第六章 古史探々 前
第272話
未だに寒さを感じる日はあるが、雪解けからは随分と経った春。
そろそろ俺も成人となる日が近付いてきた。
……成人って何するの? 酒瓶を抱えて式に乱入するで合ってる?
幾度か見てきた成人の儀式は、教会の中で何かと着飾って意味不明な言語を長々と唱えるというものだった。
それで神様に成人として認識される……らしい。
本当に神様が居そうな世界だけに、何か特別な儀式だと思うじゃないですか?
でも実態は『この歳まで生き残れたことを神に感謝する』という……なんとも切実で意図が分からないままに根付いちゃったんだろう異文化ってだけなのだ。
祝詞も成人する本人が唱えるしね。
季節毎にある成人の儀式は、その季節生まれの奴らと纏めて行われる。
これは誕生日も季節毎に纏めてなので変ではない。
村の外に出たことで分かったのだが、むしろ個人単位で日付まで正確な誕生日なんて貴族ぐらいしかやらないものだ。
『歳なんて大体分かればいいだろう』が、こっちの世界の常識である。
だから勘違いが一つ。
成人する年であれば『今年で十五』という言い訳が通じるらしい。
テッド達が戦争に参加出来た理由がこれだという。
冒険者ギルドのカード自体は、俺やターニャも作れたので疑問に思わなかったのだが……。
兵士の登用には年齢制限があったので、どうやって年齢を誤魔化したのかと首を捻っていたのだ。
挙げ句の果てにリーゼンロッテは『未成年が戦争に関わるべきじゃない』とか言う癖に、テッド達の参戦には言及しないし。
もっとしっかり線引きされるものだと思っていたから驚きである。
何せ『成人式』なる物まであるんだから、年齢に対する考えは以前の世界と似たような価値観なんだろうとばかり……。
実際は成人の儀式だって『神様に対する感謝』だし、その年に成人するのなら成人扱いでも構わず、しかし書類の上では未成年ってことにして税金逃れも出来る、という具合にフワフワしている。
なんなら俺は春生まれの成人だけど、徴税されるのは来年からでもオーケー……という。
…………なんとも民草にとってはありがたい価値観である。
でも住民登録的なのはしっかり行うし、生死確認などの可否も毎年必ず調べられる。
これは危険が身近であるための文化なのだろう。
なんせ魔物なんて居るからなぁ。
……何故か故郷の森には殆どと言っていい程に現れないけど。
それはきっと、森の奥に潜む巨大な爬虫類が原因なんだろう。
「どしたぁ? レン」
恐らくは海並みに広い湖があるだろう方向の森を見ていたら、後ろから声を掛けられた。
「ああ……別に。あっちの木も伐るのかなぁ……って」
「あっちには伸ばさねえだろ? なあ、マッシ」
「ああ? そんなことより帰ろうぜ……もう疲れたよ」
「……まだ始めたばっかだよ」
振り向けば、まだ少し寒さを感じるというのに薄着のエノクとマッシが立っていた。
森に伐採に来ている。
他にも筋骨隆々のオジサン連中や、まだ若い者には譲らんと言わんばかりの初老一歩手前が、切り株や地面に腰を降ろして休憩していた。
消費した薪や、商品となる炭の補充のためだ。
何事も『涼しいうちにやっちまおう』が農家の言葉である。
朝も早くから木を伐り始めて、ボチボチ日の出も濃くなってきたので休憩を入れているところだ。
なんとなく目にした日の出に、懐かしくも忌まわしい思い出が蘇り、ふと気になって彼方へと視線を飛ばしてしまったのが実態。
……まだ居るんだろうか? まだ居るよなぁ……。
少なくとも成長することのない子猫は、未だにテトラの周りをウロウロしている。
ずっと可愛い! とはにかんでいた天使に『それはお前じゃ!』と思ったのも最近。
あと猫は可愛くない、それだけは間違いない。
会う度に俺の手に爪痕を残すようになった白い毛玉が…………カワイイ?
テトラの冗談も中々面白い域に達し始めたよな、ほんと。
皮……良い、が正解だろう。
今や隙あらば三味線にしてやろうとする善意の第三者である俺に、爪を研ぎ過ぎて無くなっちゃったをやろうとしている白い猛獣。
対立関係はありありとしていた。
心配になった
本物のモンスターペアレントなんて人間が相手に出来るもんじゃないから。
いずれヤってやるからな……。
そんな異世界での初の殺意に、これが転生効果か?! と善良な人間すら変えてしまう環境デバフに驚いている昨今。
成人の儀式を待ち望んでいるのはターニャぐらいである。
だって祝詞めっちゃ長い……まさかこの歳で古文一節丸暗記なんて無茶をやらなきゃならんとは。
祝詞を覚えるために、一季節前から教会に通うのが成人する奴の風物詩だ。
どいつもこいつも四苦八苦しながら祝詞を覚える。
一発で……というか教本を読むこともなく覚えられたのはターニャぐらいのものだろう。
だって他の成人が唱えるのを聞いたことあるじゃん? みたいな目をされてもですね……。
これには普段あんまり動じることのない神父さんも驚いていた。
昨今にして、ようやくターニャの天才性が広まりつつある。
割と無関心を貫く大人の子供へのスタンスすら突破しかねないターニャさんの頭脳無双である。
ターニャにしてみたら『有ったら楽』程度の知識披露なんだろうけど……。
……何事もないといいなぁ、成人の儀式。
いや、フラグとかじゃなくね? 本当に。
出来ればフラグも切れないものかと、俺は手にする斧を切なげに見つめた。
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