第289話
表面上のお咎めは無かった。
あの後、既に村々で顔見知りとなっている領主様の遣いが来て、徴集された兵の数を確認した。
勿論、誤魔化しなどがあるわけもなく……人数の上では確認を取れた。
健康面では別だけど。
青タンや鼻血といった珍しい特徴を持った兵士が、出兵確認される列に見られたのはご愛嬌だろう。
割とおおらかなのか、それとも冒険者を数多く抱える領としては揉め事なんて今更なのか……。
うちの村の出兵者達に対する領主様の遣いの『あ〜、ハイハイ』といった視線には、理解と慣れが存在していた。
しかし兵の振り分けに、僅かながらの罰の臭いを感じるから、これがお咎めと言えばお咎めなんだろう。
……いや、俺に取ったら好都合なんだけどね?
不満を露わに荷物を運ぶテッドには自業自得という言葉を送りたい。
無事に輜重隊に振り分けられた我が村の出兵者達は、食料を含めた物資の輸送任務に充てられた。
各村々からの出兵者は全部で八百人以上いるらしい。
四つの中隊に分けられ、一つの大隊として扱われるらしい出兵軍。
中隊もこれまた四つの小隊から成り、一個小隊で五十人、計二百人が一つの中隊として行動する。
小隊よりも数が多いけど中隊には及ばない――残りの七十数人程が輜重隊に分けられた。
ここにうちの村が入る。
ちなみにケンカを売ってきた村の奴らは小隊入りしているが……。
それがいいかどうかと言われれば微妙だ。
たぶん向こうには向こうのキツさがある。
人界の外は魔物が犇めいている魔境なのだから、先行する隊の厳しさは後を行く輜重隊と比べるまでもない。
しかも倒れる程に体力を振り絞った後なら尚更だ。
ご丁寧に一番前を指名されているので、やはりこちらも罰の香り漂う処置である。
しかしこれがテッドには納得がいかないものらしく……。
華々しく戦ってこその兵隊! だから後方支援は嫌だ! ってね?
これは何もテッドだけがそう思っているわけじゃないそうで、輜重隊は人気薄な部署らしい。
そういえばテッドは『飯隊』などと呼んで揶揄していたなぁ……。
兵站って重要なのに。
ブツブツと「俺は魔法が使えるのに……」とほざいたのは最初だけ。
直ぐにバテたのだから……情けない。
むしろ文句を言い続ける方が根性があったよ。
魔法に関しては後々配属が変わる可能性もあると思う。
本番は遺跡の探索だって言うからねぇ。
それでも今は輜重隊に分けられているのだから、ドゥブル爺さん並みの信頼度は無いってことだろう。
だって一人だけの出兵でも可って言うんだから凄い。
信用されているよなぁ……もしかしたら軍属に誘われたこともあるのかもしれない。
大隊を預かる大隊長は、歴戦の強兵然とした若者だった。
やや緩い表情ながらも、変に緊張せず自然体で――しかしながら隙が無い様は、『若さ』を差し引いたとしても侮り難い物があった。
余程な修羅場を越えて…………なんか見たことあるような……無いような?
元々は国軍で、デトライトとの戦争にも参加していた経験があると言うから……もしかしたら戦場で遭ったことがあるのかもしれない。
デトライトとの戦争って、あの黒いローブの怪しい奴が介入したやつだよね?
あの戦争は……得る物が無かったよなぁ。
あとから聞いた話だが、せっかく取った砦も放棄したらしい。
正面から見たら立派な砦が建っているように見えるが、街を囲う壁が壊されていて森から魔物が入り放題だというのだ。
そういえば……朧げな記憶ながら外壁を越えた覚えがない。
直で森に入れた…………よね?
チャノスのような新兵混じりの偵察隊を
あの戦争は、情報戦という意味では圧勝されていたと思う。
荒れ地となった穀倉地帯にも何か絡繰りがあるのか……デトライト側の新しい砦には魔物も向かわないと言うし。
こちらの砦を取ったのなら、安全に行き来する方法すらあったのだろう。
完敗やん。
それだけにターニャさんパねぇ。
彼女が戦争に欠片も興味を抱いてないのがありがたい。
将来から過去に通しても、村でのんびり暮らしたいというのがターニャの言である。
のんびりと言うか……もうニートもびっくりなぐらい気儘に、だよね?
