第277話
成人の儀式。
略して成人式。
それは大人として認められることの第一歩……だというのに、酒をカッ喰らっては暴れ、『成人式だから』を免罪符にハメを外してしまう現代の悪習。
ではなく。
長々と行われるよく分からない
それが異世界流。
所変われば品も変わると言わんばかり。
認識としては、どちらも『なんか面倒そうだなぁ』で間違いない。
まず大部分が
これに尽きる。
ぶっちゃけ念仏すらテキストが配られる昨今、まさかの一節丸暗記を敢行しなくてはならない。
その覚えた祝詞を、礼拝堂にて余人を交えず教会付きの神父に見守られながら唱えるというのが、成人の儀式の大部分。
『カンニングすんなよ』という副音声がありありと聞こえて来そうじゃないか?
しかも祝詞を間違えた場合、最初からリトライさせてくれるというサービスが付いてくるらしいのだから親切設計。
涙が出るね。
他にも、麦を捧げる、剣の柄を叩く、神父から水を受け取る、などの……意味があるのかどうかも分からない手順もあるのだが、こちらはそんなに時間も掛からないだろう。
やり直しも無いという話だし。
しかしめちゃくちゃ厳格な儀式というわけでもない。
余人を交えず、という割には各村で新成人を纏めて礼拝堂に放り込むので、ある程度の許容が出来るのだろう。
これが貴族ともなるとまた別だと言うが……幸いにして村人な上に、パートナーが完璧過ぎるので、いざとなったら頼ろうと思う。
だって無理なのだ……いや、頑張ればイケるラインではあるけれど、楽な道があるのなら楽をしたいと思うのが人間。
他の新成人と纏めて儀式を行うという絡繰りも、互いに助け合って祝詞をクリアしろという意味なのではないかと俺は睨んでいる。
ちなみに一両日中に祝詞を唱え終われなければ、後日にもう一度成人式をやるらしい。
これが向こうで言う『浪人』的な感覚で、どんなに勉強が嫌いな奴だろうと祝詞だけは覚えるというのだから
そんな面倒だが世間体もある
春の終わりぐらいに、ターニャに連行される形で村に帰ってきたテッド達。
当然ながら怒られた。
……馬車をパクって家出同然に出て行ったというのに、意気揚々と凱旋したというのだから…………盗人の猛々しさも遠慮に見えてしまう程だ。
奴らの増長の原因は、戦勝とリーゼンロッテの手厚い送迎にあったと思われる。
要はあれだ――調子に乗ってしまったのだ。
ちなみにターニャがボコボコにしたらしいので、既に罰を受けたという認識もあったのだろう。
テッドも、指の無くなったチャノスも、ついでに言うと戦争で活躍したアンすらボコボコにしたらしい。
村からの罰だと勘違いしても仕方ない程にボコボコだったそうだ。
その場に居たリーゼンロッテの騎士が止めに入ったというからよっぽどだろう。
しかし打たれ強さなら既に英雄レベル。
ターニャの癇癪は癇癪として、己が挙げた手柄には有頂天だったと言う。
勝ち得た戦利品や約束された報酬、一度村に帰るべく勧めてきた見目麗しい大貴族……どれをとっても自分達の前途を祝福してくれるものにしか見えなかったのだろう。
しかも遠路だというのに丁寧で豪勢な送迎まで付いてきたのだから、テッド達の自尊心は膨れ上がるばかり。
ターニャが掌の上で転がすには、余りにも簡単な精神状態だったと言える。
……リーゼンロッテの送迎は、それが普通とか思ってそうなだけで、別に手厚いつもりはなかったと思うけど。
最高級な宿屋ですら「少し狭いですね?」とか言って俺の中の小市民を煽っていたぐらいなので。
だからと言って凱旋気分というのは……どう転がしたらそうなるんだろう?
のこのこと帰ってきたボンクラ息子を、武闘派の村長が許す筈もなく……。
再びボコボコにされたらしい。
戦利品や戦争の報酬は、賠償金や弁償金として取り上げられ、暫くは教会でボランティアをさせられることになったという。
しかし教会務めだからと言って祝詞を覚えられるわけもなく……というか普通に仕事なのだから個人の時間が取れるわけがない。
畑の世話に各家の下働き、ついでに教会のボランティア。
徹底的に扱かれたそうで、ちょっといい気味である。
指の無くなったチャノスを見てケニアはわんわん泣いたそうなのだから……そのぐらいは当然って言っていいかもね。
そんなチャノスは、アンにフられた。
ターニャが「可哀想だった」と言うぐらいなのだから、それはもうバッサリだったのだろう。
本人にとったらケジメを付けるためだったそうなのだが、それでケニアとくっついたというのだから単なるクソ野郎で間違いない。
はあ〜あ…………まあ、ケニアが幸せならなんでもいいけど。
思い出したらぶん殴りたくなるんだが、指の欠損がそれを思い留まらせてしまう。
リーゼンロッテが言うには『市井にも出回る』レベルの魔法薬で治るそうなのだが……それはあくまで貴族、しかもかなり上位の貴族だから言えることで……。
普通に売っているわけじゃなく、金額も金針レベルだという。
流石に自己責任で負った傷の世話までしてくれるわけもなく……というかリーゼンロッテにとったらなんでもないレベルの怪我なのかもしれない。
もしくはお付きの騎士が情報を遮ったのか。
なのでチャノスの指は、未だに癒えてない。
懸念事項だね……あくまでケニアの幸せにとっての、だけど。
先にケニアの出産があった。
俺が結局間に合わなかった初産は、呆気ないほど安全で危なげなかったという。
チャノスは色々と覚悟を決めたのか、冒険者を辞めて実家を継ぐことにしたそうだ。
ぶん殴りてえ。
これにはテッドも重々しく頷いて送り出したという。
ぶん殴りてえ。
ケニアの出産により、やや遅れることになったテッド達の成人の儀式は、収穫祭と合わせて行われた。
そこで帰って来た俺の役割と言えば……。
何故か抱いても泣かない人見知りが凄い赤ん坊の抱っこ役だった。
ちなみにめちゃくちゃ怒られた。
母にもターニャにも……ケニアにも。
草臥れ儲けという言葉の意味を真に知れて良かったと思おうじゃないか……うん。
しかし涙を浮かべながら怒るケニアが、赤ん坊を盾にする俺に言ってくれた――
「…………ありがとう」
……の言葉だけで『まあいいか』と思えるのだから、俺ってば相当にチョロいのかもしれない。
その後の成人の儀式で赤ん坊を抱いててやれるぐらいには『まあいいか』と思えた。
新成人を祝う収穫祭で、珍しく空気を読んで泣かないノンに向かって話し掛けたのも良い思い出だろう。
「……幸せか?」
「……うん」
「ならいいよ」
「……うん。…………ごめんね?」
…………へっ。
多弁な赤ん坊だったぜ。
「おーい、レン。そろそろ準備出来たか?」
「うぇーい」
自室の外から呼び掛けてくる父の声に、気の抜けるような返事を返す。
成人の儀式用だと言う染色された服を着ていたら、なんとなくテッド達のそれを思い出してしまったのだ。
こちとら成人なんて今更なので緊張も何もない。
慣れてるのだ。
成人も。
彼女が出来ないことも。
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