第282話


 一目で偉い人の見分けが着いた。


 だってこれ見よがしに上座に座ってるドレス姿の少女がいるんだもん……。


 腰に届く程に長い白銀の髪、まず見たことのない紫色の瞳、薄い桜色の唇――


 表情を挑戦的な笑みで型取り、相手を見定めんと向けてくる視線は、完全に上位者のそれである。


 しかしその不遜とも言える態度が、何故か堂に入って見えて……この少女にしっくりきた。


 嫌味の無い雰囲気なのだ。


 身長はターニャと同じか少し高いかといったところ。


 恐らくはまだ成人前といった見た目が、『険がある』と評されそうな態度を『生意気』程度に下げているのだろう。


 誰が『姫』様なのか一目瞭然である。


 言うて村長レベルの家の応接室なのだ。


 存在が浮くこと浮くこと……。


 そこそこに広い部屋に置かれた木製のテーブルと椅子は、相変わらず名前の無い村にあって品の良いレベルの物なのだが……。


 座っている存在が綺羅びやかな世界の住人なせいか、ハッキリと見劣りしている。


 幾つかある椅子を埋めているのは……まず村長。


 本来なら上座に座るうちの村の最高権力者である。


 次に、立派で仕立てが良く見えるがシンプルな服を纏った偉丈夫。


 恐らくはダンジョン攻略の出立式に出張ってきたと言われている、うちの領の領主様だろう。


 服の上からでも分かる筋肉と、貴族とも思えない気安そうな雰囲気が、話に聞く領主様と一致している。


 なんでも先祖が成り上がりらしいし……いわゆる庶民派的な人なんじゃなかろうか?


 そして最後に控えるは違和感の塊。違和感オブ違和感


 まだ王様の傍らから「娘じゃ」とか紹介されて出てきた方が納得するような、ドレスの少女。


 その存在が嫌でも人の目を引く……。


 それこそ黒いローブでも着込まなきゃ目立ってしょうがないだろう、ザ、姫。


 こんなの誰だって嫌な予感するでしょ? 逃げたくもなるでしょ?


 ……面倒なことこの上ないよ。


 それでも一言として失言を漏らさないのは、後ろに控えた複数からなる鎧(中身有り)にある。


 物理的にクビにしてやるという圧を感じるぞ……。


 そんな空気のせいだろう。


 部屋の中に見つけたチャノスやテッドやアンも……普段なら騒ぎそうなところ、薄く汗を掻いて口を閉じている。


 あと立っているのは、オマケでチャノスの親父さんぐらい。


 チャノス家の小屋卒業一期生が勢揃いである。


 …………何もこんな所で同窓会しなくても?!


「ふむ。お主等ぬしらがリーゼちゃんの言っていた友達とやらか…………うん?」


 挑戦的な笑みを……何を思ったのか俺のところで変化させるロイヤルな君。


 声の質は高く……というか存在の質からして高そうな少女だが、やはり歳下なのか疑問が浮かぶその表情は幼い。


 しかし俺のことを訝しむ動きには理性が見えた。


「…………殿下?」


 無音の空間で姫様とやらの表情に疑問を呈したのは領主様だった。


 しかしそれを無視する形で、姫様とやらが口を開く。


「…………お主。見たところ、十四、五に見えるが……その背の高さは、昔からか?」


 ドキッとしたのは俺だけだろう。


 昨今、ついに前世の身長に追い付いた成長期。


 理想の身長に手が届くと喜んだバカは誰だったか……いや俺だけども。


 姫様とやらの問い掛けに無言で首を横に振る。


 姫様とやらの表情は『あれ? こいつ……あれ?』と益々疑問が増えていくと言わんばかりに変化する。


「構わぬ。何か話せ」


 どんな無茶振りやねん。


 逃げ込むように許可を求めたのは村長――しかしただ頷くばかりのイエスマンだったよ?!


 大御所に「笑かせ」と言われる新人の芸人か俺は?!


 分からない時は訊くに限る。


「あの…………何を話せば宜しいのでしょうか?」


 今までしたことないような卑屈な態度と口調で別人を演技。


 揉み手も辞さない。


 いや金髪碧眼娘の初対面も似たようなもんだったわ。


 へりくだるのは最早本能。


 しかし全く疑う表情を緩めることのない姫様が言う。


「そうよな……では『なんで俺が』と、言うてみよ」


 なんで俺が?!


 ……なんだろう? 向こうは何か知っている感を出してはいるが…………俺はこの姫様を見たことがない。


 完璧に初見。


 初見殺し。


 助けて。


 滝のように流れ出る汗は……大丈夫。


 恐らくは不敬を恐れてのものだと思われている筈だ……。


 父兄が怖いのはどこの世界も共通。


 再びの助けを求めて村長を見るも、ただ頷くだけのbotと化していて役に立たねえ!


 ぐぐぐ……仕方ない!


「なんで……わたくしが……」


 せめてもの抵抗と一人称を変更。


 そもそも声も変わってきてるし、気付かれる要素はゼロの筈……。


 しかしこの緊張感が言っている。


 全力で嫌な予感がやってくる、と。


「そうではない。もっと心の底から面倒そうに、溜め息を吐きながら、じゃ。一人称も変えるでない」


 ……こいつ知ってる! 絶対なんか知ってるぅ?!


「殿下。俺のところの領民をイジメるのは感心しませんが?」


 助けてくれたのは領主様。


 一生付いていく所存!


 鶴の一声に「む」と声にも出してムッとしたのは最高権力者っぽい姫様だ。


「別にイジメておらぬ。ただの確認じゃ」


「リーゼンロッテ様の知己が見たいという要望は叶ったでしょう? そろそろ重い腰を上げてくれねえと、うちの領民全員が尊死しちまいます。俺でさえビビって漏らしそうだってえのに」


「お主が権力におもねるとは思えんが?」


「殿下」


「分かっておる」


 短く息を吐いて立ち上がる姫様とやらが、何かを思い出したと言わんばかりに再びこちらに表情を向けてくる。


 それだけで尊死しちゃうが?


「ああ、言い忘れておった。リーゼちゃん……お主等にはリジィと呼んだ方が分かりやすいか? そのリジィからの伝言じゃ。『待っています』とな。……そうなってくれた方がわらわとしても面白い。――またの?」


 悪戯な笑みを残して――


 ロイヤルな存在は台風のように去っていった。


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