第279話


「た、たいっ! 大変ッ、なんだ! ハア、ハア! 今、村長が! テッドがレンだからと! き、ききき貴族様で?! と、とにかく来てくれ!! 呼んでる、呼んでるんだよッ?!」


 なるほどな。


 よく分かった。


「ズラかるか?」


「……そう」


 コクンと頷いた幼馴染に俺もしたりと頷いた。


「おいおい。儀式の最中だぞ? 少し落ち着けよ。これでも飲んで」


 そう言って腰に付けた水袋をオジサンに勧める神父さん。


 ……それは俺達が受け取る筈であった『神の血』じゃなかろうか?


 神の血はオジサンの渇きを癒やすためにあるらしい。


 本格的に中止の予感。


 そもそも成人の儀式があることは村中に知れていることなので、それを押してまで乱入したということは、儀式より大変な事態が起こったであろうことが窺えた。


 神父さんもそれが分かっているからこそ、神の血をただの水へと変えたに違いない。


 ……昔っから少し破戒僧っぽいなと思っていたけれど、流石に軽々しく儀式用の物を流用したりはしないだろう…………しないよね?


「き、来てくれ! いいから来てくれ?!」


 しかしそんな神父さんの親切(?)もオジサンの耳には入らなかったようで、本当に切羽詰っているらしく、俺の手首を掴んでは引いてきた。


「おじさん……残念ながら儀式は始まってしまったんだ。見てくれ、この青々しくチャチな草冠を。既に神様への報告を始めた身だというのに、途中で投げ出すような不敬を――俺は出来ない! だから……また今度にしてくれる?」


「今、充分な不敬を吐いたな?」


「……軽い」


 うるさいな。


 貴族って単語が混じってた時点で厄介事だろうが。


 俺に政治家の知り合いはいねえんだよ。


 給料で金曜の晩餐を楽しみにするぐらいの小市民に体制の側の知り合いなんて存在する筈がない。


 惣菜の半額を狙って宅飲みが精々なんだから。


「たぶん住所を間違えてんじゃないかな?」


「いいから! 今はいいから! 速く?! またっ、待たせてるんだぞ?! お貴族様を?!!」


 これが真っ当な反応なのだろう。


 故に余計に行きたくなくなるんだけど……。


「レン! あそぼ!」


「よし分かった」


「いやダメだろ?! 何考えてんだ?!」


 儀式が中止になることは傍目にも分かったのか、捕らえられていた猛獣モモが解き放たれ飛び付いてきた。


 世界の平和を守るためにこれを承諾。


 秒で目を剥くオジサンに否定されてしまった。


「どうしたんだ? 何かあったのか?」


 しかし足を止めてしまったせいか、これを機に父さんがオジサンへと問い掛けた。


「ど、どうしたもこうも! さっきから言ってるだろ?! お貴族様なんだよ?! レンを呼んでるんだ!!」


 オジサンの叫びに耳を澄ましていた野次馬連中がザワつく。


 慌てることなく後ろを付いてくるターニャにおいては、貴族様の予想が付いているのか平然としているが……。


 俺にも金髪碧眼の美人疫病神が脳裏にチラついている。


「き、貴族様って……」


 驚愕の表情を貼り付けた優等生――ケニアもノンを抱いたまま寄ってきた。


 まあ、誰が見ても『なんかあった?』的な展開だから仕方ない。


「〜〜〜〜! れ、れぇ……」


 しかし近寄ったのを機にノンがケニアの腕から俺の方へと乗り出してきた。


 あーあー……人混みが嫌なんだな、凄い顔だ……。


 涙と鼻水で顔をふやけさせるノンを受け取ると、成人着など知らないとばかりに俺の胸元へと顔を埋める。


 しっかり掴まれた服からは離すまいとする意志が窺えた。


 …………ほんと、貴族なんて関わっても百害あって一利なしだよな。


「あ、ごっ、ごめんなさい! び、びっくりして……つい手が……」


「いいよ。ユノさんが店番だろ? 俺が預けて来るわ」


 ちょっと動揺している感じだし。


 たぶん悪い予感に手を震わせているんだろうけど……ぶっちゃけ大したことではないと思われる。


「ノンは泣き虫だからなー。よ〜しよし、大丈夫だぞ。あたしがいるよ!」


 いつの間にか俺によじ登っていたモモが背中から顔を出してノンを撫でる。


 本格的に儀式は中止らしい。


 振り返って見た神父さんは、早々にキセルに火を入れているところだったから間違いない。


「レン……貴族様が呼んでるというのは……?」


 流石の父にも表情に不安が表れていた。


 恐らくはこっちも悪い予感が頭を過ぎっているんだろうけど……。


 たぶん、すっごいくだらない理由とかじゃないかなぁ……。


 チラリと見た異常に鋭い幼馴染は、ツーカーとばかりに首を横に振って俺の疑問を否定する。


 ……ターニャにも分からないとなるとお手上げだ。


「まあ、行ってみるよ。大丈夫だから、心配しないで。ついでにユノさんにノンを預けてくるから」


「……ケニアも」


 これで『近くに寄ったから、ちょっと顔を見に来た』なんて言われようものなら、やんわりと『二度とやらないでくれ』と分かって貰わねばなるまい。


 すげー難しいよ、それ……どうしたもんかなぁ。


 野次馬が割れて出来た道を先導するオジサンと共に幼女を二人抱えながら続くと、後ろから不安そうな顔のケニアと、その手を握るターニャが付いてきた。


 幼馴染の不安を払拭するためにもと、知り合いだと分かって貰うべくネタバラシだとオジサンへと話し掛ける。


「それで? 貴族様ってのは……」


 金髪碧眼で……。


「おう! ご領主様と、あと……なんだ? とにかくご領主様よりも偉いお貴族様だそうだ! ターニャぐらいの背で……騎士様もいっぱい引き連れてんだ! 詳しくは分からんがレライトとターナーに一目会っておきたいって仰るんだよ。レライトってーのはレンだってテッドが言うだろ? おらぁ、てっきり別人のことかと……」


 …………よし、と。


 再び振り返ってターニャと目を合わせると、先程と同じように首を横に振られる。


 ターニャぐらいの背……だと?


「……どしたの? レン。よ〜しよしよし、大丈夫。あたしがいるよ!」


 いつも通り肩に乗るモモが、俺の顔色を確認した後で頭を撫でてきた。


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