊にとって、先行部隊の戦闘なんて目撃出来るものじゃないので伝聞だ。
ヘバっていたテッドが悔しさに夜襲を期待して先に見張りに立つと言ったのも頷ける。
しかし野営地と言うだけあって、近隣の凶暴な魔物は駆逐が済んでいるし、これだけの人間が集まって火を焚いているのだ。
下手に近付いてくる魔物もない。
…………というのが、偉い人の説明。
では、間を縫うようにして進む……この気配の薄い人達は何なのか?
自然とフードに手が伸びた。
……確認だけ…………確認だけだから。
案外恥ずかしがりやさんが歩哨を警戒してトイレを済ませているだけ――というオチだって!
ここにいる殆どが民兵なのだからそれもしょうがないさ。
…………うんうん、あり得るあり得る。
いつでも笑い飛ばせる準備と謝り倒す準備を心の中でしながら……出来れば見つからないように、コソコソと森を行く。
ある程度の近さになると…………やはり向こうも人の気配を捉えているのか、こちらの死角に――――音を消して移動している。
実は魔物でした! ……でも、いいよ?
今なら、今なら許す! なんなら魔物大歓迎だから! 面倒にならないもん、ね?!
でも人型なんだよなぁ……。
…………ああ! ヴァイン・クリーチャー! ヴァイン・クリーチャーってやつかもしんない! 俺の本物!
だとしたらドッペルゲンガーとしての使命を果たそうと思う。
殺意を滲ませ足を止めたのは……恐らくは五匹程が隠れている数歩手前――
向こうも気付かれたことに気付いたのか、足を止めている。
あからさまに追い掛けたので、それも仕方ない。
追跡術なんて知らないしね? 追い掛けたらバレるのが必定である。
「……出てこないのか?」
それでも自ら姿を表さない辺りに知性を感じる。
ハハハ、最近の魔物は凄いなぁ……。
ヴァイン・クリーチャー、ヴァイン・クリーチャー、ヴァイン・クリーチャー、バイクリバイクリ!!
「……」
しかし夜の闇から這い出して来たのは――こちらと同じようなローブを着込んだ人間だった。
……青々とした目ぇしやがって! 言い訳効かないぐらいに人間じゃねえか?!
ローブの下に……恐らくは金属製の防具を着けていると思われる。
ここまで近付けば、音を殺していたとしても強化された耳に僅かながらに聞こえてくる。
「もう一人も出てきていいんだぞ? 恥ずかしがりやか?」
「……?!」
気配に僅かな動揺が滲んだのは、最も音を殺すのが上手かった一人が未だに隠れていることを見破られたからだろう。
「どっちでもいいがな……結末は一緒だ」
「……」
終始無言の黒尽くめ共が、先頭にいる奴のハンドサインと共に襲い掛かってきた。
バカめ。
夜のレライト君は凶暴なんだぞ? 知らないのか?
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