第285話
村の入口は送迎の人で溢れ返っていた。
なんとか無事にヘッドロックを外してくれた母は、見送りを家の戸口で済ませると「それだけ頑丈なら大丈夫」という……自身を納得させるためなのかなんなのか、屁理屈のような言い訳を俺に投げ掛けて送り出してくれた。
確実に落とす気だったのは間違いない。
それでも結局のところは折れてくれたのだから感謝しよう。
……折れたのか折れなかったのかはともかく。
「あ、レン! こっちだ、こっち! おっせえから迎えに行こうかと思ったよ」
俺が乗る馬車はどこかとキョロキョロしていたら、テッドが俺はここだとばかりに手を振っているのを見つけた。
なので無視して再び馬車を探す作業に戻った。
「あれ? お〜い、レェーーン! ここだよ、ここ! そっちじゃなくて……あーあー、もう。しょうがねえなあ、レンの奴は」
あ、知らない人です、近寄らないで、ていうかお前に言われたかないんだよ!
一人、声を上げて目立つテッドに他人の振りをしていたら、奴の得意技である『お出迎え』が発動した。
……やだやだやだやだ! 三週間もテッドと同じ馬車は嫌だ! 誰か席を代わってくれ?! 今なら銀板を一枚出してもいい!
恐らくは歳の近い奴をまとめてくれたのだろう、テッドの近くにはマッシもいた。
お肉に潰されるのが先か、酸欠で倒れるのが先か……。
早くも旅に不安要素が出来てしまった。
「おいレン。こっちだよ、こっち。ほら、みんな来てくれてんだぜ?」
顔を逸らす俺の腕を、間違いないとばかりに掴んだテッドが引っ張っていく。
…………他人の空似だったらどうすんだ?! あれ、すっげぇ恥ずかしいからな!
テッドが腕を引いていった先には、村長家やチャノス家や幼馴染の皆がいた。
マッシは親友であるエノクと話していて、その表情はとても出兵すると思えない程に軽い。
まあ、ちょっと危険な出稼ぎといった認識が一番近いだろうし……それは大体合ってると思う。
地元民にしたらベーリング海でカニを獲るみたいな感覚なのだろう。
「……レン」
おっと、居残りジト目さんじゃないですか。
出兵の条件上、幼馴染女子共は全員が居残りだ。
「うん、まあ……行ってくるわ」
「……うん」
流石のターニャであっても付いて来たりはしないだろう。
ていうか出来ない。
何せ大所帯での移動になるので、馬車も馬もフル活用だ。
追い付こうにも足が無く、馬車が帰って来た頃には一月以上経っていることになる。
文字通りの居残りである。
表情に不満がありありとしているのはアンで、ケニアは不安そうで、テトラは天使。
ターニャに至っては分からないというのが幼馴染達の喜怒哀楽。
どういう反応なの?
「それにしても……テッドはともかく、レンが参加を表明したのには驚いたな。レンもやっぱり
掛ける言葉に迷っていると、意外そうな表情のチャノスが話し掛けてきた。
「そうだな。俺も成人したから、将来のために稼いどこうと思ってな」
「なんだ、小遣い稼ぎならわざわざ出兵なんてしなくても、うちで仕事を紹介したぞ? テッドは無理だが、レンなら数字に強いしな」
…………うちで、ね。
「すっかり商家の若旦那だな」
「バカ言うな。二年前にやらかして以来、親父は今もカンカンだよ。当分は下働きで……なんなら行商から始めろって言われるんじゃないかとヒヤヒヤしてるんだぜ?」
「やればいいじゃん。行商って言っても近くの村とかだろ?」
「……近くって言っても月単位の往復になるだろ。しかも儲けは微妙になるか赤字だ。冗談じゃない」
そう言って手を振るチャノスだったが、本音のところはやりたいんじゃないかと思う。
ただ怪我のせいもあって、力作業では足を引っ張ってしまう自覚があるのだろう。
な〜に、直ぐに忙くしてやるさ。
その後も、お別れの挨拶というにはサバサバしている幼馴染達との会話を繰り広げた。
ケニアだけは唯一不安そうだったが、テッドの持ち前の明るさと軽口に、最後には笑顔を浮かべてくれたのでこれでいいと思う。
眉毛が八の字だったから困ったような笑顔だったけど。
愁嘆場というより駄弁り場を呈した別れの場で、いつ出発なのかと時間を気にし始めた頃、テッドが思い出したと言わんばかりに話し掛けてきた。
「あ、レン、マッシ。そういえば荷物は別の馬車に積むらしいから早めに入れとけってさ。早いうちに入れといた方がいいぜ?」
「はあ?!」
「なんでお前は毎回毎回……!」
ちょうど馬の嘶きが上がり、先頭を行く馬車が発進した。
テッドがポツリ。
「ああ、あれだな」
「道中で一回は馬車から突き落としてやるからな?」
覚悟しとけよ?
「レン。そんときは教えてくれ。這い上がろうとするあいつを俺が防ぐから」
割と真顔だったマッシに頷きを返して走った。
テッドに悪態を吐きつつ走り、俺達は馬車に追い付き荷物を預けることに成功した。
しかしお陰様で、元いた場所に戻る頃には、俺達を乗せる馬車も既に準備万端、俺とマッシ待ちになっていたというのだから遣る瀬無い。
隅の方に慌てて飛び乗り、バタバタと馬車に並走する幼馴染達に別れの挨拶を交わす。
「レイ、いってらっしゃい」
「行ってくるよ天使、じゃなくてテトラ」
バイバイと元気に手を振るテトラ。
もうこれだけでご飯がいっぱいイケる、フードファイト出来る。
ちなみにターニャとケニアは並走していない。
ケニアはノンを抱いているので仕方ないけど、ターニャは……お察しである。
やっぱり天使は心まで清いんだよ、間違いない。
チャノスと別れを交わすテッドに、マッシを笑いながらも見送るエノク。
それぞれが最後とばかりに別れを交わしている。
テトラは頑張っていたのだが、やはりそこまで体力があるわけではなく……。
早々に脱落したのは言うまでもない。
なんか電車の見送りとかでもあるけど、根性試しでもやってんのかねぇ?
負けん気が生まれるとかだろうか?
見送ったことがないのでなんとも……。
「それで? お前はいつまで付いてくんだよ……」
「な?! 見送ってあげてるんだけど?! 酷くない?!」
そしてこれまた体力の化け物が残るのも必然なわけで……。
プリプリとしているアンが、いつまでも付いてくる。
「なんだよ……。もう皆ギブアップしたぞ? 言いたいことあるなら早く言えよ。それか転べ」
「ヒドい?! こっちはタイミングを見計らってたのにぃ!」
そんな高度なこと出来たの? アホなのに?
それでもウジウジと迷っているアンに、親友との別れを済ませた二人も注目する。
てか、まだ付いてきているのかと驚いているだけかもしれないが。
「え、え〜と……」
アンの視線が俺を通り越して、恐らくは脇から顔を出しているテッドやマッシに刺さる。
「か、帰って来たら話すから! だから! き、気をつけてね、みんな!」
そんなヒヨッたことを言う幼馴染に、呆れると共に返事代わりとばかりに手を振った。
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