成人を前にして毎日の畑仕事が嫌だったのか、魔道具の開発や流通の新ルートの発見なんてかましていた。
妹にお駄賃渡して畑仕事に扱き使ってるのも知ってるからね?
…………その辺については帰ってから話し合おうと思う。
ターニャの両親とである。
本人には言っても聞かないし。
「…………もうダメだぁ」
そんなこと言わずともお前はダメだ。
ターニャの将来を考えていたが、行軍の最中である。
我々輜重隊は、先行する大隊の後を付いて行ってるだけなので戦闘はない。
荷車に満載された荷物を人力で運んでいるところだ。
四つに分けられた荷物を、それぞれの村で分担して運ぶことにしている。
……うちの村が十人なのは言うまでもなく、これも罰の一環だと言われればそうだろう。
街から東に延びる街道は、途中で森の中へと入っていく。
大峡谷まで歩くというのなら、二日から三日といった距離になる筈だ。
一つの村に割り当てられた荷物が、一つの中隊の食料なら充分な量である。
先行して着いているという正規軍の分も勿論含まれているんだろうけど。
大体一人に付き荷車を一つ運んでいたのだが……将来の大魔法使い様が音を上げた。
グダッと力を抜いてハンドルに寄り掛かり足を止めるテッド。
いつの間にやら俺達は最後尾だ。
人数の不利は勿論、出発前に暴れたのが原因なのは言うまでもない。
「しゃーねえなぁ」
「す、すまん……」
また一つ荷車を連結させて俺が引っ張ることにした。
さすがのテッドも悪そうな表情をしている。
これで遅れたら飯抜きだというのだから連帯責任ってやつは……。
「あ、あの…………大丈夫なのでありますか?」
「え? ああ、はい」
テッドの荷車と俺の荷車を縄で結んでいると、正規装備を着けた兵士の人に話し掛けられた。
女性だ。
いわゆる女兵士というやつなのだろう、閑職と呼ばれる輜重隊に配属されているのは男社会故なのか。
ネルさんと言うらしい、一応は年上。
見た目には似たような歳だと思う。
身長は俺よりやや低く、茶色い髪をオカッパに、茶が混じった黒い瞳で、変な敬語が癖づいている。
「す、凄いでありますね? これだけの荷車を一人で……」
「いや……はい、割とギリギリですから。ただの意地ですから…………はい」
強化魔法を使用しているのは言うまでもない。
一応、見張り役というか監督役のような人が、一つの村が担当する荷に一人ずつ付いている。
当然と言えば当然か。
「いや本当に! ……レライト君は軍に興味はないのでありますか?」
「いや自分、長男なもんで……」
ネルさんが頻りに興奮しているのも、連結が三台目ともなれば仕方ない。
都合四台を独力で引いているうえに、ノビているオジサンやテッドを荷台に座らせているとあれば尚の事。
それでも頑張っている方だと思うよ。
そろそろ夕方だしね……引き始めたのは昼だ。
「勿体ないであります……。本当に凄いことなのに。自信を持ってもおかしくないでありますよ?」
「……ありがとうございます」
「いえいえ!」
ハツラツに笑うネルさん。
青少年であれば……いやオジサン連中が既にコロッといってんな。
自分も全然大丈夫だが? と無理して引いているのは言わずもがな……。
もしかして女性の目があれば男性が奮起すると知っての配属なのかもしれない。
しかし話す体力が残っていない野郎共に、自然とネルさんの相手をするのが俺だけになっている。
ああ、もう一人いたな。
でも口下手なのか女性に慣れていないのか沈黙を貫いているもう一人……。
そのもう一人――マッシが真顔で話し掛けてきた。
俺にだけ聞こえるような声で。
「レン……俺も限界だ」
それはどっちの?
怖くて聞けなかったけど、聞かなくて良かったと思っている。
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