第271話


 死は身近、なんて言われなくたって万人が物心つく頃には理解していることだろう。


 命の危険なんて感じることはなくとも、その辺にゴロゴロしてるのだから。


 ただ、ふと気付かされる出来事があるだけだ。


 それはなんてことない健康診断だったり、未知との遭遇だったり……。


 問題は気付いた後にやってくる。


 それは向き合い方だ。


 これが無理。


 そもそも『向き合う』なんて出来る人間がどれだけいるんだろう?


 そんな莫大な勇気と折れることのない意志をどれだけの人間が持てると言うのか。


 誰もが目を逸らし、文字通り『死ぬまで』気付かない振りを続けていくから、人は前向きに生きられるのだ。


 だから『知ってしまう』というのは本来、起こり得ないことなんだろう。


 人が手にしてしまった罪の一つとも言える。


 叩きつけられるように気付かされ、自分の根源とも言える『生』を揺さぶられ……。


 そんなのまともでいられる筈がない!


 じゃあ覚悟というやつは、いつ出来るのか?


 覚悟は出来る出来ないではなく、突然として『決まる』のだ。


 己で、ここだと、決めるのだ。



 …………だから、急かすように指をトントンさせている幼馴染ターニャのことなんて気にしなくてもいい……。



 やだ怖い、それが正直な感想です。


 前人未踏の山の上から、神の気まぐれとばかりに見逃されてからというものの……。


 俺は隅っこを意識して帰路に着いた。


 だというのに……。


 何故か怪しげなローブの奴と、これまた怪しげな組織を潰したり、スラムにご在宅のチルドレンに生き方の手引きをしたり。


 大幅に寄り道の寄り道を噛ますことになってしまったのがここまでの事情。


 お陰さまで、もう秋も深まる時期となった。


 完全に想定外です。


 予想の外も外と言えば、角材片手に村の入口に仁王立ちする顔馴染みもそうだろう。


 …………いつからいるのかな? まさか毎日立ってるのかな? ハハハ、そんなバカな……。


 なんてこった、震えが止まらねえ……?!


 今生最大とも言える『死』の恐怖を前に、俺は完全に足を止めてしまっていた。


 しかし向こうから距離を詰めてくるようなことはせず、『お前から来い』と言わんばかりに見つめられている。


 お、お土産……効かないかも……しれない。


 旅の道中でお金の心配は無くなった。


 エルフの森で幼女に叱られながら得たキノコが、路銀の足しになればと売ってみたところ、驚いたことに銀板何十枚となったのだ。


 ……あれ、そんなにするんだったら、もっと取っておけば良かったなぁ。


 ローブの中にあった果物や魚は食料として捉えていたので、当然キノコも殆どが俺の腹の中に消えていた。


 一本云十万とか、どんな高級食材だよ……美味しかったけど。


 どちらかと言えば新鮮な川魚がメインだったのに、添え物として出した小さな残りキノコが、まさかの大当たりという。


 …………人生ってままならないよなぁ。


 未だに仁王立ちを続ける幼馴染といい。


 門番に立っているオジサン達も苦笑いだ。


 本当に何処で……何処で知られてしまったというのか……?!


 完全な油断である。


 最寄りの街で急いでお土産を買って、鼻歌混じりに故郷への懐かしき道を歩いていたというのに……。


 久しぶりの村とあって上がりまくっていたテンションが一瞬で沈下した。


 むしろまだ下があった。


 なんで? だって道中の殆どをローブを着て過ごしていたというのに……。


 一度脱いでしまうとアイテムボックスの再発動に丸一日以上を消費してしまうので、割とタイミングが難しかった。


 しかしお陰でレライトとしての目撃情報と、黒いローブを着た怪しい奴という目撃情報は繋がらなかった筈だと自負している。


 これが予想とかじゃなく毎日立っていただけというのなら…………いやそれの方が怖いから。


 なんならより恐怖を感じるよ……足が竦んで動けないぐらい。


 はわわ……ターニャちゃん激オコやん……。


 どうする? 逃げるか?


 先程までの青い顔に間抜け面という追い詰められた表情を一変させて、鋭い視線でターニャのジト目に応える。


 ただし重心は後ろである。


 ほら? 荷物が重いから? ね? 仕方ない。


 こちらの雰囲気の変化を感じ取ったのか、腕組みをしていたターニャが、それを解いて一歩――


 故に、一歩下がってしまった。


「……」


「……」


「ありゃ〜。レン、そらいかん」


 ちょっ、うるさいんですけど?! オジサン外野ァ


 あそこの家のお土産は減らす……絶対にな!


