第288話
『ヤバッ……』という顔が六割。
残り四割は『仕方ねえなあ』と言わんばかりの我が村の出兵者達。
勿論、俺と纏め役のオジサンはヤバ派だ。
こんなところで揉め事なんて起こす? 普通……。
ああ、普通は夜逃げして冒険者になると出て行ったくせに意気揚々と凱旋なんてしないもんだわ。
それがこの世界のスタンダードだと言われたら納得せざるを得ない情弱な俺も俺だけど。
徴兵なんて言いつつも雰囲気が天下一を決めるバトル会場的なのも良くない。
明らかに仲良し同士で分かれてるもん。
これじゃ尖ってる奴は角突き合わせるのが必定じゃないか。
もしかしたら三年前にも似たような揉め事を起こしていたりしたんだろうか……だとしたら止めたのはアン辺りが本命かな? 大穴でテッド……ありえないから買えねえな。
「おい、レン。お前の担当が何か叫んでるから行くぞ」
「いや違うから」
遠い目で
他のオジサン連中に遅れて足を止めていたのは、単純に行きたくないからだ。
もうやらせとけよ……お腹が減ったら戻ってくるさ。
なんて思いながらも、ぞろぞろと移動する村の衆の最後尾を追い掛ける。
回収しないわけにはいかない『魔法持ち』。
それで徴兵を半分にしているのだから尚更である。
纏め役のオジサンの苦労が忍ばれる。
ハッキリと距離を取られ見世物とされている幼馴染を発見。
対峙するのは二十人ぐらいの若武者。
恐らくは何処ぞの村の出兵者達だろう。
周囲も暇潰しには丁度いいとばかりに観戦――していたので俺も混ざる。
「――お前はこっちだろ?」
「ちがっ、俺は住所が変更になったから! あっちが本拠地の村だからあ?!」
人垣に溶け込もうとする俺を、目敏くも捉えたマッシが引っ張っていく。
流石は村で五人と引けない強弓を引けるだけあって力が強い! ……なんで装備に弓が無いのか? ああ、村の装備だもんな、あの弓。
勝手に持っていくなんてテッドじゃあるまいし……。
…………今更ながら、お高そうなテッドの装備の
……だ、大丈夫だよね? お金を貯めて買ったんだよね? それかちゃんとした餞別だよね! 見送りに村長も来てたもんね?!
俺達が到着したところでテッドが吠える。
「言いたいことがあるんならハッキリ言えって言ってんだよ! 影からグチグチグチグチ言いやがって! それでも男かよ!」
それは俺にも刺さるが?
「聞こえてるじゃないか? なら俺は言いたいことをハッキリ言ってるってことだ。過敏に反応するのは、図星を突かれたからじゃないのか? 自覚があるんだろ?」
うわ、めんどくさいタイプの奴だ。
「……なんだと?」
テッドの声量と声質が一段と低くなる。
うわ、めんどくさいタイプのやつだ。
両方共に絡まないというのが正解に思える。
「やめろテッド! 遊びに来てるんじゃないんだぞ?」
前に出ようとするテッドを、間一髪間に合った纏め役のオジサンが止めた。
「フン! 来ないのか? やっぱ腰抜け村の奴はどいつもこいつも腰抜けだな。村長の息子からしてこうなんだから仕方ないか……」
さっきからテッドと話している中途半端なロン毛が挑発を重ねる。
どうやらやる気があるのは向こうもらしい。
「ハルオル、止めんな。直ぐに終わるからよ」
「止めるに決まってるだろ?! 聞き流しとけばいい……というか、お前らも何考えてんだ? 今から一緒に行軍するっていうのに」
…………ハルオルって名前なのか、オジサン。
微妙に名前を思い出せなかったので助かる。
良かったね? この揉め事にも意味があったよ。
だから戻ろう? はい撤収!
「ハッ! お前らみたいな腰抜けと一緒に行軍してみろ? どう考えても迷惑を被るのが分からないのか? 身の程を教えてやろうとしてるのにビビってる、そっちのお前も同じだな。役に立たないんだから、ここでボロ雑巾のようにしていったところでなんの問題がある? 少し考えれば分かるだろ?」
「……」
あ、いかん、これもうムリやで。
あちらさんはケンカをやめるつもりが無さそうで……。
今の挑発でハルオルさんのコメカミにも青筋が浮かんでいるし、様子見をしていた他のオジサン連中も『気にくわない』といった表情だ。
マッシなんて指を鳴らしている。
ヒートアップする両陣営に野次馬が無責任にも囃し立てるので、否が応にも緊張感が高まっていく。
「クソが!」
「やりゃあがったな!」
あ〜あー、始まっちゃったぁ……。
最後尾に位置付けていたので、修羅場を全体的に俯瞰出来た。
それでもどっちから手を出したのかは判然としない。
微妙な判定だったから…………仲良しだな? お前ら。
仕方ないので両強化魔法を二倍で発動して混ざった。
「やー、たー」
「……なんだこいつ?」
ただの
強化魔法を掛けていれば殴られても大して痛くないので、適当に叫びつつ傍観する
…………うちの村のオヤジ共は強いなあ。
人数の上で圧倒的に不利なのに、ケンカはむしろこちらが押しているまである。
一人半欠場状態にも拘わらず。
「クッ……ソが?!」
「はい、レッドカード」
ヒートアップし過ぎて剣を抜きそうになる人には、柄を押さえつけて『何故か抜けない?!』状態を維持させつつ腹パンのオマケをあげた。
どちらの村の奴でも。
お陰様で、そこそこに人数が減りつつある乱闘の只中にあって、鋼色したロン毛の顔を確認出来るようになった。
…………知ってる顔だな?
確か……アンにプロポーズに来た奴の一人がこんな顔だった。
他の村の有力者の息子じゃなかったっけ? こいつも……。
珍しく「付いてきて付いてきて付いてきて付いてきて?!」と、しつこく願うアンに、渋々と村の外まで連れ出された記憶の中で、見たことがある。
ガチガチに緊張して噛み噛みのプロポーズを噛ましていた…………アンへの求婚者第一号(俺調べ)だろう。
動揺が激しかったのか……断わった後で夜までマラソンに付き合わされたので覚えている。
そういえば断わり方が「テッドが好きなので無理です?!」だったなぁ……。
初告白……いや初プロポーズだったからか、テンパり方が凄かった……。
姿が見えなくなってから顔を真っ赤にして「うみゃあ?!」だかなんだか叫んでたし。
プロポーズって美味しいんだな、って理解したのも懐かしい。
…………やられてあげなよ、テッド。
拳を固めて遣り取りする彼は、未だにアンへの思いを捨て切れないと見える。
だってその場に居た俺と勘違いすることなくテッドに調べを付けているのだから、大したものである。
「オラァ!」
「がっ?!」
しかし現実は無情かな。
テッドのクリティカルパンチが彼の顎を捉えた。
毎日のように訓練と言いつつもチャンバラしていただけに、テッドの動きはそこそこ良いのだ。
強かに倒れる彼は今何を思っているのだろう……。
顎を揺らすのが効果的だと教えた奴に対する恨みとかじゃないといいなぁ。
「へっ! 見た、かうっ?!」
余りにも余りな結末に、俺は無言でテッドを退場させた。
引き分けだね? ……責任逃れとかじゃなく。
それとなく適当なところで俺も寝転がり……乱闘は、最後まで生き残ったマッシが雄叫びを上げ、観衆がそれに応えるといった終わりを迎えた。
…………どのへんで起き上がるのが最適だろうか?
出来れば怒られる前に何食わぬ顔で立っていたい。
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