第286話


 無事にテッドを蹴落とせた道中も、今日で終わりというのだから感慨…………いや深くねえな。


「狭い」


「だな? もう街に着くから言うけどさ、マッシ……痩せた方がよくないか?」


「ああ? そんなの三人で乗ってるからに決まってるだろ? 一番体がデカいからって俺のせいにすんなよ」


 ターニャと二人なら座ることも出来た荷物満載の馬車は、野郎三人……というかマッシと一緒だと常に立ってなくてはならない。


 座ると弾き出されちゃうからね。


「そもそも荷物が無かったら良かったのに……」


 積んである薪を掴んで馬車の揺れに振り落とされないように踏ん張る。


 これじゃ馬車に乗ると言うより、馬車に引っ付くと言う方が正解だろう。


 そう言えば薪を割ったなぁ……なんて、なんでそんな伏線入れるんだよ、要らねえんだよ。


 これも良い修行になる! とかほざく冒険馬鹿にジェネレーションギャップを感じたのも新しい。


 ……いや絶対に楽な方がいいだろ? なんでも『修行』に結びつけるのは若さのせいばかりではない筈だ!


 蹴落とさなくても勝手にセルフで落ちる馬車に乗っているというのだから、落とし甲斐をクソもない。


 あれだな、俺、旅とか嫌いだわ。


 異世界の旅ってのは、もっと楽しいと伝え聞いていたのに……創作物はダメだな、嘘ばっかだ。


 一番近くの街まで馬車で八日といったところか。


 歩いていたら倍は掛かっただろう。


 中々の距離だ。


 森も何もない道が延々と続くのだから、旅人が俺達の村に来ないのにも頷ける。


 唯一の救いは川が流れていることだろう。


 ……まあ、だからって辺境の辺境まで足を運ぼうなんて奇特なことを考える奴なんていないんだけど。


「だよなー? 一台だけでも空けてくれりゃ、もう少し楽に旅も出来たぜ」


 ボソリと呟いた不満にテッドが乗ってきた。


 テッドとしても常に余裕のある馬車旅しかしたこと無かっただろうから、修行なんて言いつつも誤魔化しがあったに違いない。


 マッシが意外にも耐えられているのは立ち乗りが多いからだろうか……。


 もしくは重心が安定しているせいか。


 余裕そうなマッシも会話に加わってくる。


「もう着くんだろ? ならいいじゃねえか。俺はとにかく腹いっぱい飯を食いてえよ。俺さあ、街に着いたら最初は何故か飯屋に行っちまうんだよな〜」


「それはそう」


「だから太るんだよ」


「あんだと!」


 今日も始まる蹴落とし合いもそこそこに、馬車が減速を始めた。


 草原を抜けた先に見える外壁が近付いてくる。


 正直、握力を限界まで試すか、どれだけマラソンを続けられるか、といった八日間だった。


 出兵って大変だよね。


 早々に扱きを味わった新兵のように、というかそのままに馬車を降りて付いていく。


 もう掴んで耐えているより歩いて付いていった方が楽なペースなのだ。


 入街する手続きを行っているオジサン連中に近付くと、送迎はここまでだから荷物を取ってこいと言われた。


 オジサン連中も珍しい革鎧姿にショートソード装備だ。


 物騒度が上がってきたなぁ。


 しかしそんな思惑とは裏腹に……ふとここで問題に気付く。


「俺、ローブにナイフしかないんだけど……あと弓」


 海で学校指定の水着しか持ってきていない問題だ。


「げっ。せめて剣ぐらいは買った方が良くないか? 俺でも持ってるぞ」


 そう言って受け取った荷物から古ぼけたショートソードを取り出しては腰に吊るマッシ。


 ……いやいや、村人の標準装備なんて厚手の服に角材がいいとこじゃない?


 しかしガチャガチャと所々が金属製の軽鎧を装備するテッドからも疎外感。


 どうやら少数派は俺らしい。


「…………拳っていうのはね、古来より人間の暴力を支えていて……」


「俺も参戦なんて初めてだから知らないけどよ、剣ぐらいは貸して貰えるんじゃねえか? どうなんだ、テッド?」


「たぶん大丈夫! でも貸し出しは金取られるんじゃないかな? ……分からん!」


「拳で行くよ」


「いや死ぬだろ? 弓兵に入れて貰えば……いや、やっぱり剣を借りようぜ」


 おっと、それは俺の弓の腕を言ってますか?


 確かに肉を許可されるのに一ヶ月は掛かったけど、そのぐらいの期間で動く標的に当てられるようになったんだから凄いと思うんだ。


 何度も言うが、あれはまぐれ当たりなんかじゃない。


 鹿の行動予測の果てに狙い澄まされた究極の一撃だったとも。


 ああ、間違いない。


村長親父から借りてくれば良かったな」


「……黙ってか? またボコボコにされるぞ」


「ちゃんと頼むって。まあ、今となったら全部遅いけど。どうする、レン? 武器屋で買っとくか? 金なら貸すぞ?」


「なんでだよ。レンタルがあるって話なのに」


 ちゃっかり武器持ちに仕向けるんじゃねえよ。


 しかし武器ねぇ……。


 とりあえず黒いローブを羽織り、弓を肩に掛けると、テッド達の真似をしてナイフを腰に吊った。


 これで外見だけでも近付いて見えるんじゃなかろうか。


 ちなみにローブはフードを被らない限り能力を発動しないので大丈夫だ。


 魔力は吸われるけど。


 見た目からして一歩前進した俺は、更なる希望を口にした。


「軍行動なら輜重班とかあるんじゃねえかな? なんとかそこに配属させて貰えるよう頑張る……って方向で」


「シチョー班……って何だっけ? マッシ」


「……レン、変なことには詳しいよな。何だ?」


「食料とか兵站を供給する班」


「ああ、飯隊か」


「よし! 俺も同じ配属になってやろう! 一人じゃ心細いだろうからな!」


「結構です」


「なんでだよ?!」


 マッシと一緒じゃ逆に落とされる未来しか見えねえからだよ!


 やいのやいのと言い合いながら、オジサン連中と合流して徴兵の集合場所へと向かった。


 場所は街を出て東の平原にあるらしく、街に入ることは無いという……。


「期限ギリギリだったからな。早く着いてたら街に泊まったんだろうけどよ」


 とは纏め役をしているオジサンの言である。


 マッシがこの世の終わりみたいな顔をしていた。


 ……なんかゴロツキの集団っぽく見えるから入街を拒否されたとかじゃないよね?


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