第269話


 ちょっと寄り道してしまったが、もう何も問題はない。


 そう、問題は…………。


 …………問題は、ない……だと?


 下から見上げれば頭頂部が雲を突き抜けていて先が見えない岩山。


 ここを登るとか言ってる奴がいるんですよ……ええ?


 俺がシナジー効果を発見した強化魔法。


 その強化される身体能力に肉体能力は、まさに魔法と呼ぶに相応しい領域に達する。


 それはなんでも出来そうな全能感に包まれる程に強力で…………。


 でも……それでも、である。


 …………登れる?


 今一度岩山を見上げてみるが、垂直に切り立った崖のような岩肌も、本当に登れるのか先が見えない山頂も、上空にて待つ流れの早い雲海すら、良い要素が一つとして無い。


 いやいやいや、もう俺の強化魔法が特別なものだというのは間違いがないじゃないか? こんな山ぐらい……。


 こんな……山……ぐらい……。


 …………落ちたら死ぬよなぁ……たぶん。


 もう一度見えぬ山頂を見据えてから、渋々と岩肌に手を掛けた。


 両強化の倍率は二倍である。


 一日中掛け続けても魔力が切れないラインをキープしての登山だ。


 一応、奥の手を使えば落下を防止出来るだろう。


 とはいえ、その後の反動を考えるのなら……下手すると筋肉痛のような状態で壁にへばり付き続けなきゃいけない事態もあり得た。


 出来るだけ魔力の消費を抑えつつ、落ちないように気をつけよう……。


 それでもやはり強化魔法は偉大で、そんなに時間を掛けることなくスイスイと標高も謎な山を登っていけた。


 難所と言える場所や、手掛かりが無い場所なんかは強化魔法の倍率を上げることで強引に突破した。


 山を越える手段が穴を掘ることトンネルだと言っていた意味も分かるというものだ。


 それだけ人間には登頂が不可能に思える岩山だった。


 しかしそれでも強化魔法の方に軍配が上がるらしく。


 喉元過ぎればなんとやら、というやつだ。


 淡々と登っていると、こういう何日も掛けないと登れない塔を登る漫画が前世であったなぁ、なんて思考が横道へと逸れていく。


 人間は慣れる生き物なのか、緊張感が中々持続しないのだ。


 危うい場面も増えてきた。


 うっかり落ちそうになる――ならともかく。


 フォローするべく強化魔法の倍率を上げて、岩肌に指を突き立てる――という考えが既に問題だった。


 壊れるんだよね、岩肌。


 指で壁に穴を空けるということは、それだけその部分に力が加わるということで……。


 結果、ボロッといってしまうのだ。


 腕まで突き込めばいいというものでもない。


 身体能力を活かして咄嗟に別の所を掴む、というのが正しい判断のようで。


 もう下が見えないぐらいの高さだというのに……二度三度とやってしまう。


 考え方が乱暴になっていたのは、やはり集中力が途切れていたからだろう。


 少し休憩する必要があった。


 そろそろ日没ということもあり、何処か体の休める場所をと探していたところ……。


 巨大な横穴を発見。


 これ幸いと今日の寝床に利用するべく体を滑り込ませたら……。


「ギャアアアアアアッ!!」


 先住民も発見。


 暗闇から覗いていたのは金色の瞳。


 今朝方乱獲されていた爬虫類さんじゃないですか。


 まさかの巣だろうか?


 そう言われると、横穴のサイズ的に違和感がない。


 しかしノシノシと現れたのは、幾分サイズの小さいワイバーンで……食欲だけは一人前なのか涎が凄いことになっていた。


 ……もしかして餌と勘違いされてます?


 イヤイヤと首を振りつつ笑ってみせる。


「ハッハッハッハッハッ」


 恐らくはいつまで経っても現れない食料に業を煮やしていたのだろう。


 種族間の摩擦をなるべく少ないものにするよう笑っていた俺に対して、一も二もなく喰らいついて来たのだから。


 親より幾分か筋が柔らかいようで、首が随分と曲がりやすかった。


 献身な説得により物言わぬ体になった同居人を隣りに、その日はそこで一晩を明かすことにした。


 本当は寝姿が気持ち悪かったから出来れば遠慮して欲しかったんだけど……まさか下に落とすわけにもいかなかったので、仕方なく。


 簡単な食事を終えて暇になった時に、そういえば竜の巣にお宝は付き物なんじゃないか? なんて思考がもたげた。


 早速探ってみようとしたものの、一歩目に落ちていた人骨からやる気を失くしてしまった。


 半端な食い残しでも見つかったら体より先にメンタルが落ちてしまう。


 大人しく眠りについては朝を迎え、こんな所にもう用は無いとばかりに早々に竜の巣を後にした。


 登っている途中で思ったのだが……もしかしたらロッククライミング中に襲撃される可能性もあったのかもしれない。


 だって遠くに喚く魔物っぽい影もチラホラ。


 しかしここまで襲撃されなかったという経緯も、ワイバーンの縄張りだったと思えば頷ける。


 ありがとう、ワイバーン。


 今度遭遇する時は、出来るだけ原型を留めるようにして倒すことを誓おう。


 覚えていたら。


 そんなこんなで再び日が暮れて。


 もはや降りるのも億劫なぐらいの高さを徹夜して登りきった。


 途中から意地でした。


 引き返すに引き返せないぐらいの精神状態にあったのは、ワイバーンの巣の辺りが半分だと思っていたからか……。


 ともあれ俺はやり切った。



 僅か数分後には、後悔することになるとも知らず――――


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