第280話


 ヤ……………………ッバいかもしれない。


 手が後ろへ回りそうなことなんて……あ、うん、心当たりしかないや。


 『バレなきゃいい』の精神でこなしてきた事があれやこれや……。


 ダンジョンかな? 戦場かな? エルフかな? 身分詐称かな? 不法入出国かな? 地元密着型営利団体の壊滅かな? スラム式チルドレンアルバイトの提携案内かな?


 黒衣覆面効果も相まって、割とブレーキを踏まずに来たと自負出来るぐらいにはアウト。


 『貴族の不興を買わない』が大前提の異世界で、横槍かました奴の末路なんて自明の理だろう。


 ここから指名手配されての犯罪者アウトロー 編が始まっちゃうという認識でいいかな?


 まずは馬と物資、ついでに武器なんかを揃えて夜逃げするのがベストか……。


 いや。


 最終的に孔明ばりの幼馴染に身柄を確保されて角材で打ちのめされるまでがワンセット。


 既に結末を見せてくれていたテッド達には感謝だ…………別の方法にしよう。


 しかし即座に良い手段が思いつくわけもなく……とりあえず様子見をするという『いつもの』結果に落ち着くのが凡人。


 肝心要かんじんかなめのターニャさんが沈黙を貫いているので、下手に動くべきじゃなかろうという消極的結論である。


 いつも沈黙を貫いているのはともかく。


 幼馴染のピンチとあらば、意外と人情派のジト目さんは動いてくれる……筈なのだ。


 ……うん…………たぶん……予想では……恐らく。


 いや嫌ァ?!待て待て。


 不安になるのは良くない。


 何もまだ御白洲法廷と決まったわけではない。


 こういうのは堂々としておかないと、無駄に叩かれてホコリを散らす様になるのだ、僕知ってる。


 平常心……平常神だ……! 助けて……!


「って、わああああ?!」


「ぎゃああああああ?!」


 なんだなんだ? 脅かすなよぉ?! 今脅かされたら死んじゃうぞ?!


「――――近い近い近い近い! なになになになに?!」


 気が付けば、いつの間にかユノの顔がアップだった。


 相変わらず小動物チックな見た目だな? とても十歳も年上には思えないぞ。


 既に追い越した身長のためか、下から見上げる形になっているユノが、俺の顔を引き離さんと手を突っ張っている。


「なんですか? 痛いんですが?」


「こっちの台詞でしょ?! 不安そうな顔して突っ込んで来てぇ!」


 おっと、そうだった。


 売店の店番をしている筈のユノが、チャノス家の前で恐らくは定期便だろう馬車の荷物チェックをしていたので、これ幸いと近寄ったのだった。


 考え事をしていたので、つい。


「いや、ちょっとケニアが落ち着くまでノンを預かってて欲しいな、って」


「それでこんなに近付く必要あったぁ?! びっくりして求婚かと思ったわよ!」


「それは無い」


 突っ張っていた手の爪が俺の皮膚にめり込んだ。


 ベビーシッター代だと思って甘んじて受け入れようじゃないか。


 ワイバーンよりも俺にダメージを与えることに成功した昔からの顔馴染みに、抱き上げていたノンと……ついでにモモも渡しておこう。


 ほーらモモ、新しい乗り物だぞ〜?


「お、おっっっっもい! でしょうが?! ちょっとモモ! 降りなさいよ! もうお姉ちゃんでしょ?!」


「あはははは!」


 大人しく引き渡されてくれるノンと、笑いながらも素直に背中から降りるモモを見ていると、ユノが子供達からどう思われているのかがよく分かる。


「あ、あの、ユノさん。……あ、ありがとう、ございます……」


「うわ?! ……どしたのケニア? 顔が真っ青よ? ターニャも……ああ、うん。普通いつも通りだわ。ちょっとレン! 説明!」


「よく分からないけど俺とターニャが貴族様に呼び出されてるらしくてぴえん」


「げっ。……ズラかる?」


 オジサンとユノとケニア以外が頷いているところを見るに、割と変な思考でもないのかもしれない。


「な、何言ってんだレン?! ……お貴族だぞ? ご領主さまもいらっしゃるんだ……――逃げられるわけがないだろう?」


 まるで可能なら賛成と言わんばかりのオジサン。


 あんたそれでいいのか?


