第283話


 見送りは不要だと言うあちらさんを押して村長が見送りに出た後の応接室は、存在の余韻でもあるかのように誰も口を開かず。


 もしくは今にも戻ってくるんじゃないかと戦々恐々である。


 それだけ――――恐らくは身分が掛け離れた人物だった。


 …………戻って来ないよね?


 ガチャッ、というドアの音にテトラとターニャ以外がビクついたのも仕方のないことだろう。


 部屋にいる全員の視線を受け止めたのは、我が村の最高権力者だった。


「…………行ってくれた」


 随分と消耗している村長の姿と万感を込めた声に、誰もが息を吐き出した筈だ。


 ようやく喋ることを許されたとばかりにテッドが椅子を引いて席に着く。


 ……流石に姫様とやらが座っていた席を避ける辺り、テッドも対応に困っていたらしい。


「……ビビッたぁ〜。なんだよありゃ?」


 テッドのその声が皆の気持ちを代表している。


 答えるのは唯一事情を知っていそうな村長だ。


「……お忍びで領主様にくっついて来たらしい」


 じゃあ忍んでくれ。


「なんでうちの村なんかに……」


 ようやく存在感を取り戻したウィーヴィルさんがボソリと零した。


 その一言に、恐らくは原因だと思われている俺とターニャに視線が集まる……ターニャもこっち向いてんのは何故ですか? 説明が面倒なのか? そうなんだな? うん?


「いや、たぶん伝言とやらのせいだと思います……。俺もターニャも、あんな明らかに姫様っぽい知り合いとかいないので」


 貴族様に友達とかいないので。


「さっきのやつか? 待ってるとかなんとか……」


 疲れているように見える村長が訊いてくる。


 ……それなのだが、伝言の意味もちょっと分からない。


 待ち合わせ場所どころか日時の指定すら無く……強制もしないというのだから、おかしいことこの上ない。


 なんか色々とバレているのなら、先程の鎧に強制連行されていても仕方がなさそうなところ。


 見逃されたという雰囲気でもなさそうだったし……。


 なんなんだろうか?


 伝言を届けるだけなら、次からはお付きの人にお願いして欲しい……あんな明らかに貴族以上の方にではなく。


 本当に顔を見に来ただけだったのか、嵐のように去っていったし。


 ……ドッと疲れたよ。


「さっきの伝言は……恐らくは知り合いの貴族様からの物だと思われるんですが……」


 意味は不明、そう続けようとしたところでチャノスが口を挟んできた。


「リーゼンロッテ様か?」


「ええ?! そうだったのか?!」


 そういえばお前らも知ってるんだよな。


 なんせ送迎されているうえに、角材で滅多打ちにされた現場にも居たという話だった。


 それにしてはテッドの反応が過敏だけど。


 瞳を輝かしては立ち上がるという……なんとも反応に困りそうな反応だ。


 あのね? 貴族なんだよ? そりゃもう全然身分というか立場の違う……。


 アンがムッとしているだけに間違いなさそうである。


 お前ってやつは……。


「たぶんな。俺もターニャも、他に貴族様の知り合いがいるわけじゃないし。そのリーゼンロッテ様だって、偶然に偶然と気まぐれが重なって(迷惑な)知己を得たってだけで、別に向こうが覚えてないって言うならそれまでの関係というか……」


 関係ないというか? ん? 分かってくれる? 紹介とか無理だからね?


 切っ掛けを得たとばかりに見つめてくるテッドに、全然関係ないことをアピールした。


 話しているのはチャノスに向かってだが。


「…………綺麗な人だったよね?」


 ムスッとするアンが、それが重要だとばかりに訊いてくる。


 ……それ、重要?


 だとしても、今まで関係も関心も無いとばかりにそっぽを向いていたテトラとターニャまで見つめてくる必要性ってあるんだろうか?


 こ、これは…………答えたら負けるッ?!


「だから待ってるって伝言の意味は分からないんですよね〜」


 話し相手を村長へとシフトして難を逃れた。


 本筋がこっちだったんだから変なことじゃないよ!


 いや村長に言ったところで、向こうの方が訳が分からないってのは分かるんだけど……。


 何笑ってんだ妻帯者チャノス? 残りの指も折るぞ? うん?


「いや……それは恐らく、こっちの件を聞けば分かるだろう」


「ですね……」


 ……うん?


 予想に反して伝言の意味は理解しているといった反応を見せる村長とウィーヴィルさんに困惑する。


 …………『こっちの件』って何だ?


 てっきり貴族様の戯れか何かで平民をビビらせる遊びか何かかと……違うの?


 そういえばお忍びで『くっついて来た』って言ってたな……なるほど。


 本来の要件があったのか。


「こっちの件って何だ?」


「……さあ? …………アン」


「あたしに聞かれても?! あたしだってテッドやチャノスと同じタイミングで部屋に入ったんだから分かるわけないよね?!」


 どうやらテッド達も知らなかったらしい。


 あそこに居たのは……違和感を別として、もう一人。


 恐らくはそっちが本命だったのだろう。


 だとしたら村に関わることなのは、その関係性からして間違いない。


 疲れたような表情で溜め息を吐き出す村長が、上座を避けて椅子に座ると重々しくも切り出した。


「徴兵令を貰った。村の一割……二十人ぐらいを出兵させなくてはいかん」


 待たれても困るんだが?!


