第273話
「じゃあ、俺は……」
「あ、お疲れ様です」
「チッ」
少しばかり照れ臭そうに集団を離れていくエノクに、前世からの名残りでついついしてしまう終業の挨拶をかましていると、相方とも言えるマッシが悪態をついた。
それも仕方ないと苦笑いしながら手を振るエノクは手慣れたものだ。
アホみたいに薪を積み上げた台車を一人で押していくのも嫌なんだろうけど、なにより自分に無い幸せを手に入れた親友が羨ましいのだろう。
「マッシさん……も、早く結婚出来るといいですね」
「レン……お前も二、三年すれば分かるようになるからな」
むしろ分かり過ぎる程に分かっているなんて……及びもつかない事なんだろうなぁ。
既に感じている同族意識も、持っているのは片方だけである。
仕方ないので薪が山盛りの台車を押す役を代わってあげると、諸手を上げて喜ぶのだから……案外と幸せなのかもしれない。
手分けして薪を運んでいるのだから、伐採も今日の分は終了だ。
商店に運び入れる分、各家庭で消費される分、建築などの資材として利用される分、その用途別に各々で持ち帰られる薪だったが……俺が押している台車を越える量はないだろう。
これはドゥブル爺さんが炭に変える分なのだ。
伐採も、薪割りも、なんなら炭焼きすら全て一人でやっていたドゥブル爺さんは……。
今、一日のほぼ全てを家で過ごしている。
なので薪を炭に変えて貰うべく運搬する必要があるのだ。
…………随分と弱ったよなぁ。
早朝の水汲みから冬の狩りまで、なんでも一人でやっていたドゥブル爺さんだったが、一昨年の暮れぐらいから体調を崩すことが多くなり……それに比例して体力も落ちていった。
別に重い病気とかではない。
数年前から感じていた、覇気の減りようが目に見えて表れ出したというだけなのだ……。
そう感じる主な要因が……またなんとも言えないものである。
嬉しそうに――しかし寂しげな雰囲気で笑うのだ。
それはもう、ハッキリとドゥブル爺さんの年齢を意識させるものだった。
こればっかりは……なんともならないよなぁ。
体力は落ちているが、体調を崩していない限り、健康的にも問題はない……というのがまた、次の一手を躊躇させてしまう。
それもこれもドゥブル爺さんが村で一定の敬意を勝ち得ているからこそなのだろう。
しかしそのお陰と言うべきか……。
村に戻って来てからも未だ諦めることなく冒険者熱を上げていたテッドが、何くれとなくドゥブル爺さんの家に通うようになったのは、もしかすると良い事なのかもしれない。
これも弟子の務め! と昔っからの世話焼きっぷりを披露して……大抵は怒られて帰っているが。
木壁沿いの道を台車を押しながら歩く。
今では見ることが無くなってしまったが……ドゥブル爺さんが薪割りをしていた道だ。
今更ながら……庭じゃなくてわざわざ道に出っ張っていたのは、もしかしすると子供が怪我しないように監督してくれていたのでは? なんて思う。
まあ、そんなことしなくとも……ここに立派で誠実、且つしっかりとしている上に子供の面倒も見れるというスペシャルな大人が居たんだけども。
ドゥブル爺さんは知らなかったので、仕方ないな……うん、仕方ない。
さて、立派で誠実以下略な大人として、庭に入る前に許可を取っておくかな。
流石に成人するとあって、人の家の庭先に勝手に入るなんて出来やしない。
ましてや壁を飛び越えるなんて以ての外だね。
「ドゥブルさーん! 薪持って来ましたー! 窯の前に……」
「あー! レンだー! なんで?!」
……いや、そりゃこっちの台詞なんだが?
叫んでいる途中でズダダダという音が響いて、ドゥブル爺さんの家からモモちゃんが出てきた。
活動的な雰囲気に似合うポニーテールが元気印とばかりにハネている。
いや、モモはいい……百歩譲っておかしくない……いやおかしいけども。
しかし手にしている女児はおかしかろうよ?
嬉しそうにケラケラと笑っているモモの手は、どう見ても年下にしか見えない幼児の手に繋がっていた。
オカッパに垂れ目の、青髪茶目、寂しげに指を咥えている、二歳になる女の子。
……というか繋がれているようにも見えるって。
とてもモモが走る勢いに付いていけたようには思えないんだが? また抱えて走ったんじゃないだろうな? ダメだって言ったよな?
これが相手の意図を無視した行いなら、まだとやかく言えるのだが……。
この幼児――ノンは、とても人見知りなのだ。
そのうえで、気を許した相手にはべったりなのだから……誰に似たんだか。
…………とりあえず確認しておかなきゃなるまい。
疲れを取り除けるとばかりに目頭を押さえ、未だに笑顔で手を繋ぎ合う幼女の大きな方に、不安を取り除くべく訊いてみた。
「モモ……ちゃんとチャノスとケニアに、ノンを連れていくって言ったんだろうな?」
「言ってない!」
元気良く返事すればいいってもんじゃないんだぞ? お前ら姉妹はさぁ……。
いつかと似たような理由で、俺はその場で頭を抱えた。
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