「それに……本当にただ呼んでるだけに見えたぞ? そんな……罰するとか、いきなり処刑されるとかじゃなく…………たぶんだが」


 今、最後になんてった? ちっさい声でなんてった?


「ケニアちゃんはユノとここで待ってるといい。流石に関係ない女子供を連れてく訳にゃいかんからな。……飛び火も怖いしよ。さあ、もういいだろ? 行くぞ、レン、ターナー」


 ちょいちょい本音が覗くオジサンは、慌てて駆けて来た当初よりも幾分か落ち着いている。


 ……安心している理由は、逃げ出される前に見つかったから、とかじゃないよね? 直ぐ様『ズラかる』が出てくる村にあって、逃げ出すというのは標準的な思考と言えるし。でも僕達みんな家族だもんね? ねえ?! ちょっとお?!


 フイッと目を逸らすオジサンの心が透けて見える。


 普段なら割と気が合う考え方だが、自分に害があるというのなら話が別だ。


「そっか……。じゃあ貴族様に何か言われたらジツマシさんも一緒にって頼んでみるね?」


「やめろよ?! 俺を道連れにすんじゃねえ!」


「狩りで『分からないことがあったら頼ってこい』って言ってたじゃん! 今まさに分からないよ?! なんで貴族様が俺を呼ぶんだよ!」


「知らねえって! ……たぶんあれだ…………し、新成人を祝福してくれる……とか、じゃねえか?」


「心にもないことを! 思ってないだろ?! こっち見ろや! 死んじゃうんだろ?! 貴族様の勘気に触れて殺されちゃうんだろ?! ねえ?!」


「ちげーって! いいから行くぞ! 村長の家でお待ちだからよ! うはははは!」


 誤魔化し笑いにも程があるぞ!


 グイグイと引っ張ってくる腕からは『逃すまい』という意志を強く感じる。


 凄まじい力で引っ張られる腕とは反対側の腕が、弱々しい力で引かれた。


 ターニャ?


「あ……」


 振り向いた先には顔を青くするケニアがいた。


 咄嗟に俺の服を引っ張ってしまったのだろう手が、気まずそうに離される。


 ……う〜ん、冗談っぽく纏めてみたんだが、ケニアの不安を払拭させるには至らなかったか。


「……いや、ほんと大丈夫だから。連れてかれるとかじゃなく。前に村を出た時に貴族様と関わることがあったから、それ関係だと思う。な?」


 後押しを求めてターニャを見る。


「……さあ?」


 ジト目コラァアアアア?!


 こんな時ばかり曖昧な返事をする幼馴染に精一杯のガン付けをしていると、不機嫌なのかなんなのか……目を逸らされたうえに欠伸までされてしまった。


 ――――ケニアの不安が上乗せされているのは、何も幼馴染が引っ張られていくからだけではあるまい。


 商品のチェックは……チャノスの仕事なのだ。


 適当なところで成人の儀式を冷やかしに行くと言っていたので、ここにいないと言うのなら、儀式の場にいる筈なのだ。


 なのにいなかった。


 示し合わせたようにテッドやアンもである。


 前科者が勢揃いだ。


 もっと言うと村長やウィーヴィルチャノスの親父さんやドゥブル爺さん、ついでにテトラもいなかったのだ。


 何かあったのではと心配性のケニアが考えても仕方ないことだろう。


 …………ぶっちゃけ俺も嫌な予感がしている。


 小憎らしい幼馴染共の姿が野次馬の中に無かった頃から。


「大丈夫だから。……もしチャノスを見掛けたら戻るように言っとくよ」


「……うん。…………ご、ごめん」


「どうせなら感謝の言葉がいいなぁ」


「え? うん……いいけど。……ありがとう」


 全然大丈夫です!


「……バカ」


 誰? 今バカって言ったの誰?


 『処置無し』と溜め息を吐いているユノ辺りが怪しい。


「バイバ〜イ!」


 それじゃあと手を振る俺にモモが応えてくる。


 お前じゃねえ。


 気を取り直して、成人したという衣装の二人がオジサンのあとを追う。


 追い付いた俺達に、オジサンが小声で訊いてきた。


「言い残したいこと……ある?」


 オッサン……。


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