「ハイハイハイハイ! 俺がいッ……」


 ちょっと黙ってろな? 馬鹿。


 実に二年ぶりとなる強化魔法を使用してテッドの腹を殴り付けて黙……眠らせた。


「疲れていたみたいです」


「あ……あ……やっぱり!」


 何が?


 驚きの表情を浮かべるのはアンだけのようで、他の村人はというと『テッドならそう』と言わんばかりに納得している。


 いやアンもやっぱりって言ってるから、テッドの疲れ具合は共通認識ということでいいだろう。


「えと……つまり戦争になるんですか?」


 仕切り直して村長に問い掛けた。


 チラリとターニャを見つめるも、その表情は不動。


 物流を把握するターニャさんが、村が関わりそうな争い事を見逃すとも思えないんだが……。


「うん? いや、うちの領で戦争なんて縁が無いだろう。なんでそうなる?」


「え、だって出兵だって……」


 言ったじゃないか!


「そりゃそうなりますよ、村長。レンくん、兵士を集めているのは別の理由からですよ」


 困ったように笑うのはウィーヴィルさんだ。


 そうなの? なんだ、焦らせないでよ……出兵なんて言うからてっきり戦争になるのかと。


 疑問に答えてくれるのか、ウィーヴィルさんが俺に話し掛けてくる。


「レンくんは、遺跡って分かりますか?」


「ダンジョン」


「それは魔窟です。混同してますね。う〜ん、大体は似たようなところなんですが……遺跡は昔に建てられた建物なんかを指します」


 お…………おお、そういえばそうだな。


 つまり前の世界で言うところのピラミッドとか古墳とかにあたるのかな?


 ファンタジーな世界にあってゲーム的な発想は必然である。


 突然の常識に困るのはいつものこと。


「ただし、無限に宝が湧いたりはしないので、一度荒らされたらそれまでになってしまいます」


 ……まあ、普通はそうだろう。


 むしろ何度も魔物や宝箱がリポップするほうが変だから。


 『ダンジョンとはそういうもの』って常識がある世界ってのは、前世持ちとしてはなんとも理解し難いものである。


「だから遺跡が見つかったとしたら、大抵はその領の領主様か、あるいは国が主導して発掘を行います」


 繋がった。


「そのために兵士を集めるんですね?」


「そうです」


「……冒険者じゃダメなんですか?」


 …………この発言が的外れなものなのは、皆の視線からも理解したよ。


「それじゃ冒険者の利益になってしまいますから。何度も言いますが、遺跡は一度荒らされるとそれまでです。ダンジョンから見つかる物と違って、遺跡から見つかる物には現代でも再現出来る技術などもあるので……」


 うん……そういえばそうだね。


 居酒屋に入ればビールを頼むが如く、『とりあえず冒険者』が前世持ちの合言葉なんだ、許してくれ。


「……レンは偏ってるから」


 うるさいよターニャ。


「レイ、大丈夫だよ。あたしが教えてあげるから」


 涙が出るよテトラ。


 しかし分かった。


 ウィーヴィルさんがと言っている以上、遺跡には魔物が住み着いてたりするんだろう。


 故の兵力、といったところか。


 異世界の発掘事情は物騒だなぁ……いや伝え聞くところだと前の世界でもそうか。


「本来なら二十人を徴収して出兵となるんだが……うちにはドゥブルがいる」


「え?!」


 思わず声が漏れた。


 反射的に見た村長も、納得はしてないようだった。


 代わりに問い質してくれたのはウィーヴィルさんだ。


「二十人、もしくはドゥブルさんの参加という条件でしたか?」


「そうだ。しかし最近のドゥブルを見るに、長時間の軍行動に耐えられるとも思えん」


 ……良かったぁ、そうだよね? そうですよねぇ?


 しかし村長の表情に変化はなく……。


「……代わりに、火属性の魔法が使えて、ダンジョンに潜った経験や従軍の経験もある……度し難い英雄思考の馬鹿が一人……」


「……しかも本人は行く気充分」


 ターニャ、やめなさい。


 村長の苦悩にターニャがツッコむ。


 重苦しい溜め息が吐かれたのは言うまでもないだろう。


 ……知らないよ? だってお互い成人大人なのだから。


 しかしその知らん振りも、次のウィーヴィルさんの言葉で揺れ動いた。


「止められないでしょうね。……報酬に、税金の軽減だけでなく欠損を回復出来るポーションまであるので。恐らくは領主様の粋な計らいなのでしょうけれど……テッドくんにとったら火に油ですよ。幾度となく『指が治ったらまた冒険しよう』と息子に言っていたので」


 ……う……な? ……えぇ…………。


「行く気がある者を出兵させない訳にもいかんからな……」


 村長の気難しい囁きが、俺の耳にこびり付いて木霊していた。


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