第274話


 ノンはチャノスとケニアの間に出来た娘だ。


 ……そう考えると、なんとも微妙な気持ちになるのだが……。


 またそれとは別に、我が村にあって珍しい一面も持っているので、なかなかに目が離せない存在でもある。


「あはははははは! レン! あそぼ!」


「いやもう既に遊んでるじゃん……」


 そっくりか? 気性はともかくとして、行動は似過ぎじゃないか? お前ら姉妹は。


 早速とばかりに俺の体をよじ登り、そこが定位置であるかのように首に跨がるモモ。


 ……赤ん坊の時は、俺の腕から逃れることに必死だったというのに、今じゃ自ら捕まえてくれと言わんばかりだ。


 俺に対する強制肩車を発動する都合上、モモの手から離されたノンの手。


 幼い女児はそれを寂しげに見つめた後…………ポテポテとゆっくり歩み寄ってきては、俺のズボンを握り締めた。


 これを誰に対してもやれるというのなら、そんなに心配する存在でもないのだが……。


 …………人見知りなんだよなぁ、ノンは。


 それも極度の。


 商家を営んでいるだけあって、人の出入りが激しいチャノスの家で、そんな性格の娘が居心地が良いわけもなく……。


 チャノス一家は新居に暮らしている。


 チャノスとケニアは当然として、モモとドゥブル爺さんとユノ、……あと何故か俺にしか懐かないノン。


 十秒以上他人に見つめられていると、逃げ出すか泣き出すか……あるいは両方かという人見知りっぷりを発揮する。


 どうにか赤ちゃんを触りたいと頑張ったテッドやアンが酷く落ち込んでいたもんだ。


 テッドはテトラの世話をしていたという自負があったんだろうけど、アンはいつものアホさで何故か自信満々であった。


 ユノは……曲がりなりにも問題児共(俺を除く)の世話役をやっていただけあって懐かれた……と思われている。


 実際はどうか分からない。


 ノンの考えていることや、怖くない基準っていうのが、どうにも大人……というか子供にも分からないもので……。


 なんならモモは騒がしい上にチョロチョロとノンを引っ張って行くので、大人しい性格のノンには合わないようにも思えるのだが、子供で唯一懐いている存在だ。


 ドゥブル爺さんに至っては謎の一言。


 子供が懐くような人じゃないのだが……いかめしい表情のドゥブル爺さんの膝にノンが座っているのを見た時は、笑っていいものか驚いていいのものか……どうにも困った記憶がある。


 ドゥブル爺さん的にも初めての体験に顔を強張らせていただけなんだろうけど……見た目にはカミナリが落ちる三秒前というところだった。


 まだ幼いから……大きくなったら問題なくなるさ、というのが村民の見解。


 しかしギュッと握り締められるズボンからは、なんとも不安な気配が漂っている。


 むしろこれだけ呑気な村にあって尚、人見知りというのは色々とヤバい気もするのだが……。


「う〜ん……まあ、いいか。いざとなったら村で守れば」


 課金ですよ課金、いくらでも出せます。


 指を咥えて外の世界を映したくないとばかりにズボンに顔を埋めるノンを、そこじゃ動けないからと抱きかかえる。


「あー! またレンはヤスケアイしてぇ。……ねえ、ヤスケアイってなに? ねえちゃんが言ってたんだけど?」


 たぶん……安請け合いなんだろうけど、そんなことは一ミリもないので「さあ?」と首を傾げておく。


「そんなことより、ドゥブルさんはどうした? まさかまた勝手にあがったんじゃないだろうな?」


「あ! そうだった! 入ってくるように言えって言われた!」


 ……それは先に言うべきことなんじゃ?


 モモを肩車してノンを片手で抱きつつ、薪を山と積んだ台車を押してドゥブル家の庭先へと入る。


 ……自分でも驚く程に力がついたように思える。


 日々の農作業や狩りの結果だと言われればそうなのだが……。


 こちらの世界の人間って、基本的に向こうの世界元居た世界の人間より身体能力が高い傾向にないか?


 少なくともダンジョンの深層に潜る冒険者のような身体能力の持ち主は、向こうの世界には一人としていなかった。


 魔法の力や、魔晶石文化などに隠れていたが……一般人のスペックだって充分に高いのは確かだ。


 まあそんなこと、前世でもなきゃ分かるもんでもないんだろうけど。


「おう、レン。ご苦労さん」


 取り留めのないことを考えつつ炭焼き窯の前へと台車を押していると、縁側に腰掛けたドゥブル爺さんが笑いながら手を上げてねぎらってきた。


 数年で見る間に痩せ細った腕が、肩掛けにした半纏から覗く。


 胡座をかきながらキセルのようなものを傾けて紫煙を吐き出しているドゥブル爺さんは、しかし体調に不備は見られないとばかりに上機嫌だ。


「こんにちはー。薪はここで?」


「ええぞ。フフフ、……ぼちぼちテッドにも炭焼きを教えとくかな?」


 それはどんな未来予想図を見てのことだろうか。


「炭クズにするか表面だけ焦がすのがオチですよ」


「なー? テッドは魚も焼けないんだよ? じいちゃん知ってたー?」


「ハハハ、じゃあ魚の焼き方から教えた方がいいな」


「あたしあたし! あたしに教えてよ! 魚食べたい! お腹減った!」


「ハッハッハッハ!」


 似た者姉妹め。


 ドゥブル爺さんが誰を思い出して笑っているのか、大体分かるというものだ。


 三人で話していると、気の許せる相手ばかりだと分かったのか、ノンが顔を上げて、ゆっくりと表情を笑顔に変えた。


 ……残念だ。


 ノンが笑うなんて滅多にないことだというのに。


 近付いてくる足音の主に、ノンの笑顔は消えてしまうだろう。


「師匠! 来たぞ! って、あれ? レンにモモじゃん。何やってんだ、こんなとこで?」


 ……こんなとこ言うなや、お前の師匠の家だっつーんだよ!


 響いてきたテッドの声に、ノンは再び俺の胸に顔を埋めてしまった。


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