第284話
出発の日の朝。
辺境と呼ばれる領の中でも更に辺境に位置する村だけあって早めに出なくちゃいけないらしく、人選から出発の日まではあっという間だった。
立候補を募るという決定方式は村長的にも苦肉の策となったに違いない。
いの一番に手を挙げたのが我が息子なのだから、心中はお察しである。
テッドの冒険者心は、商会の馬車を護衛させることで上手く発散させていたというのに……。
火種どころか放火されてしまったとあっては笑えない。
燃え上がっているのは傍目にも分かった。
……色んな意味で。
そのまま焼け死んでくれ。
ただし火の粉は飛ばすなよ?
テッドの活動範囲は、村に帰って来てからもそこそこに広く……商会の専任護衛としても見られているからか顔も広い。
恐らくは将来のための顔繋ぎという意味合いでもあったのだろう。
村長が許してるからなぁ……。
一番近い街は勿論のこと、その街を経由する村々にも知られている……らしい。
話に聞くだけなので本当のところは分からない。
だって信じ難いんだもん。
どういう知られ方かというと……。
明るくて有力者の息子でイケメン、とか。
将来有望(に見える)な新人冒険者、とか。
しかも魔法が使える魔法持ちで……本人曰く『そろそろ魔法使い』、とかである。
ああ、そうなのだ…………ぶっちゃけモテる。
それで未だに結婚もしてなければ恋人もいないのだから……第二、第三のユノとならないための独身女性が獲物と見定めるのも仕方ないのかもしれない。
あとアンもモテる。
こっちはテッドより確度が高く、村に求婚者が来て玉砕するのを何度も見ているので間違いない。
なんでだろう? 世の中って間違ってるよな。
異世界って不思議。
ちなみに俺はモテない。
異世界って不思議。
婚活じゃないけど……成人を控えた、あるいは成人となった男女が出会いを求めて街へ行くのはよくある話だ。
エノクやマッシが冒険者登録をするために街へ行った表向きの理由もこれだ。
その後エノクは幼馴染だった少女と結婚しているが、マッシは今も時たま街へ出向いては……帰って来て村の酒場で飲んでいる。
別に焦ってはないのだが、一度だけ出会いを求めて俺も街に出掛けたことがある。
……東京に行ったからと夢が叶うわけじゃないのだと思い出すに至ったよ……。
あのノータリンがモテてモテて困っているのに俺アアアアアアアアア?! しかも妻帯者であるチャノうああああああああああ?! なんガアアアアあああああああああアアア?!
…………やめよう。
街はクソ、それだけ分かってればいいさ……うん…………俺、生涯村で暮らすんだ。
ドゥブル爺さんのように渋いお爺ちゃんに成れれば本望である。
あと一回だけチャレンジするつもりではあるが。
しかしそんな二人なだけあってお似合いと言えばお似合いなのだが……。
テッドは色恋よりも男友達(アン含む)とバカをやっている方が楽しいタイプで、アンはそんなテッドを見てホッとしているのだから二人の関係は進みようもない。
間違いなく独身の道を突き進んでいる…………かに見えたのだが。
意外なことに、テッドにも恋愛思考回路が存在していたらしく……。
なんでそんなところに落ちるのかと……昔からの保護者としては顔を手で覆いたくなる。
お陰様でアンも立候補に手を挙げたというのだから頭が痛かった。
しかし残念ながら逝くのは『男で成人以上』という条件の下に却下された。
選ばれたメンバーは十人。
テッドが半人前という認識でいいかな?
うちの村に求めていたのは人数じゃなさそうなので、魔法使いが魔法持ちにランクダウンしたことに起因する人数だろう。
期待値込みといったところか。
ピッタリ十人、立候補が出たので行きたくなさそうな村人は胸を撫で下ろしたことだろう。
おじさん連中が七人と、テッド、マッシ、俺といった内訳である。
やはりと言っていいのかどうなのか、おじさん連中に至っては全員が従軍経験者だった。
軍が出張るのは何も戦争だけじゃない世界だから、意外と従軍経験というのはあるらしい。
……そういえば『リドナイ』――あのデカい髑髏の居るダンジョン都市も、初攻略は騎士団が務めたという話だったしなぁ。
魔物という驚異有りきの世界ならではである。
アンが不貞腐れた顔で「あたしも従軍経験あるのに……」と呟いていた。
うん、まあ……そう言われると俺とマッシは見劣りするよね。
立候補だから覆せないけど。
理由はそれぞれだ。
村全体に掛かる減税とは別に報酬が欲しかったり……英雄思考だったり大貴族様とのワンチャンを狙ってたり。
後半の考え方は一人しかいないけど。
俺も成功報酬として加算される、金針にして五本という欠損回復が出来るポーション狙いである。
これでケニアの一家も憂いなく普通に過ごせるだろう。
……ノンが悪気なくチャノスの指を触って「ない……?」とか呟いて首を傾げる度に、ケニアが泣きそうな顔になることも無くなるし。
力を入れにくいのか娘を抱くのに躊躇してしまうチャノスの姿も見納めだ。
大丈夫……これで最後、本当に最後だから! 本気本気! 絶対の絶対!!
しっかりと結果を出せば貰えるのは間違いないと言うし、俺なら魔法でサポートすればそれも可能だろう。
最悪でも融通して貰えるように口利きだけは得ておきたい。
領主様とて、それを見越しているからこそ報酬の一覧にポーションを入れたのだろう。
達成報酬や参戦報酬じゃなくて、成果報酬なのは値段が値段だけに仕方ない。
しかし可能性があるならやってみたい……なにせ物が無い上に金針五本なんだもん……。
だから……。
「そろそろ行きたいんですが、母上……」
「…………もうちょっと待って」
今は後ろから抱き着いて離れない母親をどうにかしなければいけない。
荷物も準備して、靴を履いていたところで、後ろからギュッとされた。
甘えるように首に手を回すお母さん。
相変わらずの肝っ玉母さんぶりで肌年齢も衰えない母だったが、俺の出兵には反対だった。
諌めたのは父である。
「レンも成人になったんだから止められないよ。レンにはレンの考えがあるんだろう」
とは父の言だ。
珍しく夫婦喧嘩をする我が家が見られたのは新しい発見である。
ちょっとスッキリしたからまた出兵しようかなあ……。
連日、離されていた夫婦の布団に気持ちが揺れ動く。
そんな涙目ものの
ギリギリになっても意志表示する母にはなんと応えたものやら……。
――――腕が万力のように締まってなければ感動も出来たんですけどね?
肉体強化を解いたら絞め落とされんばかりだ…………こ、殺す気とかじゃないよね? 母上ェ……。
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