第278話


 藍色に染色されているだけで普段着との違いがないような俺の服とは違い、ターニャの成人着は鮮やかな水色と白で構成されたワンピースだった。


 飾り縫いもさることながら、裾や袖のレースには見る人を魅了するような美しさがある。


 髪色に合わせたのは一目瞭然なのだが……。


「着る物に気合い入れてんのは珍しいな?」


「……これが普通」


 そうだけど。


 一生に一回と言われる成人の儀式は、やはり向こうで言う『成人式』と似たような風習でもあるせいか、若い感性を活かした格好をするのが当たり前となっていて、むしろ地味な格好をする俺のような奴の方が少数派だろう。


 ……でも冠婚葬祭に流用出来るようにした方が便利じゃない?


 その考え方が既に若くないんだろうけど。


 礼拝堂の前でターニャと二人、これから始まるであろう成人の儀式を待っているところだ。


 入る前から行事があるから。


 相変わらず水色の髪をショートヘアにしたターニャは、珍しいことに薄く化粧もしている。


 丹念に解いたであろう髪には髪飾り、未だ少女らしさの残る手首には腕輪、そして全身を包む綺麗なワンピース。


 数年前からスカートを履くようになったので、女の子っぽい格好に今更違和感はないが……。


 しかし普段からオシャレを「……面倒」と切って捨てていることも知っている身としては『頭でも打ったのかな?』なんて思える程の気合いの入れようである。


 言ったら女性陣に詰められるので言わないけど。


 こういうイベントに積極的なのも珍しい。


 収穫祭での踊りを嫌がるように、『そこに食事が無ければ参加していない』――というのは本人の言だ。


 渋々と受け入れるならまだしも、自ら進んでというのが……どうも俺の中のターニャ像と合わない。


 …………まあ、いいか。


 この数年で協調性というのを学んだのだろう。


 体型は全く成長していないけど。


 これで大人なんだぜ……嘘みたいだろ?


 チルルという前例を知っていたから驚きも少ないけども。


 ……元気かなぁ? もしかして結婚とかしてんのかなぁ……。


 今から成人だというのに、既に独身の悲哀を放つ俺は立派な大人と言っても過言じゃあるまい。


 多くとも年に四回……そもそも成人する年齢の子供がいなければ行われない成人の儀式とあって、二年半ぶりの催事に野次馬が集まっている。


 既に終わった連中は気楽なものだが……これからあの長い祝詞が待っていると思うだけで、俺としては乗り気ではない。


 囲んでいる野次馬の中には父と母、テッドやチャノス、アンにテトラにケニアと勢揃い…………してねえな?


 俺とターニャの両親はいるようなのだが…………いくら見回したところで他の幼馴染の姿は無かった。


 あ、いやケニアはいる。


 愚図るノンをあやしては手を振っている。


 うん、まあ……ノンの性格上、嫌だよねぇ。


 一応は儀式の始まりを待っている身なので、『余人を交えず』を守るために、誰も近付いては来ないが……モモは親に捕らえられているので問題はない。


 離さないでくれよ?


 そこそこ目立つ場所が親族や仲のいい友人に譲られるのも慣例なので、目の付く所にいないということは、この場にいないということだろう。


 ある程度視線を巡らせたあとで、隣りに立つターニャに訊いてみる。


「なあ、テッド達どうしたと思う? ターナー、何か知らない?」


「……トイレ?」


 ああ、なるほどな。


 なら仕方ない。


 割と上がり症のアンが儀式の前にトイレに走ったことも記憶に新しいので、その可能性は充分にあった。


 野次馬もなんのそのと気にならない様子のターニャも、流石に両親の手振りには応えているし……テッド達はともかく、アンがいないことには疑問を覚えていたのだろう。


 そこでトイレが出てくる辺り、ターニャ的にもアンの成人の儀式の行いは無しだったのかもしれない。


 あれで開始が少し遅れたもんなぁ。


「……レン。そろそろ」


「へーい」


 未練がましくキョロキョロとしていたのだが、終ぞ昔からの男友達は現れず。


 ターニャが予想する時刻になった。


 すると礼拝堂の扉を開き、こちらも珍しく僧服なんか来た神父さんが、重々しい表情と共にゆっくりと進み出てきた。


 手にした盆には、草で編まれた冠が二つ、載せられている。


 冠と呼んだのは都合上、その実は腕に通すことによって儀式が始まる。


 この草冠を頭上に掲げられるのは『使徒』と呼ばれる輩だけだと言う。


 たぶん心に壁がある奴しか無理なのだろう。


 真剣な表情をすると泣いた子供にすら息を飲ませる神父さんの強面が、ゆるゆるとターニャに向けられる。


 恐らくはアンがトイレに行く原因となった顔だ。


 俺も行っとけば良かった。


 盆から一つ、ターニャが草冠を受け取り、腕に通した。


 別に静かになる必要はないのだが……神父さんの迫力に飲まれて、野次馬もこの時ばかりはお喋りを止める。


 大丈夫……大丈夫だ。


 この人が酔っ払って俺の家の畑に寝ていて凍死寸前だったところを教会まで引っ張ってってあげたじゃないか?


 給料が無くなったからと信者である爺婆に泣きついていたところに野菜を分けてあげたこともある。


 俺は考えを改めた。


 するとどうだ。


 厳格に見えていた神父様が、酒を我慢して仕事しているオッサンに早変わりである。


「……なんか妙なこと考えてないか?」


「いえ全く」


「……レンは顔に出る」


 そんな事実は認められない。


 緊張を解すためにだろう、冗談を言ってアットホームな黒い雰囲気を醸し出してくれた神父さんと幼馴染に心の中で感謝を告げて、笑顔で草冠へと手を伸ばし――――


「た、たい、大変だ! 大変だぞ?! レンとターナーはいるか?! た、大変なんだ?!」


 大騒ぎしてやってきた村のオジサンの声に、儀式を一時中断することとなった。


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