 話したいことはいっぱいあった。


 あれからのことや、これまでのこと。


 大変だったことや、キツかったこと……死にそうな目にあったことや、振り回されたこと、って碌なことねえな?! いい加減にしてよ異世界!!


 ターニャさんも気持ちを同じくしたのか、突然として角材を振り下ろして地面を叩いた。


 何度も、何度も。


 あ、キテる時だ、ヤバい。


 幼い頃から見られる癇癪に、オジサン連中が『やれやれ』と席を外す。


 おいぃぃぃ?! なんのための門番やねん! 門番ちゅうのは村から悪しき者を出さないために立ってるんちゃうんか?!


 ちゃうね、うん。


 ……手、痛くなんないのかな?


 地球にも打ち勝てるターニャが、竜もなんぼのもんやねんとばかりのジト目を飛ばしてきた。


 あ、はい、避けません。


 覚悟っていうのはね? 突然として決まるんだよ。


 具体的には幼馴染に決められるのだ……。


 スッと引き上げられる角材にビクッとしたのは見逃して欲しい。


 そんな一撃よりよっぽど強力なヤツを貰ったことがあるだろう? とは分かっていない奴の言だろう。


 怖いんだよおおおお?! ヤンデレさんが虹彩の消えた瞳に包丁持ってるが如く! 条件反射なんだよおおおお?! パブロフ。


 出来れば強化魔法ズルで乗り越えたいところだが、魔法はターニャが知るところとなってしまったので、下手なことをして、より罪を重ねるようなことにはしたくない……!


 なので魔法を切って目を瞑った。


 途端にデカいリュックの重さが肩に掛かったが、何程のことがあろうか?


 次に胸を襲った一撃に比べれば。


「……あれ?」


「……おかえり」


 衝撃と言えば衝撃だが……。


 想像より軽い、というか痛くない。


 ……………………痛くない、だと?!


 しかし押されるような衝撃に後ろに倒されたのも事実。


 なんだろう? 新手の精神攻撃かな?


 背負っていたリュックのこともあり、殆ど痛みを感じなかった。


 目を見開くと幼馴染のつむじが見えた。


 綺麗な水色の髪は健在のようだ。


「あ、ターニャ。久しぶり」


「……バカ」


 おっと、くっつけられているオデコがグリグリ動き出したぞ。


 痛い、良かった。


「テッド達は?」


 ターニャが居たということは、テッド達の……少なくともチャノスの回収には成功したのだろうが、念の為に聞いておきたかった。


 しかし――


「……ちがう」


 ターニャの返答は否定の言葉とゴツゴツとした細かい頭突きだった。


「あれ? 帰ってきてないの?!」


「……ちがう」


 何が? 何が違うんでしょう、ターニャさま?


 微妙に威力を増してくる頭突きに困惑していると、覗きよろしく残っていたオジサンが口元でジェスチャーを始める。


 なんだ? 話せ……? いやそんなパッパッってやられても。


 仕方ないとばかりにアクセントも強く、エアで言葉を吐き出し始めるオジサン。


 お、あ? せ?


 ついでとばかりにもう一人のオジサンが空中に文字を書く。


 お、か、え、り…………あ。


「ただいま」


「……そう」


 収まった頭突きを見るに、ちゃんと正解を掴み取れたみたいだ。


 ああ、そうか……。


 帰ってきたんだなぁ。


「ああーーーー?!」


 しんみりと帰郷の喜びに浸っていると、空気を壊さんばかりの叫び声が響いた。


 釣られるようにターニャも顔を上げて、声の主に視線を寄せる。


 妹も同じ路線なのか……。


 未だ姉が持つ角材程にはゴツくない木の枝を片手に、ターニャの妹であるモモがこちらを指差して口を開けていた。


「ねえちゃんズルい! あたしが最初にレンと遊ぶ予定だったのにぃ!」


 勝手に決められている予定と、帰ってくると当たり前のように思われていた信頼に、気が抜けたような表情を晒してしまう。


 それは姉も同じだったようで。


 なんとなく見合わせたお互いの表情を見て、次いで笑い声が零れ落ちた。


「フッ、へへヘ」


「……フフ」


「もう! なんで笑うの?! もうもうもう!」


 子供のお馴染みとなった言葉を放つモモちゃんに、俺とターニャは抑えきれないとばかりに笑い声を上げた。



 いつもの村の雰囲気に、懐かしさと――――少しばかりの後悔を含みながら、いつまでも、いつまでも、笑い続けた。








 ――――――――第五章 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る