第275話


「えええええ?! レン、あっち! あっちがいい! あっち行こう! お願い! お願いお願いお願いがいがいがいがいがい!!」


「略すんじゃねえよ。碌な大人にならないぞ?」


「この前、レンもやってた」


 恐らくは記憶にこびり付いている前世の残滓のせいですよ、ええ。


 だってお願いという言葉を略したことは無い……筈である。


 たぶん誰かに謝っている時のことだろう。


 『さーせん』とか『せんっした!』みたいな。


 主に君のお姉さんが原因なんだけどね?


「がーい……」


 ノン……。


 今の今まで俺の胸に顔を埋めていたノンが、わざわざ顔を上げてまでモモの声真似をする。


 小さい子の教育に良くないな、気をつけよう。


 火魔法バカテッドが来てしまったので、幼女をお持ち帰りしている最中だ。


 ピーピー泣き出したノンに、テッドが慌て、ドゥブル爺さんがカラカラ笑い、モモがテッドの大声を責める、というカオスから抜け出すためでもあった。


 何よりモモがノンを無許可で連れ出しているので、早いところ親元に返してあげた方がいい――という理由もある。


 チャノスは仕事中だろうけど、ケニアは絶対心配してるから……。


 俺の髪を引っ張って遠回りしろと言っている肩車中のモモに言ってやる。


「ケニアに怒られるからな」


「あ、あ、あ〜〜……レン、いっしょに謝って……」


 やだよ、ケニア怖いじゃん。


 本人的にも怒られることは分かっていたのだろう。


 意識的にしろ無意識にしろ、だから昼も近いこの時間帯に遠回りを提案してきたに違いない。


「う〜〜〜〜!」


 真似をするなら謝り方まで真似して貰わなきゃ? んね? ……あと悔し紛れに俺の髪の毛を抜くのはやめてください、将来が不安になるから。


 ようやくまともに顔を見れたノンが、唸り声を上げるモモを不思議そうに見ている。


 …………でもあんまり怒られ過ぎて、ノンを連れ出さなくなっちゃうのも問題な気もするなぁ。


 今の年齢なら、むしろ外に連れ出すのは問題だけど……あと二年もすればノンも子供の溜まり場チャノス家の小屋に通い出す頃である。


 今年で三歳だし。


 来年……遅くとも再来年ぐらいには…………た、たぶん。


 そういえばターニャも、最初の頃はケニアが引っ張って行かない限り家を出て来なかったらしいしなぁ。


 それでいて活動的で、一人で木登りとかしちゃう娘だった。


 むしろ小屋派インドアに見えたから不思議だよ。


「……よ〜し、モモ。俺も一緒に謝ってやろう」


 だから髪の毛を抜くのはやめなさい。


「ほんと?!」


「ほんとほんと」


 決してパラパラと降り注ぐ髪の量に屈したわけではない。


 モモとノンのこれからの関係を慮ってだ。


 ……しかしここで『これからもノンと仲良くしてあげてね?』と言うのは違う気がする。


 大人の定例句だが、子供の立場からすると……どうにも余計な一言だ。


 むしろ関係の悪化まである。


 なので別のことを訊いてみた。


「モモは……ノンのことをどう思ってんだ?」


 玩具か? 玩具だろ? 玩具って言ったら、やっぱり俺もケニアの側に立とうかな。


 なんで連れ出すのか? でも良かったけど。


「妹! ノンはねー、あたしの妹なんだよ! ねー?」


「ぉーと……」


 そうかぁ、そうきたかぁ。


 まあねぇ……そうだよなぁ……。


 物心つく頃からずっと一緒にいる男女なんて、家族みたいなもんだよなぁ。


 ま、俺もこの村じゃ長兄と言えるだろうしね! うん!


 しかしそうなると……やはり気になるのが『気になる人』。


 アンがテッドにそうであるように、ケニアがクソ野朗に一途であったように。


 ふと思い出されるのは、モモとよく遊んでいる年上の子供集団。


 小屋もそろそろ卒業している組だ。


「ドーレンとミーアとソアラは?」


 あのドレミファソラは? やっぱり兄姉なんだろうか?


 それともドーレン君のハーレムなんだろうか?


 ソアラが女の子っていうのがターニャ以来の衝撃だったよ……。


「えー? う〜んとねー……友達! みんな友達! あ、ノンも友達だよ! でも妹!」


「あ、うん、分かった。二人して体揺らさないで。ハネないで。落ちないで。別に興奮するとこじゃないだろ? やめてやめてやめろ危ねえ」


 こんな時ばかり能動的に動くノンと、むしろ落ちたいのかと前後に体を倒すモモを制しつつ、自宅への道を横切る。


 ……少し遠回りしよう。


「あ、レン! 向こうから行くの?!」


「おう。向こうから行ってやるから、大人しくな」


「やたー! 木の実も取ってこうよ!」


「……だー」


 昔なら、むしろ木壁沿いに向かった方がターニャの家方面には近かったのだが……拡張された村の範囲からすると、少しばかり遠回りだ。


 いや、別に怖いから怒られるのを遅らせたいとかじゃなくね?


 新しい畑地帯を自主警備しようと思ってだよ……勿論。


 合理的判断というやつだ、ターニャがよくやっている、間違いない。


 テトラがコロコロと転がっていた草原も、今は耕されて畑が広がっている。


 ボチボチ種蒔きの時期だ。


 ターニャから温室というかビニールハウスのような案が出ていたのだが、「冬も働くのか?」の一言に黙っていたので、今はまだ空である。


 しかしここも今に野菜でいっぱいになると思うと、ワクワクするというものだ……ふへへ。


 …………今ヤダって言ったのどっち?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る